第三十九話 邂逅
すみません、話が前後してしまったので再upです。
よろしくお願いします。
その日の任務を終え、私たちは謁見の間を出た。
王城での仕事にも、もう慣れている。
以前なら、王城へ足を踏み入れるだけで自分の過去を意識していた。けれど、今では任務をこなす場所の一つとして考えられるようになっている。
「今日の仕事はこれで終わりか?」
ガルドが肩を回しながら尋ねた。
「はい。次の任務までは特に予定はありません」
ドレイスが書類を確認する。
「なら、今日は早めに戻れそうね」
ナージャが笑った。
「だったら飯だ!」
「結局それですか」
「腹が減ってるんだから仕方ねぇだろ」
いつものやり取りに、私は思わず笑った。
「俺も行く」
レオンが手を上げる。
「お前、さっき食べただろ」
「それとこれとは別だ」
「どういう理屈だよ」
ガルドが呆れたように笑う。
そんな二人を眺めながら、私は廊下を歩いていた。
その時だった。
「きゃっ!」
少し先から、少女の悲鳴が聞こえた。
反射的に顔を上げる。
階段の上に、一人の少女がいた。
どうやら足を踏み外したらしい。
小さな身体が、階段から落ちる。
「危ない!」
考えるより先に身体が動いた。
床を蹴り、階段へ向かって駆ける。
落下する少女へ手を伸ばし、身体を抱き止めた。
勢いを殺すために身体を回転させ、そのまま床へ着地する。
「大丈夫ですか?」
腕の中の少女へ声を掛ける。
少女は驚いた様子で、私を見上げていた。
淡い金色の髪。
澄んだ青い瞳。
幼さを残した顔立ち。
その姿を見た瞬間、私は息を止めた。
(……この子……)
王家に生まれた、私の妹。
以前会ったため、顔は知っている。
でもこの子に触れたことがあるのは、誕生の挨拶に拝謁した、ほんの僅かな時間、小さな手に触れるだけだった。
姉だと名乗ることも、名前を呼ぶことも許されなかった。
そして今、その子が目の前にいる。
「姫様!」
侍女たちが慌てて駆け寄ってきた。
「ご無事ですか!?」
その言葉で、確信した。
(……王女。)
間違いない。
この子は、私の妹だ。
触れた手から胸の内に、言葉では説明できない感情が込み上げてくる。
会いたかった。
抱きしめたかった。
血の繋がった、たった一人の妹。
姉として、ただ妹を可愛がりたかった。
けれど、実際に言葉を交わす機会が生まれてしまうと、何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
ずっと避けてきた。
なんと話せばいいのか分からなくて。
それに今の私は一介の騎士に過ぎない。
王国軍に所属する騎士であり、《暁の牙》の一員。
死んだことになっている第一王女や公爵家嫡男ではない。
「もう大丈夫です」
私は少女をゆっくりと立たせた。
「あ……」
王女が私を見上げる。
「ありがとうございます……」
「ご無事で何よりです」
私は一礼する。
「あの……!」
王女が何かを言おうとした。
けれど、私はそれ以上ここに留まることができなかった。
このまま顔を見ていたら、抑えていた感情を隠せなくなりそうだった。
「失礼いたします」
それだけ告げ、私は踵を返した。
振り返らない。
今、振り返ってしまえば、余計な言葉を口にしてしまいそうだった。
――自分が、あなたの姉だと。
そんなことを言えるはずがない。
私はそのまま廊下を歩いた。
背中に視線を感じていたが、振り返らなかった。
◇◇◇
「……仮面の騎士様」
王女は、遠ざかっていく背中を見つめていた。
「はい。最近、王都で噂になっている騎士様です」
侍女が答える。
「とても強くて、困っている人を見れば助ける方だと聞いております」
「そうなの……」
王女は小さく呟いた。
先ほど助けてもらった時、不思議な感覚があった。
初めて会ったはずなのに、なぜか懐かしい。
理由は分からない。
