↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/83

第四十一話 読み解けない感情

 あの会話から数日、王女は変わらず《暁の牙》の訓練場へ姿を見せている。


 だが、以前とは、少しだけ様子が違っていた。


「レオン様、お疲れさまでした」


「ああ。王女様も今日は視察か?」


「はい。皆さんの訓練を見せていただいていました」


 二人は自然に言葉を交わし、笑っている。


 私は少し離れた場所で木剣を振りながら、その様子を横目で見ていた。


 以前なら、王女が訓練場へ来ると、真っ先に私のほうへ来ていた。


 その目には、仮面の騎士への憧れが滲んでいたが、私は必要以上に親しくならぬよう、意識して距離を取っていた。


 私の正体を、知られる訳には行かない。


 それは今でも変わらない。


 だから、王女が私ではなくレオンと話すようになったことに、不満を持つ理由などない。


 むしろ私がそう望んでいたのだから、これでいいはずだ。


「――それでですね」


「へえ。そんなことがあったのか」


 (それで、いいはずなのに……。)


 王女の楽しそうな声が聞こえる。


 レオンも笑っている。


 私は木剣を振りながら訓練に集中しようとするが、視界の端に二人の姿が映る。


(……いつの間に)


 昔は、私の後ろをついて歩いていた少年だった。


 私が歩けば、その後ろを追いかけてくる。


 それから共に成長し、お互いの背を預け、共に戦場を駆けた。


 私の背中を守るのは、レオンしかいないと思っていた。


 そんな日々が、この関係が、ずっと続くような気がしていた。


 だがレオンはもう、私は必要ないのかもしれない。


 自分で考え。


 自分で動き。


 自分の言葉で、誰かを支えるようになった。


 王女と話している姿を見ても、それがよく分かる。


 私が知らないところで、レオンは新しい人間関係を築いている。


 当たり前のことだ。


 成長すれば、そうなる。


 私だって、昔とは違う。


「クリス」


 不意にガルドの声が飛んできた。


「少し休め。さっきから同じところで剣が止まってるぞ」


「ああ」


 私は木剣を下ろした。


 額の汗を拭い、水を一口飲む。


 それから、何気なく庭へ目を向けた。


 レオンと王女が並んで歩いている。


 王女が庭に咲く花を指差し、レオンが何か答えている。


 どこにでもあるような光景だった。


 それなのに、なぜか目を離せなかった。


(……何だろう)


 私は小さく息を吐いた。


 王女が他の誰かと親しくなることは、喜ぶべきことだ。


 あの子には、私のような思いをしてほしくない。


 家族から切り離されることも。


 自分の居場所を失うことも。


 誰にも頼れず、一人で生きることも。


 そんなものは知らずにいてほしい。


 誰かを信じて。


 誰かと笑って。


 自分の望む未来を選んでほしい。


 それが、私がずっと願ってきたことだった。


 だから、王女がレオンと笑っている姿を見れば、安心するはずだった。


 実際、嬉しいと思う。


 レオンなら、王女を粗末に扱うことはない。


 困っていることがあれば、手を差し伸べるだろう。


 なのに、どうしてか、胸の奥に、ほんの少しだけ寂しさが残った。


(乙女ゲームの通りになっているからだろうか……。)


 だが、傭兵上がりと王家の姫。


 ふたりが交流するのを、周囲は止めるかもしれない。


 (2人の仲が、周囲に邪魔されてしまうのが、忍びないからだろうか)


「クリス」


 気が付くと、ナージャが隣に立っていた。


「ぼーっとしてるわよ」


「そうか?」


「ええ。珍しいわね」


 ナージャは私の顔を見た後、その視線を庭へ移した。


 私もつられて、そちらを見る。


 レオンと王女がまだ話している。


「なるほどね」


「何がだ?」


「別に」


 ナージャは意味ありげに笑った。


「ただ、少し寂しそうだなって思っただけ」


「……寂しい?」


「違う?」


 そんなつもりはなかった。


 ただ、心配していただけのつもりだった。


 だから、ナージャがなぜそんなことを言うのか分からなかった。


「……二人とも、楽しそうだなと思っただけだ」


「そうね」


 ナージャは、それ以上何も聞かない。


 ただ、小さく笑って離れていく。


 私はその背中を見送り、もう一度庭へ目を向けた。


 ◇◇◇


 レオンが王女と話している姿を見ていると、もしもの考えが浮かんでくる。


 もし、私が王家で育っていたら、妹と一緒に過ごす時間があったのだろうか。


 一緒に食事をして、一緒に庭を歩いて、くだらないことで笑って。


 姉妹として、普通に成長していくことができたのだろうか。


 そんな未来を、私は知らない。


 妹がどんな幼少期を過ごしたのかも知らない。


 何が好きなのか、何が嫌いなのか、どんなことで笑うのか、どんな時に泣くのか。


 何も知らなかった。


 そして今も、王女と直接話すことは意識して避けている。


 私が王家にいたなら与えられていたはずの身分や名前に、今さら戻るつもりもない。


 あの子に、私の存在を知られたくない。


 私が、王家の第1子が生きていることを知られても、何もいいことはない。

 

