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捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

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第二十八話 敗北からの変化② ー選択ー

 軍事会議に《暁の牙》が正式に参加するようになってから、数日が過ぎた。


 かつてなら、傭兵団が王国軍の作戦会議に席を並べるなど考えられなかった。


 傭兵は必要な時に雇われ、戦場で役目を果たせば、それで終わるような、臨時の存在だ。


 間違っても軍の中枢へ関わる立場ではない。


 だが、戦争が長引くにつれて、その考え方も変わり始めていた。


 第一戦では、王国軍が敵軍を大きく崩した。


 そして、それは、暁の牙が敵将を討ったからだと認められた。


 しかし第二戦では、敵がこちらの戦い方を学び、ドレイスの策を逆に利用してきた。


 その結果、失った兵は多かった。


 経験豊富な騎士も倒れ、戦場を知る者が少しずつ減っている。


 正規兵だけでは足りない。


 騎士だけでも足りない。


 生き残るためには、身分や立場にこだわっている余裕などなかった。


 だから第一戦で大きな功績を残した《傭兵》が呼ばれた。


 血筋や立場など言ってる余裕はない。


 使える力は、すべて使う。


 それが今の王国軍だった。


 ◇◇◇


「始める」


 軍議の中心で、ドレイスが机の上へ地図を広げた。


 集まっているのは王国軍の将校たち。


 そして、その一角には《暁の牙》の団長であるガルドと、私がいる。


 本来傭兵はここにいるべきではない。


 でも、今では誰も、それを口にしない。


「敵は第二戦で、こちらの戦い方を学んだ」


 ドレイスは地図上の国境を指でなぞった。


「同じ手は、もう通じない」


 第二戦での戦況が頭をよぎる。


 敵は、こちらの動きを待っていた。


 こちらがどう考えるのかまで予測し、その裏を突いてきた。


「次の戦いでは、敵も別の手を使ってくるでしょう」


 ドレイスが続ける。


「こちらが第二戦を分析していることも、向こうは想定しているはずです」


 将校たちが地図を覗き込む。


 山岳地帯。


 河川。


 街道。


 補給路。


 どこを押さえれば戦況が動くのか。


 どこに兵を置けば敵の進軍を止められるのか。


 私は地図を見ながら、敵軍の動きを頭の中で組み立てた。


 (敵はどこにいて、何を狙っていたのか……。)


 小さな違和感が引っかかった。


「……少し、気になることがあります」


 私が口を開くと、ドレイスがこちらを見た。


「何か見えましたか?」


「確証はありません」


 私は地図の数か所を指す。


「この配置、敵の兵力が、少し分散しています」


 将校の一人が眉を寄せる。


「分散しているからこそ、こちらも攻めやすいのでは?」


「そこが気になります」


 私は首を横に振った。


「普通なら、敵は戦力を集中させるはずです。」


「突破したい場所があるなら、そこへ兵を集める。」


「ですが、この配置は違います。」


 指先を動かす。


「ここにも兵がいる。」


「こちらにもいる、こちらにも。」


 そうして指した箇所は全5箇所。


「どの場所も、中途半端な数の兵を配備しています。」


 ドレイスが黙って地図を見つめる。


「まるで……」


 私は言葉を探した。


「こちらに、どこへ兵を送るか選ばせようとしているように。」


 部屋の空気が変わった。


「誘導している、と?」


「はい」


 私は頷いた。


「敵は、こちらがどこを重要だと判断するのかを見ようとしているのかもしれません。」


 ドレイスはしばらく地図から目を離さなかった。


 やがて、静かに口を開く。


「可能性はあります」


 その声に迷いはない。


「第二戦で敵が学習したのであれば、こちらの判断そのものを利用しようとしても不思議ではない。」


 現に、伝令にスパイが潜り込み、指揮系統は混乱した。


 敵はもう、同じ手は使わないだろう。


「つまり、敵の配置そのものが罠かもしれない。」


 ガルドが腕を組む。


「厄介だな。」


「だからこそ、決めつけないことが重要です。」


 ドレイスは全員を見る。


「敵の動きに反応するのではなく、その目的を見極める。」


 私は小さく頷いた。


 ドレイスが、昔から言っていたことだ。


 彼らの目的を考え、先回りをする。


 今回も、こうして狙いを見極めながら、慎重に対応していれば大丈夫なはずだった。


 なのに、胸の奥に残った違和感だけは、消えなかった。


 ◇◇◇


 軍議を終え、廊下へ出る。


 窓から差し込む夕日が、石造りの床を赤く染めている。


 (夕日が眩しいな……)


