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捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

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幕間 魔女の目的

 礼拝堂を出た魔女は、夜の森を一人で歩いていた。


 月明かりが木々の隙間から差し込んでいる。


 魔女は空を見上げることもなく、ただ静かに歩き続けていた。


「……さて」


 小さく呟く。


「次は、どう動きますかね」


 頭に浮かぶのは、公爵の姿。


 黒い魔剣を手にした男。


 まだ、その力の意味を理解していない。


 今はそれでいい。


 魔女が必要としているのは、操り人形ではない。


 自分の意思で選択する人間だった。


 自分で力を求め。


 自分で剣を握り。


 自分で、その力を使う。


 そうでなければ、意味がない。


「人間は面白いですね」


 魔女は笑った。


「誰かに命令されたことより」


「自分で選んだことの方を、ずっと大切にする」


 だから、急ぐ必要はない。


 公爵が何を選ぶのか。


 その結果、何が変わるのか。


 それを見届ければいい。


 ◇◇◇


 森の奥。


 外からはただの古びた屋敷にしか見えない建物があった。


 魔女は扉を開ける。


 中へ入ると、棚に並べられた大量の書物が目に入った。


 王家の歴史。


 古代魔法。


 失われた魔術。


 聖剣。


 魔剣。


 そして、人間の魂に関する記録。


 魔女は机の上へ一冊の古い本を置いた。


 表紙には、古代文字で一言だけ記されている。


 ――聖剣。


 ページを開く。


 そこには、何百年も前の記録が残されていた。


「王族の血を持つ者」


「高潔な魂を持つ者」


「聖剣に選ばれし者」


 魔女は、その一文を指でなぞる。


「高潔な魂……」


 小さく笑う。


「曖昧な言葉ですね」


 王族の血。


 これは分かりやすい。


 長い年月をかけて、聖剣に適性を示した者たちを調べれば、おおよその傾向は見えてくる。


 けれど魂だけは違う。


 同じ血を引いていても、聖剣に認められる者と、認められない者がいる。


 ならば聖剣は何を見ているのか。


「善人であればいい?」


 魔女は首を傾げる。


「優しい人間ならいい?」


 ページをめくる。


「それとも……」


 そこに記された古い記録へ目を落とす。


 聖剣に選ばれた者の中には。


 戦場で多くの敵を殺した者もいた。


 己の国のために、容赦なく剣を振るった王もいた。


 それでも聖剣は、その者を選んだ。


「単純な善悪ではない」


 魔女は呟く。


「では、何を基準にしているのでしょう」


 その答えを、魔女は長い間、探していた。


 ◇◇◇


 机の横にはいくつもの資料が積まれている。


 王家の系譜。


 聖剣に選ばれた者たちの記録。


 魔剣に関する研究。


 そして、現在の王国に関する報告書。


 魔女は、その中から一枚を取り出した。


「王女……」


 そこには。


 現在の王女についての簡単な記録が書かれている。


 王家に生まれた少女。


 将来。


 この国の中心となる存在。


 魔女はしばらく、その名前を眺めていた。


「本当に、あなたなのでしょうか」


 聖剣が選ぶ者。


 王族の血。


 そして、高潔な魂。


 もし現在の王女がその条件を満たしているのなら、それを確かめる必要がある。


 けれど魔女が興味を持っているのは、王女だけではなかった。


 別の報告書を取り出す。


 そこに記されていた名前は。


 ――クリス。


 元《暁の牙》。


 現在は王国軍に所属。


 戦場における判断力。


 剣技。


 異常な生存能力。


 通称仮面の騎士。


 魔女は報告書を眺めながら、僅かに目を細めた。


「この人も……妙ですね」


 記録が少なすぎる。


 王都に現れるまでの経歴。


 幼少期。


 家族。


 出自。


 どれを調べても、繋がらない部分が多い。


 まるで、どこかに意図的に空白を作っているかのようだった。


「仮面の騎士……」


 戦場で見せた動き。


 周囲を読む判断。


 味方を生かすための選択。


 ただ強いだけではない。


 魔女は報告書を机へ置いた。


「あなたは、一体何者なのでしょうね」


 今はまだ、答えを出す必要はない。


 ただ、気になる。


 それだけだった。


 ◇◇◇


