第四十三話 騎士の未来
あの任務から、しばらく経った。
レオンが魔剣の騎士になる未来を思い出してから、私は以前よりも彼のことを注意深く見るようになっていた。
訓練場で剣を交える時も。
任務で背中を預ける時も。
何気ない日常の中でも。
レオンの様子を意識して見る。
けれど、今のところ変わったところはない。
魔剣を持っているわけでもない。
黒い刀身の剣を探している様子もない。
もちろん、本人が魔剣の存在を知っている気配もなかった。
むしろ、以前よりも明るくなったようにさえ感じた。
「クリス!」
訓練場に、木剣の音が響く。
レオンが正面から踏み込んできた。
私はその一撃を受け流し、身体を半歩ずらす。
レオンはすぐに体勢を立て直した。
そして私が距離を取るより先に、既にレオンは次の一手を選んでいる。
「そこ!」
鋭い一撃が迫る。
私は木剣を合わせた。
乾いた音が響く。
「……速くなったな」
「だろ?」
レオンが嬉しそうに笑う。
「最近、ドレイスにも色々教えてもらってるんだ」
「それはいいことだ」
「それに、クリスと戦ってると勉強になるしな」
そう言って、レオンは再び構えた。
私はその姿を見つめる。
剣技に異常はない。
少なくとも、今のレオンは私の知るゲームの「魔剣の騎士」とは違う。
けれど、時折見せる動きの中に、ゲームで見た姿と重なる瞬間がある。
踏み込み。
剣の軌道。
敵との距離の取り方。
それらを見ていると、どうしても未来の姿を思い出してしまう。
(……この先に、魔剣を手にする未来がある)
そう思うと、胸の奥がわずかに重くなる。
「クリス?」
「……何でもない」
「また考え事か?」
「少しな」
レオンは不満そうに眉を寄せた。
「戦ってる時くらい、俺をちゃんと見ろよ」
「ああ。悪かった」
私は木剣を構え直した。
「もう一度だ」
「おう!」
レオンが笑う。
その顔を見ながら、私は考えていた。
今のレオンには、まだ何も起きていない。
だからこそ、私は焦っていた。
ゲームでは、魔剣を手にするまでの過程が詳しく描かれていなかった。
私が知っているのは、魔剣を手にした後のレオンだけ。
いつ。
どこで。
誰によって。
何をきっかけに。
レオンが魔剣を手にしたのか。
そこだけは、どうしても分からない。
だから私は、レオンを守るだけでは足りないと思っていた。
魔剣そのものを警戒するだけではなく、レオンが魔剣へ近づく原因を探さなければならない。
もし、そのきっかけを見つけられれば、未来を変えられるかもしれない。
◇◇◇
訓練を終えた後。
私は一人で兵舎の廊下を歩いていた。
窓の外では、王都の人々が行き交っている。
平穏な光景だった。
以前なら、何も気にせず眺めていたと思う。
けれど今は、同じ景色でも、ただ何も考えずに眺めることはできない。
私は、この世界がゲームの筋書き通りに進むとは考えていない。
すでに、私が知っている物語とは違う出来事がいくつも起きている。
ゲームでは、戦争について描かれていなかった。
ガルドたちについても、詳しく語られることは無かった。
そして、私自身。
この世界にクリスという主人公の姉は存在しないはずだった。
存在しない者が存在しているならば、レオンの未来だって変えられるはずだ。
そう信じたい。
だが、そのためには知らなければならない。
魔剣がどこから現れるのか。
誰がレオンをその力へ導くのか。
そして、なぜレオンが、その力を必要とすることになるのか。
それが分からないままでは、未来を変えることもできない。
私は歩みを止めた。
廊下の窓から王都を見下ろす。
人々はいつもと変わらない生活を送っている。
店を開き、家族と歩き、友人と笑っている。
平和な王都なのにどこか不穏に感じる。
それは気のせいではなかった。
街道での小さな揉め事。
地方で増え始めた盗賊。
魔物の出現場所の変化。
どれも、それだけなら珍しいことではない。
王国が広い以上、起こっても不思議では無いことばかりだ。
だが、あまりに重なりすぎている。
何も知らなければ、単なる偶然と片付けることもできるだろう。
でも私は知っている。
偶然が重なれば必然になることを。
(……少しずつ、何かが変わっている)
まだ、それが魔剣と関係しているのかは分からない。
それどころか、レオンと結びついている証拠さえない。
だからこそ、慎重にならなければならない。
何でもゲームの展開と結びつけてしまえば、大切なものを見落とす可能性がある。
私は窓に背を向け歩き出す。
まずは目の前の出来事を見る。
ゲームではなく、この世界で起きている現実を。
(情報を、少しずつ集めていかなければ)
それが、今の私にできる精一杯のことだった。
◇◇◇
その日の夕食。
食堂では、いつものようにガルドたちが集まっていた。
「クリス、遅かったな」
「少し考え事をしていた」
「珍しいじゃない」
ナージャが笑う。
「何かあった?」
「いや、大したことじゃない」
私は席についた。
向かいでは、レオンが大量の料理を皿へ取り分けている。
「お前、それ全部食べるのか?」
「今日は訓練したからな」
「毎日しているだろ」
「じゃあ毎日食べていいってことだな」
レオンが笑う。
ガルドが呆れたようにため息をつき、ナージャが笑い声を漏らす。
いつもの光景。
何も変わらない。
私はその様子を見ながら、少しだけ肩の力を抜いた。
魔剣の未来を知ってしまったからといって、今すぐ何かが起きるわけではない。
今のレオンは、ここにいる。
私たちと笑い、剣を振り、自分の未来を歩いている。
だから、私はその時間を守りたいと思った。
魔剣の騎士になる未来を変えるためだけではない。
今ここにいるレオン自身を守るために。
「クリス?」
「何だ?」
「またぼーっとしてるぞ」
レオンが不思議そうにこちらを見る。
「……悪い」
「変な奴だな」
そう言って、レオンは笑った。
私はその笑顔を見つめる。
(大丈夫だ)
今はまだ、何も起きていない。
ならば、間に合う。
そう自分に言い聞かせる。
けれど、その頃の私はまだ知らなかった。
王国各地で起き始めている小さな異変が。
やがて一つの流れへ繋がっていくことを。
そしてその流れの先に、魔剣だけではなく、この王国そのものを揺るがす存在がいることを。
私はまだ、その名前すら知らなかった。
ただ、何かが変わり始めている。
その感覚だけが、少しずつ強くなっていた。




