第四十五話 近衛騎士選抜(中編)
王女直属の近衛騎士を決める選抜試験の日が来た。
王城内に設けられた演武場には、王国各地から集まった騎士たちが並んでいる。
王国騎士団。
地方騎士団。
近衛騎士団。
そして、《暁の牙》。
名のある騎士たちが顔を揃え、観客席にも多くの貴族や騎士たちが集まっていた。
王女の専属近衛を決めるのだから、単なる武芸大会とは意味が違う。
これから王女の傍に仕え、命を預かる騎士を選ぶ場なのだ。
私は演武場の端に立ち、静かに周囲を見渡した。
あちこちから視線を感じる。
《仮面の騎士》。
いつの間にか、そんな名前で呼ばれるようになった私へ向けられた視線だった。
「結構な人数が集まったな」
隣でガルドが腕を組む。
「三十人以上だってよ」
ナージャが手元の名簿を覗き込みながら答えた。
「王女様の近衛なんだから、それくらい当然じゃない?」
「俺は出なくて正解だったな」
ガルドが笑う。
「こんな若い奴らに混ざって、今さら剣を振り回すのは疲れる」
「団長、それを本人たちの前で言ったら怒られるわよ」
「何でだよ」
いつもの調子で交わされる会話に、私は小さく笑った。
こういう時でも、彼らは変わらない。
そのおかげで、張り詰めていた気持ちも少しだけ和らいだ。
「クリス」
ドレイスが静かに声を掛けてくる。
「気を付けてください」
「何が?」
「今日の相手は、これまで戦ってきた者たちとは違います」
ドレイスは演武場へ視線を向けた。
「王国でも名の知られた騎士が何人も参加しています。それに、あなたの実力を確かめたいと思っている者も多いでしょう」
「有名になるというのも面倒だな」
「今さらです」
淡々と返され、ナージャが吹き出した。
「そういうところだけは、昔と変わらないわね」
「余計なことを言うな」
私は肩をすくめた。
その時、演武場の中央から声が響いた。
「次の試合、《仮面の騎士》!」
「行ってくる」
私は木剣を手に取り、演武場の中央へ向かった。
対戦相手は王国騎士団の騎士だった。
「《仮面の騎士》……一度、手合わせしてみたかった」
相手は木剣を構える。
「全力で行かせてもらう」
「こちらも、そのつもりです」
審判が手を上げた。
「始め!」
合図と同時に、互いに地面を蹴った。
木剣がぶつかる。
乾いた音が演武場に響いた。
相手は力強い。
真正面から押し切ろうとしてくるが、私はその力をまともに受けず、剣の角度を変えて勢いを逸らした。
相手の体勢が僅かに崩れる。
その隙を逃さず一歩踏み込み、木剣を胴へ向ける。
「そこまで!」
勝負はあっけなく終わった。
観客席から歓声が上がる。
私は一礼すると、演武場を後にした。
その後も試合は次々と進み、私は一人、また一人と勝ち上がっていった。
けれど、自分の試合が終わったところで、演武場から聞き覚えのある名前が呼ばれた。
「次の試合、レオン!」
「お?」
ガルドが顔を上げる。
「レオンの番か」
「見に行きましょう」
ナージャに促され、私たちは演武場へ視線を向けた。
そこには、黒髪の青年が立っていた。
レオン。
かつて私の後ろを追いかけていた少年は、今では私よりも背が高く、鍛えられた身体を持つ騎士になっている。
木剣を握る姿にも、以前のような勢い任せの荒さはない。
対戦相手は、近衛騎士団の副隊長だった。
「厳しい相手ね」
ナージャが呟く。
「ああ」
私は頷いた。
それでも、不安はなかった。
審判が開始を告げる。
レオンが地面を蹴った。
速い。
相手が剣を振る。
レオンは受け止めず、僅かに身体を逸らして攻撃をかわすと、そのまま懐へ入り込んだ。
相手が振り返る。
そこへ二撃目。
木剣が交差し、互いに距離を取った。
「……上手くなったな」
思わず呟いた。
昔のレオンなら、もっと力に頼っていた。
勝ちたいという気持ちが先に立ち、相手の動きを見ずに身体ごと突っ込んでしまうこともあった。
けれど、今は違う。
相手の動きを見て、自分がどう動くべきかを判断している。
自分の力だけではなく、相手の勢いまで利用している。
長い時間をかけて、レオン自身が積み重ねてきたものだった。
「そこだ!」
観客席から声が上がった。
レオンが一気に踏み込む。
木剣が相手の胴を捉えた。
「勝負あり!」
歓声が響く。
レオンは息を整えながら木剣を下ろした。
そして、こちらを見る。
目が合った。
レオンが笑う。
私も小さく笑い返した。
それだけだった。
けれど、その瞬間、胸の奥に確かな嬉しさが広がった。
(……困ったな)
レオンが勝ってしまったら困るのに、嬉しく感じてしまう。
嬉しくなってしまうのは、レオンの成長を感じられたからなのか、それともほかに理由があるのか。
今の私には、分からなかった。
レオンは着実に自分の力で勝ち上がっている。
私が手を貸さなくても、自分の足で前へ進んでいる。
同じ場所で戦う騎士として、私の隣に立っている。
その事実が、何より嬉しく感じてしまうのは、確かだった。
◇◇◇
試合はその後も続いた。
勝ち上がる者が一人ずつ絞られていき、やがて決勝へ進む二人が決まった。
私とレオンだった。
「クリス」
試合を終えたレオンが、こちらへ歩いてくる。
「決勝、俺とお前だな」
「ああ」
「楽しみだ」
レオンは嬉しそうに笑った。
その顔を見ていると、昔のことを思い出す。
まだ小さかった頃、私の後ろを必死についてきた少年。
何度転んでも立ち上がり、私の背中を追いかけていた。
それが今では、自分の力でここまで勝ち上がっている。
「手加減するなよ」
レオンが言う。
「お前こそ」
「分かってる」
木剣を肩に担ぎ、レオンが笑った。
「俺、今度こそ勝つからな」
「なら、私も本気で相手をする」
「それでこそだ」
レオンは満足そうに頷くと、決勝を待つ仲間たちの方へ戻っていった。
私はその背中を見送った。
もう、守るだけではない。
レオンには、レオン自身の力がある。
だからこそ、次の試合では余計なことを考える必要はなかった。
ただ、目の前にいる相手と向き合えばいい。
昔から知っている少年ではなく、今ここで剣を握っている一人の騎士として。
私は静かに木剣を握り直した。
この戦いは、勝たなくてはならない。
未来を変える、第1歩として。
決勝が始まる。
その時は、もうすぐそこまで来ていた。




