第五十七話 守るべきもの
最初の一撃が、城門へ叩き込まれた。
轟音とともに石造りの門が震え、城壁の上にいた兵士たちが身を伏せる。
「放て!」
号令が響いた。
弓兵たちが一斉に弦を放つ。
空を埋めるように飛んだ矢が、公爵軍の盾へ突き刺さり、何人もの兵士が地面へ倒れていく。
だが、攻め手は止まらなかった。
「怯むな!」
「前へ出ろ!」
「城門を破壊しろ!」
後方から次々と兵士が押し寄せる。
倒れた仲間を踏み越えながら、王城へ向かって進んでくる。
私は城壁の上から、その光景を見下ろしていた。
敵国の旗ではない。
見慣れた王国の旗が、いくつも風に揺れている。
同じ国の兵士が、同じ国の兵士へ剣を向けていた。
(これが……内乱)
これまで経験してきた戦争とは、何もかもが違う。
敵国なら、倒すべき相手だと割り切ることができた。
だが、今目の前にいるのは、この国で暮らしてきた人々だ。
昨日までなら、街ですれ違っていたかもしれない。
市場で買い物をしていたかもしれない。
酒場で笑っていたかもしれない。
そんな人たちが、今は王城を落とすために武器を握っている。
「クリス!」
ガルドの声で我に返った。
「右だ!」
「はい!」
城壁の下から梯子が掛けられている。
すでに一人の兵士が城壁へ上がってきていた。
私は駆け寄り、振り下ろされた剣を受け止める。
刃がぶつかり、火花が散った。
「邪魔だ!」
力任せに押し返し、相手の体勢を崩す。
その隙を逃さず、剣を振り抜いた。
一人倒せば、次が上がってくる。
考えている余裕はなかった。
「城内へ入れるな!」
兵士たちの声が飛び交う。
私は次の敵へ向かって走った。
守る。
今は、それだけでいい。
◇◇◇
戦いは午前を過ぎても続いた。
王城は高い城壁に囲まれている。
門も簡単には破られない。
昨夜から警備を続けていた兵士たちは疲れ切っていたが、それでも持ち場を離れなかった。
「押し返せ!」
「門へ近づけるな!」
何度目かの攻撃を退けると、敵軍が一度後退していく。
城壁の上から歓声が上がった。
だが、ドレイスは喜ばなかった。
「……妙ですね」
城壁の外を見つめながら呟く。
「何がだ?」
ガルドが尋ねる。
「敵の攻撃が弱すぎます」
「弱すぎる?」
「これだけの兵力を集めているなら、もっと早く城壁へ圧力を掛けられるはずです」
ドレイスは王都の地図を広げた。
「公爵軍は、こちらの兵力を削ることよりも、一定の距離を保つことを優先しているように見えます」
「つまり……」
ガルドが眉を寄せる。
「時間を稼いでる?」
「その可能性があります」
その時だった。
遠くから角笛が鳴り響いた。
一度。
二度。
三度。
公爵軍が一斉に動き出す。
「来ます!」
ドレイスが叫ぶ。
先ほどまでとは明らかに違う。
公爵軍の隊列が一気に前進した。
「構えろ!」
盾が並ぶ。
弓兵が矢を放つ。
それでも敵は止まらない。
「多すぎる!」
「下がるな!」
「門を守れ!」
城壁の上でも敵兵との接近戦が始まった。
私は剣を振るい、一人を退ける。
その直後、横から別の兵士が斬りかかってきた。
「っ!」
刃を受け止める。
重い。
押し込まれ、足が一歩下がった。
次の瞬間、大剣が敵兵を弾き飛ばした。
「クリス!」
「ガルド!」
「大丈夫か!」
「はい!」
「無茶すんな!」
「まだ戦えます!」
「そういう話じゃねぇ!」
ガルドは怒鳴りながら、次の敵へ向かっていく。
その横顔には、これまで見たことのない焦りが浮かんでいた。
敵の数が多すぎる。
王国軍は昨夜の暴動で消耗している。
しかも、公爵軍はそのことを知ったうえで攻めてきている。
(このままじゃ、持たない)