 だから、私は距離を置く。


 王女がこちらを気にしていても、話しかけたそうにしていても、最低限の仕事としての接し方のみで、私から近づいてはならないのだ。


 それが、私にできる唯一の線引きだった。


 だから二人が並んで歩く姿を見ていると、自分だけが知らない時間を過ごしてきたことを、改めて思い知らされる。


(……そういうことか)


 私はようやく気づいた。


 寂しいのは、レオンが王女と親しくなったからではない。


 王女が私以外の誰かと笑っているからでもない。


 私はただ、二人が過ごしている時間の中に、最初から存在していなかった。


 それが、少し寂しいのだ。


 姉として、一緒に過ごすことができなかった。


 妹の成長を見守ることもできなかった。


 今さら、それを悔やんでも仕方がない。


 私がクリスとして生きることを選んだのだから。


 ◇◇◇


 私は木剣を握り直した。


 今の人生を後悔しているわけではない。


 ガルドがいる。


 ナージャがいる。


 ドレイスがいる。


 そして。


 レオンがいる。


 《暁の牙》で過ごしてきた時間は、私自身が選んできたものだ。


 誰かに与えられた人生ではない。


 自分で剣を握り。


 自分で仲間を選び。


 自分で生き方を決めてきた。


 だから、妹にも同じように、自分の人生を歩んでほしいと思う。


 レオンがその隣にいるのなら。


 それも悪くない。


 むしろ安心できる。


 あいつは優しい。


 自分が傷ついてでも誰かを守ろうとするところは、少し心配になるけれど。


 それでも、王女を大切にするだろう。


(……それでいい)


 私は自分に言い聞かせる。


 妹には妹の人生がある。


 私には私の人生がある。


 今さら、その二つを無理に重ねる必要はない。


 この先、乙女ゲームというシナリオに不幸が訪れようとも、私が2人を守る。


 ストーリーを、変えなければならない。


 そう思った時だった。


「クリス!」


 庭から声がした。


 レオンがこちらへ手を上げている。


 私は軽く手を上げ返した。


 レオンはそれだけ確認すると、また王女の方へ向き直る。


 その姿を見て、私は少しだけ笑った。


 昔なら、レオンはすぐに私のところへ駆けてきただろう。


 何かあれば私を呼び、私の隣にいることが当たり前だった。


 けれど、今は違う。


 レオンには、レオンの世界がある。


 王女にも、王女の世界がある。


 そして私にも、私が選んだ世界がある。


 それは寂しいことなのかもしれない。


 けれど悪いことではない。


 人は成長すれば、少しずつ自分の世界を広げていく。


 誰かと出会い、誰かを信頼し、自分の足で歩くようになる。


 私もそうだった。


 だから、レオンがそうなることを止める理由はない。


「……大きくなったな」


 誰に聞かせるでもなく、呟いた。


 その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。


 ◇◇◇


 部屋で1人、顔を覆う仮面に触れた。


 この仮面は、私の正体を隠すためにある。


 王家にいたなら与えられていたはずの名前。


 アリアリーデ。


 その名前を隠すためではない。


 私はアリアリーデという名前を、自分自身の名前だとは思っていなかった。


 それは、もし私が王家に残されていたなら、その人生を歩んでいたなら、与えられていたはずの名前。


 私の知らない、もう一つの人生につけられた名前だ。


 だから、墓に刻まれたその名を見ても。


 「本当の自分が死んだ」とは思わない。


 あそこにあるのは、私が生きることのなかった人生の名前だ。


 私は今、ただのクリスとして生きている。


 みんなが呼んでくれるこの名こそが、今の私にとって大切な名前だった。


 だから、王女の前でも仮面を外さない。


 私はそう決めている。


 それでも、妹が笑っている姿を見れば嬉しい。


 レオンが楽しそうなら安心する。


 その二人を見て、少し寂しくなる自分もいる。


 矛盾している。


 けれどそれも仕方のないことなのだろう。


 私はもう一度、庭へ目を向けた。


 王女が笑っている。


 レオンも笑っている。


 その姿を見ながら、今度は素直に思った。


(……よかった)


 妹が笑っている、それだけでいい。


 私がその隣にいなくても。


 私のことを知らなくても。


 あの子が幸せに生きられるなら、それでいい。


 そう思える自分がいる。


 そして同時に、もし、いつか。


 すべての事情を乗り越え、誰にも迷惑をかけずに済む日が来るのなら。


 その時くらいは、姉としてではなくても、一人の人間として、妹の隣で笑ってみたい。


 そんな小さな願いが、自分の中に生まれていることにも気づいていた。


 けれど今はまだ、その時ではない。


 私は木剣を構え直した。


「もう一本」


 ガルドたちがこちらを見る。


 私は再び訓練へ戻った。


 庭の向こうでは、レオンと王女がまだ話している。


 今度はもう視線を逸らさなかった。


 妹が歩いていく道を。


 レオンが選んでいく道を。


 そして私が進む道を。


 私はそれぞれ見つめながら。


 木剣を振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。