↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/83

第五十四話 焦り

 公爵領を出てから、私は一度も馬を休ませなかった。


 夜の街道をひたすら駆ける。


 蹄が地面を叩く音と、風を切る音だけが耳に届いていた。


(急がなければ)


 頭の中には、公爵領で見たものが次々と浮かんでくる。


 公爵邸に現れた魔女。


 公爵が手にした黒い魔剣。


 命令を受けていないにもかかわらず動き始めた公爵軍。


 領民の不満を煽っていた武装集団。


 どれも単独で考えれば、別々の事件に見える。


 だが、すべてが同じ方向を向いていた。


 公爵領を揺さぶり、民の不安を煽り、軍を動かす。


 その中心にいたのが、あの魔女だった。


(公爵は、もう自分の意思だけで動いているとは限らない)


 そう考えると、背筋が冷たくなる。


 何より恐ろしいのは、魔女が公爵領だけを狙っているとは思えないことだった。


 王都へ戻ったら、すぐにガルドとドレイスへ報告する。


 魔女の存在。


 公爵軍の異常な動き。


 そして、公爵が黒い魔剣を手にしたこと。


 今ならまだ、何かを止められるかもしれない。


 その思いだけを頼りに、私は馬を走らせ続けた。


 ところが、王都が近づくにつれて、その考えは崩れていった。


「……あれは?」


 街道の先に、黒いものが浮かんでいる。


 雲ではない。


 煙だ。


 一つだけではなかった。


 王都のあちこちから、細い煙が夜空へ伸びている。


 火事。


 そう思った直後、遠くから鐘の音が響いた。


 一定の間隔で鳴らされる鐘。


 平時の時刻を知らせるものではない。


 緊急事態を告げる鐘だ。


「まさか……」


 私は馬の腹を蹴った。


「急げ!」


 馬が速度を上げる。


 街道の先に見えてきた王都の城壁には、普段なら灯っているはずの篝火がいくつも消えていた。


 城壁の向こうには赤い光が揺れている。


 火の手が上がっている。


 私は手綱を握り直し、さらに速度を上げた。


 ◇◇◇


 王都の城門が見えてきた。


 だが、そこで私は異変を確信した。


 門前には兵士たちが整然と並んでいるはずだった。


 今は違う。


 門の周囲を人々が走り回り、兵士たちが何かを叫んでいる。


「門を閉めろ!」


「負傷者を運べ!」


「そっちは任せる!」


 怒鳴り声が飛び交っていた。


 私は馬を止める。


 その足元に、何かが転がっているのが見えた。


 兵士だった。


「……っ」


 私は馬から飛び降り、駆け寄った。


 首筋へ指を当てる。


 脈はある。


 頭を殴られたらしく、意識を失っているようだった。


 周囲を見渡す。


 城門の一部が壊れている。


 門番の詰め所には扉が破られた跡があり、地面には剣や槍が落ちていた。


(城門が襲われたのか?)


 私は剣へ手を伸ばした。


 その時、王都の中から悲鳴が聞こえた。


「逃げろ!」


「助けてくれ!」


「兵士が来るぞ!」


 ここで立ち止まっている暇はない。


 私は馬を門前に残し、王都へ駆け込んだ。


 ◇◇◇


 街は、ほんの数時間前まで見ていた王都とは別の場所になっていた。


 店の扉は固く閉ざされ、人々が荷物を抱えて走っている。


「早く逃げろ!」


「西門へ行け!」


「そっちは危ない!」


 通りの向こうでは火が上がっていた。


 兵士たちが住民を誘導している一方で、別の場所では市民同士が争っている。


 何が起きているのか分からない。


 ただ、街全体が混乱していることだけは分かった。


(暴動……?)


 私は王城へ向かって走った。


 公爵領で起きていたことを考えれば、王都で何かが起きる可能性は予想していた。


 だが、ここまで早いとは思わなかった。


 城下町の人々が何を恐れ、何に突き動かされているのか。


 それを考えるより先に、王城の正門が見えてきた。


 そこには、さらに多くの兵士が集まっている。


 私は一瞬、王城へ入ろうとした。


 だが、すぐに考えを改めた。


 城門の外側に、まだ大勢の人間がいる。


 門は完全には閉じていない。


 ここを突破されれば、そのまま城内へ流れ込む。


(まずは、ここを止める)


 今はそれが最優先だった。


 私は剣を抜き、正門へ向かった。


 ◇◇◇


「押し返せ!」


「門を閉めろ!」


「城内へ入れるな!」


 兵士たちが盾を構え、必死に門を守っている。


 相手は敵国の兵士ではない。


 王都の民だった。


 商人。


 職人。


 農民。


 老人。


 若者。


 つい先日まで、同じ街で暮らしていた人々だ。


 手に武器を持つ者もいれば、何も持たずに叫んでいる者もいる。


「王城を開けろ!」


「王国は俺たちを見捨てた!」


「もう王には任せられない!」


「公爵様に従え!」


 怒号が飛び交う。


 私は足を止めた。


(公爵……?)