私は迫ってくる敵を斬り払いながら、周囲を見渡した。
城壁のあちこちで兵士が負傷している。
門には亀裂が走り、石壁の一部も崩れ始めていた。
公爵軍は、こちらが疲弊するのを待っていたのだ。
その時だった。
「ガルド!」
ドレイスが駆けてくる。
「西側です!」
「どうした!」
「城壁が突破されました!」
「……何だと?」
「敵の一部が城内へ侵入しています!」
ガルドの表情が変わった。
「王族の護衛は?」
「第一隊が向かっています!」
「足りねぇ!」
ガルドは周囲を見回した。
そして、私を見る。
「クリス」
「はい」
「王族のところへ行け」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……私が?」
「ああ」
「ここは?」
「俺たちが抑える」
私は首を振った。
「私もここで戦います」
「駄目だ」
「まだ戦えます!」
「だからこそだ」
ガルドが私の肩を掴む。
「このまま敵が城内まで広がったら、王族のいる区画も危ねぇ」
「ですが……」
「クリス」
ガルドの声が低くなる。
「王族を守れる奴が必要だ」
私は言葉を失った。
城壁の上には、ガルドがいる。
ドレイスがいる。
ナージャもいる。
《暁の牙》の仲間たちも、王国軍の兵士たちも残っている。
ここを離れれば、みんなと別れることになる。
「俺たちはここを守る」
ガルドは続けた。
「お前は王族を守れ」
「それが今、一番必要な仕事だ」
その言葉に、私は周囲を見渡した。
崩れかけた城壁。
傷ついた兵士。
迫り続ける公爵軍。
ここを離れるのは怖い。
みんなを置いていくのも嫌だった。
それでも、王族区画へ敵が入り込めば、この国そのものが危うくなる。
「……分かりました」
私は剣を握り直した。
「王族を守ります」
ガルドが頷く。
「ああ。頼んだぞ」
「はい」
私は城壁を離れた。
階段を駆け下りる。
その途中、一度だけ振り返った。
ガルドは大剣を構えている。
ドレイスは地図を片手に兵士へ指示を飛ばしている。
ナージャは負傷者を助けながら、それでも戦場から離れようとはしない。
《暁の牙》の仲間たちも、それぞれの場所で戦っている。
誰も私を追ってこない。
私も振り返らなかった。
(必ず戻る)
それだけを心の中で繰り返し、王城内部へ向かった。
◇◇◇
廊下へ出た瞬間、剣戟の音が聞こえた。
城内にも、すでに敵兵が入り込んでいる。
王国兵が廊下を塞ぎ、侵入者を食い止めていた。
「王族区画はどこですか!」
近くの兵士へ尋ねる。
「この先です!」
兵士が奥を指差す。
「ですが、敵が何人か入り込んでいます!」
「分かりました!」
私は走った。
階段を上がり、廊下を曲がる。
その先から敵兵が現れた。
「止まれ!」
私は剣を抜く。
狭い廊下では、大きな動きは必要ない。
相手の剣を受け流し、懐へ入り込む。
一人。
続いて二人目。
倒れた兵士を横目に、さらに先へ進む。
遠くでは、まだ城壁から怒号が聞こえていた。
ガルドたちは戦っている。
ドレイスも。
ナージャも。
仲間たちも。
だからこそ、私は足を止めなかった。
王族を守る。
それが、今の私に託された役目だ。
廊下の奥に、重厚な扉が見えてきた。
その前には、数人の兵士が立っている。
だが、その兵士たちの顔には緊張が浮かんでいた。
扉の向こうにいるのは、国王と王妃。
そして、王女。
私の妹だ。
私は剣を握る手に力を込めた。
「……絶対に、通さない」
誰に言うでもなく呟く。
その時、扉の向こうから大きな物音が響いた。
「何だ!」
兵士たちが一斉に振り返る。
私は剣を構えた。
城壁だけではない。
王城そのものが、戦場になろうとしていた。