ただ、もう一度話してみたいと思った。
「……また、お会いできるでしょうか?」
「王城にお勤めの騎士様ですから、きっと機会はございますよ」
侍女の言葉に、王女は小さく笑った。
そのことを、私はまだ知らない。
◇◇◇
王城を出て馬車へ向かっていると、隣を歩いていたレオンが口を開いた。
「クリス」
「何だ?」
「さっきの王女様だけどさ」
私は視線だけを向ける。
「可愛かったな」
「……そうか」
それだけ答えたものの、なぜか引っ掛かった。
王女。
レオン。
その二つの言葉が重なった瞬間、頭の奥に何かが浮かんだ。
一瞬だけ、目の前の景色が遠ざかる。
色鮮やかな画面。
見慣れた立ち絵。
流れていた音楽。
そして、画面の中に立つ黒髪の青年。
(……これを、私は知っている。)
前世の記憶だった。
今まで断片的にしか思い出せなかったものが、少しずつ形になっていく。
青年の名前。
レオン。
騎士。
そして、彼の隣に立つ少女。
王女。
私は目を見開いた。
(……そうだ。)
ここまで思い出した瞬間、記憶が一本につながった。
前世で私が遊んでいた乙女ゲーム。
そのゲームに登場する攻略対象の一人が、レオンだった。
そして主人公は王女。
ゲーム本編では、王女が騎士となったレオンと出会い、少しずつ互いを理解していく。
最初は護衛と王族。
それが信頼へ変わり、やがて恋へと発展していく。
私は、その物語を知っている。
レオンのことも。
王女のことも。
そして、この二人が物語の中心で結ばれていくことも。
「……クリス?」
レオンの声で我に返る。
「どうした?」
「いや……」
私は首を振った。
「少し昔のことを思い出しただけだ」
「昔?」
「ああ。たいしたことじゃない」
レオンは納得していない様子だったが、それ以上は聞かなかった。
私は再び前を見る。
さっきまで見えていた王城が、少しずつ遠ざかっていく。
そこで、ようやく気付いた。
私はゲームの物語を知っている。
けれど、今の世界はゲームそのものではない。
私は本来なら存在しないはずの第一王女として生きている。
《暁の牙》の仲間たちと出会い、戦争を経験し、王国軍にも所属した。
そんな出来事は、私の知るゲームには描かれていなかった。
つまり、この世界にはゲームに存在しなかった未来がある。
王女とレオンが出会ったことも、その一つなのかもしれない。
(……なら、これからどうなる?)
本来なら、ゲームの前日譚が始まるまで二人が接点を持つことはなかったはずだ。
それが今日、偶然とはいえ出会った。
私が介入したことで、すでに物語は変わり始めている。
そして私は、その先に何が待っているのかを知っている。
だからこそ、怖かった。
ゲームでは、レオンは王女と結ばれる。
なら、この世界でも同じ未来になるのだろうか。
それとも、私が知っている物語とは違う道を歩むのか。
分からないことだらけの中、一つだけ確かなことがある。
ここで出会った人たちは、ゲームの登場人物ではない。
ガルドも。
ドレイスも。
ナージャも。
レオンも。
そして、あの王女も。
それぞれの意思で生きている。
だからこそ、私は自分の目で未来を見たい。
前世で知っていた結末が待っているとしても。
違う未来へ進めるのなら、その可能性を捨てたくはなかった。
馬車の前で足を止める。
私は無意識に、王城を振り返った。
あの中に、妹がいる。
私が姉だと知らない妹。
そして、その隣には、いつかレオンが立つのかもしれない。
(……まだ、何も決まっていない。)
そう考えると、不思議と少しだけ気持ちが落ち着いた。
未来は、まだ先にある。
だったら、その時が来るまでに、自分にできることをすればいい。
私は馬車へ乗り込んだ。
王女との再会も。
前世の記憶も。
レオンの未来も。
まだ何一つ、答えは出ていない。
ただ、知っている未来を避けるために、私は決意を新たにするのだった。