 その名前が、王都でも叫ばれている。


 公爵領だけで起きていた問題ではない。


 誰かが公爵の名を利用し、王都の民まで動かしている。


 その時、一人の男が兵士へ飛びかかった。


「下がれ!」


 兵士が叫ぶ。


 だが男は止まらない。


 振り上げた腕を、兵士が剣の柄で叩き落とす。


 男は地面へ転がった。


「やめろ!」


 兵士が距離を取る。


 普通なら、これで怯むはずだった。


 だが男は起き上がった。


 顔を歪めることもなく、再び兵士へ向かっていく。


「何だ、こいつ……!」


 兵士が槍を構える。


 男の足を狙って突き出した。


 男は地面へ倒れた。


 それでも、這うようにして前へ進もうとする。


 その目には、恐怖がなかった。


 いや。


 恐怖を感じているように見えない。


(おかしい)


 私は男を見つめた。


 ただ怒りに任せて暴れている人間とは違う。


 何かに突き動かされている。


 そう感じた。


 公爵領で見た武装集団。


 あの時も、人々は不安や怒りに煽られていた。


 だが、目の前の人々には、それとは別の異常さがある。


(魔女が関わっている?)


 確証はない。


 だが、他に説明がつかなかった。


「クリス!」


 聞き慣れた声が響く。


 振り向くと、正門の前で大剣を振るうガルドがいた。


「ガルド!」


「お前、どうしてここにいる!」


「公爵領から戻ってきました!」


 私は駆け寄る。


「何が起きているんです!」


「俺たちにも分からねぇ!」


 ガルドが迫ってきた男を大剣で弾き飛ばす。


 男は地面を転がった。


 だが、すぐに起き上がろうとする。


「さっきから、こいつらが城門へ押し寄せてきやがる!」


 ガルドが舌打ちした。


「最初はただの暴動だと思ったんだが、どうも様子がおかしい」


「私も見ました」


 私は倒れた男へ目を向ける。


「怪我をしても止まりません」


「だろ?」


 ガルドが苦々しい顔をする。


「俺たちだって、できれば斬りたくねぇんだ。相手は王国の民だからな」


 その言葉に、私は周囲を見渡した。


 兵士たちも同じだった。


 剣を構えてはいる。


 だが、致命傷を与えることを躊躇している。


 相手が敵兵なら、迷う必要はない。


 しかし今、剣を向けているのは昨日まで隣で暮らしていた人々だ。


「ドレイス!」


 ガルドが叫ぶ。


「どうする!」


「門を維持してください!」


 ドレイスが即座に答えた。


「まずは人の流れを止めます! 無理に前へ出ず、門前の空間を確保してください!」


「分かった!」


 ナージャも兵士たちへ声を飛ばしている。


「負傷者は後ろへ! 治療できる人から運んで!」


 《暁の牙》の団員たちも、それぞれの位置についた。


 私は剣を握り直す。


 王城へ向かうのは後だ。


 今ここを突破されれば、その必要すらなくなる。


 門の向こうには、王族がいる。


 だが、その前に守るべき場所がある。


 ここだ。


「ガルド」


「何だ!」


「私も前へ出ます」


「頼む!」


 私は兵士たちの横へ並んだ。


 次の瞬間、大勢の人間が一斉に押し寄せてくる。


「来るぞ!」


 ガルドの声が響いた。


 盾が並ぶ。


 槍が構えられる。


 私は一番前へ出てきた男の腕を斬り払った。


 男がよろめく。


 倒れたところを、兵士が押さえ込む。


「次!」


 右から別の男が迫ってくる。


 私は身をかわし、剣の柄で腹を打った。


 男が崩れ落ちる。


「捕らえろ!」


 後方の兵士へ叫ぶ。


 致命傷を与えず、動きを止める。


 それが今できる最善だった。


「クリス、左!」


「分かってます!」


 ガルドが大剣を振るい、左側から迫ってきた男を押し返す。


 その隙に、私は前へ出た。


 一人。


 二人。


 三人。


 次々と押し寄せる人々を止めていく。


 だが、数が多い。


 いくら押し返しても、後ろから新たな人間が前へ出てくる。


「多すぎる!」


 兵士の一人が叫んだ。


「怯むな!」


 ガルドが怒鳴る。


「ここを抜かれたら城まで一直線だ!」


 その言葉を聞いて、兵士たちが踏みとどまる。


 私は剣を構えた。


 目の前には、まだ大勢の人間がいる。


 公爵領で始まった異変は、すでに王都へ届いていた。


 しかも、ただ民の不満を煽っただけではない。


 誰かが、この人々を意図的に動かしている。


 その目的は分からない。


 魔女がどこまで関わっているのかも分からない。


 公爵が何を企んでいるのかも、まだ見えない。


 だからこそ。


 今は目の前の敵を止めるしかなかった。


「来い!」


 私は剣を構え直す。


「ここから先には、一歩も通さない!」


 再び、人の波が押し寄せた。


 王城の正門を巡る戦いは、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。