 魔女は再び聖剣の本へ視線を戻した。


「王女」


「公爵」


「仮面の騎士」


 それぞれ。


 今は何の関係もないように見える。


 けれど、魔女には分かっていた。


 人間の運命というものは。


 ほんの小さな選択によって繋がっていく。


 一人が剣を握る。


 一人が誰かを守ろうとする。


 一人が力を求める。


 その選択が、別の誰かの選択を生む。


「だからこそ……」


 魔女は微笑んだ。


「観察する価値がある」


 公爵に魔剣を渡したのも、そのためだった。


 公爵を反乱へ導くためだけではない。


 魔剣を持った人間が、どのように変化するのか。


 何を失えば、何を求めるようになるのか。


 どこまで力に依存するのか。


 それを確かめるため。


 そして、その先にあるものを見るため。


「人間の魂は」


 魔女は古い本を閉じた。


「一体、どこまで変わるのでしょうね」


 ◇◇◇


 翌朝。


 公爵領では、黒い魔剣を手にした公爵が、領内の視察へ向かっていた。


 魔女はその報告を受け取ると。


 小さく笑った。


「早いですね」


 まだ公爵は善人のままだ。


 民を守ろうとしている。


 領地を立て直そうとしている。


 失ったものを取り戻そうとしている。


 だからこそ、観察する価値がある。


 魔女は報告書を閉じた。


「あなたが、どこまで変わるのか」


 それだけを呟く。


 そして、もう一冊の本を開いた。


 そこに記されているのは。


 聖剣についての古い伝承。


 魔女の目的は、王国を滅ぼすことではなかった。


 聖剣とは何なのか。


 なぜ人を選ぶのか。


 なぜ魂を条件とするのか。


 そして、その力を持つ者が、何を選ぶのか。


 それを知りたい。


 ただ、それだけだった。


 だから、王女も、公爵も、仮面の騎士も。


 魔女にとっては、すべて観察対象だった。


 ◇◇◇


 一方。


 王都では、クリスが訓練場に立っていた。


 剣を振る。


 一度。


 二度。


 三度。


 けれど、集中できない。


(……公爵)


 頭に浮かぶのは。


 あの領主館で見た男の姿だった。


 黒い魔剣。


 そして、あの女。


(あの魔剣は、一体何なんだ)


 ゲームでは、魔剣に囚われた騎士が現れる。


 それは知っている。


 けれど、その始まりは知らない。


 誰が魔剣を手にしたのか。


 なぜ手にしたのか。


 何を願ったのか。


 ゲームでは、そこまで描かれていなかった。


 だから今の私は、何も知らない。


 ただあの黒い剣が、この先の未来へ繋がっている。


 そんな確信だけがあった。


「……クリス?」


 声が聞こえる。


 顔を上げる。


 そこには、仲間の一人が立っていた。


「どうした?」


「いや……さっきから、ずっと同じところにいるから」


「……そうか」


 私は剣を握り直した。


「少し考え事をしていただけだ」


「無理するなよ」


「ああ」


 そう答えたものの。


 胸の奥にある不安は消えなかった。


 何かが始まっている。


 けれどその全貌は、まだ見えない。


 私は、知らない。


 魔女が何を求めているのか。


 公爵がこれから何を選ぶのか。


 そして自分自身が、その未来にどう関わっていくのか。


 ◇◇◇


 森の奥。


 魔女は窓から外を眺めていた。


 遠くにある王都。


 そのさらに先にある公爵領。


 そしてその間に生きる無数の人々。


「まだ、始まったばかりです」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 公爵は魔剣を手にした。


 けれど、それだけでは何も起こらない。


 人間が選ばなければ、未来は動かない。


 だから魔女は待つ。


 公爵が次に何を選ぶのか。


 王女が何を選ぶのか。


 そして仮面の騎士が、何を守ろうとするのか。


「楽しみですね」


 魔女は静かに笑った。


 まだ誰も知らない。


 この国に近づいている破滅の正体を。


 まだ誰も知らない。


 小さな選択の一つ一つが。


 やがて大きな運命へ繋がっていくことを。


 そして魔女だけが知っている。


 この物語は、もう始まっている。


 彼女は古い本へ手を置いた。


「さて……」


 金色の瞳が、静かに細められる。


「次は、どんな魂を見せてくれるのでしょうね」


 その問いに、答える者はいなかった。

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