第四十七話 それぞれの道
近衛騎士の任命から、数日が過ぎた。
レオンは王女付きの近衛騎士として、王城で過ごす時間が増えていた。
王女の護衛。
王族の視察への同行。
城内の警備。
これまで《暁の牙》の一員として参加していた任務にも、以前ほど顔を出さなくなった。
もちろん、それは当然のことだった。
王女の身を守るという新しい役目を任されたのだから。
「最近、レオンの姿を見なくなったな」
訓練場で木剣を片付けながら、ガルドが呟いた。
「仕方ないだろ。近衛になったんだから」
ナージャが答える。
「王女様の護衛が優先だもの」
「分かってるって」
ガルドは肩をすくめた。
「ただ、前より静かになった気がするんだよ」
その言葉に、私は訓練場を見渡した。
確かに。
以前なら、少し離れた場所からでもレオンの声が聞こえてきた。
訓練が終わっても、もう一本やろうと勝負を挑んでくる。
食事の席では、くだらない話で笑っている。
任務へ向かえば、自然と私の隣に並ぶ。
それが、いつの間にかなくなっていた。
「まあ、そのうち戻ってくるだろ」
ガルドが言う。
「完全に離れたわけじゃねぇんだ」
「ああ」
私は頷いた。
分かっている。
レオンは今でも《暁の牙》の仲間だ。
ただ、以前と同じように過ごせなくなった。
それだけだった。
◇◇◇
数日後。
私は王城へ報告書を届けるため、廊下を歩いていた。
書類を提出し終え、来た道を戻っていると。
中庭から声が聞こえた。
「レオン様、こちらでよろしいでしょうか?」
「はい。ですが、少し離れすぎると危険なので、もう少しこちらへ」
足を止める。
中庭へ目を向けると、王女とレオンがいた。
二人は並んで歩いている。
王女が何かを話し、それをレオンが笑いながら聞いている。
時折、レオンが周囲を確認する。
王女の歩く速度に合わせながら、自然にその身を守っていた。
近衛騎士として。
すっかり馴染んでいる。
「……」
私はその光景を、しばらく眺めていた。
以前なら、あの場所にいたのは私だった。
王女が訓練場へ来れば、声を掛けられる。
何かあれば、私が対応する。
けれど、今はレオンがその役目を担っている。
それを見ていても、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
王女が笑う。
レオンも笑う。
二人が自然に言葉を交わしている。
その姿は、とても穏やかだった。
(……そうか)
私はふと気づいた。
私は、レオンが王女の隣にいることを寂しく思っているわけではない。
ただこれまで当たり前だった時間が、少しずつ変わっていることが寂しいのだ。
訓練場で剣を交えること。
任務で背中を預けること。
食事をしながら他愛のない話をすること。
そんな日々が、少しずつ減っている。
レオンが成長したから。
そして新しい役目を与えられたから。
当然の変化だった。
それでも、胸の奥に、ほんの少しだけ空白ができたような気がする。
「クリス?」
不意に声を掛けられた。
振り返ると、いつの間にかレオンがこちらを見ていた。
「何してるんだ?」
「報告書を届けに来ていた」
「ああ、そういうことか」
レオンが笑う。
「これから戻るのか?」
「ああ」
「じゃあ、一緒に行こうぜ」
レオンが中庭からこちらへ歩いてくる。
王女も、その後ろからついてきた。
「クリスさん」
「王女殿下」
私は一礼する。
「こんにちは」
「はい」
王女は微笑んだ。
「レオン様は、今日もとても頼りになります」
「そうですか」
「はい。近衛騎士になってくださって、本当によかったと思っています」
レオンが照れくさそうに頭を掻く。
「まだ慣れてないことも多いですけどね」
「それでも、十分頼りになります」
「ありがとうございます」
二人のやり取りを見て。
私は小さく笑った。
「それなら安心した」
「クリス?」
「いや」
私は首を振る。
「レオンが近衛騎士として役目を果たせているなら、それでいい」
「任せろって」
レオンは胸を張る。
「王女様のことは、俺がちゃんと守るからな」
「ああ」
私は頷いた。
「頼んだ」
「おう!」
昔なら、私がその言葉を言われる側だったのかもしれない。
けれど、今は違う。
私たちは、それぞれの役目を持っている。
レオンは王女を守る。
私は《暁の牙》の仲間たちと任務へ向かう。
少しずつ変わっていく日々の中で。
それでも、こうして言葉を交わせることが嬉しかった。
王女とレオンが先に歩いていく。
私は少し遅れて、その背中を見つめた。
そしてほんの少しだけ、寂しさを覚える。
(……今までが、近すぎただけなのかもしれない)
そう思うと、自然に笑みがこぼれた。
変わっていくことは、悪いことではない。
レオンが新しい場所で役目を果たしている。
それを見届けられることも、仲間として嬉しいことだった。
私は二人の後を追って歩き出した。
◇◇◇
その日の夜、私は一人町へ出ていた。
何か異変がないか、調べるためだ。
仮面を外し、フードを深く被る。
間違っても顔が見えないように。
情報屋など知らない。
だが、酒場には旅人や労働者たちが多く集まる。
私は日夜街に出て、酒場で聞き耳を立てていた。
今日も王都で1番大きい庶民的な居酒屋に入り、1人カウンターで酒を嗜む。
「お兄さん、今日も来たの?」
ウエイターの町娘が嬉しそうに声をかけてくる。
「ああ。何か変わったことはないか?」
「いつもそればっかり。今日もいつも通りよ」
「そうか、なら良かった」
「もうっ、つれないんだから」
少し怒った表情を浮かべるも、すぐにいつもの顔に戻った。
「おーい!ねーちゃん!こっちこっち!」
「あ、呼ばれてるわ。今日も楽しんでね〜」
1人残された私は、周囲の声に耳を傾ける。
「……公爵様が……で……」
「……この前街で……ってなことがあって」
「最近街から人が……」
その日はいつもと違った。
騒がしい酒場。
いつもなら、聞こえてくるのは酔っぱらいの喧嘩の声、家族や恋人の惚気や愚痴ばかりだ。
だが今日は、男たちがどことなく暗い顔で顔を寄せあっていた。