 深く呼吸すると、血と汗の臭いが鼻についた。


 ここはどこまでも現実で、どこまでも残酷だ。


 どうやったら味方を守れるのか、いつも考えてしまう。


 頭を振り、気分を切替える。


 自分たちのテントへ向けて、歩きだそうとした時だった。


「仮面の騎士殿」


 後ろから声が掛かる。


 振り返ると、公爵家の嫡男ーー弟が立っていた。


「何か?」


「少し、お時間をいただけますか?」


 私は一瞬だけ迷った。


 それでも頷く。


「構わない」


 私たちは並んで廊下を歩き始めた。


 弟は、以前よりも鎧を着る姿が様になっていた。


 まだ若い。


 なのに彼は、既に立派な騎士の顔をしていた。


 本来なら、私と彼は顔を合わせる機会などほとんど無い。


 一介の傭兵と公爵家の嫡男。


 身分が違いすぎるからだ。


 なのに今の状況では、軍議などで顔を合わせることも多かった。


 私はその度に、複雑な気持ちになる。


 弟は、私が本当は姉だとは知らない。


 それなのに、私のことを兄だと慕ってくれる。


 事実を伝えぬまま、無邪気に慕う様子を見ると、胸が苦しくなった。


「……あの」


 弟が口を開いた。


「あなたの昔の話を聞かせてもらえませんか?」


 私は足を止めた。


「昔の話?」


「はい」


 弟は少し照れたように笑う。


「あなたは、自分の昔のことをほとんど話さないでしょう?」


「そうだったか?」


「そうですよ」


 いつもいつも、軍議の後には子犬のように話しかけてくる弟。


 その様子に、私も無下に扱うことはできなかった。


 (できるだけ答えてるつもりだったけど……。)


 私のそんな表情を察したのか、弟は苦笑する。


「戦い方とか、騎士としてのことはたくさん話してくれます」


「でも、それ以前のことは何も話してくれないではないですか。」


 私は返事をしなかった。


 話せるはずがない。


 私の過去を語れば、いつか必ず矛盾が生まれる。


 王家で生まれ、公爵家へ送られたこと。


 彼の両親が、私を殺そうとしてきたこと。


 公爵家を捨て、傭兵となったこと。


 そして、私が女であること。


 何一つ話せない。


「……どうして、そんなことを聞きたい?」


 ようやく尋ねる。


 弟は少し考えてから答えた。


「……分かりません」


「ただ」


 彼は前を向いたまま続ける。


「あなたのことを、もっと知りたいと思ったんです」


 胸の奥が痛んだ。


 その言葉には、疑いも打算もない。


 ただ純粋な好奇心と、誰かを知りたいという気持ちがある。


「昔の私は……」


 私はゆっくりと言葉を選んだ。


「強くなかった。」


「そうなんですか?」


「ああ」


 私は窓の外を見る。


「守られてばかりだった」


 今も昔も、自分の力だけで生きていたわけではなかった。


王家に守られ、公爵家に育てられ、ガルドに助けられ、レオンに救われた。


《暁の牙》の、みんなに守ってもらっていた。


「だから、強くなりたかった。」


「誰かを守れるくらいに。」


 弟は、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「……やっぱり、あなたらしいですね」


「何が?」


「今も同じだからです」


 私は弟を見る。


「いつも、自分より誰かを優先しているでしょう?」


 返す言葉が見つからなかった。


 弟は笑ったまま続ける。


「だから、少し心配なんです。」


「自分のことも大切にしてください。」


 同じ言葉を、以前、別の誰かにも似たことを言われた気がした。


 けれど、それが誰だったのかを考えるより先に、弟が足を止めた。


「……いつか」


 弟がこちらを見る。


「もっと昔の話を聞かせてください。」


 私は、すぐには答えられなかった。


「……ああ」


 それだけを返す。


 弟は満足そうに笑った。


 私は、その笑顔を見つめる。


 もっと話したい。


 本当は、私の方がそう思っていた。


 けれど、真実を話すことはできない。


 今の関係を壊すことも怖かった。


 だから私は、何も言わずに弟と別れた。


 ◇◇◇


 数日後。


 第三戦が始まった。


 冷たい風が戦場を吹き抜ける。


 両軍が向かい合い、無数の旗が風に揺れていた。


 私は仮面の奥から、敵軍を見つめていた。


「始まるぞ」


 隣に立つガルドが剣を抜く。


 次の瞬間。


 敵軍が動いた。


「右翼です!」


 伝令の声が響く。


「敵主力が右翼へ向かっています!」


 敵軍の一部が、猛烈な勢いで右翼へ殺到する。


 王国軍の兵士たちが押し込まれる。


「右翼を支援しろ!」


「敵の数が多すぎます!」


 次々と報告が飛び交う。


 私は戦場全体を見渡した。


 右翼。


 中央。


 左翼。


 敵軍の動き。


 予備兵の位置。


 後方部隊の進み方。


(……おかしい)


 軍議の時に感じた違和感と同じだった。


 敵の動きは、一見すると右翼への集中攻撃に見える。


 けれど、後方の兵がほとんど動いていない。


 右翼を攻めるには、明らかに兵が足りない。


 それなのに敵は攻撃を続けている。


 私は目を細めた。


「……囮だ」


 確信が生まれる。


「右翼は囮です!」


 私は叫んだ。


「敵の本命は中央!」


 近くにいた兵士たちが振り返る。


 ドレイスもすぐに戦況を確認した。


「中央の敵部隊が前進している!」


 彼の声が響く。


「中央へ伝令!」


「予備兵を回せ!」


 命令が次々と飛ぶ。


 王国軍が動き始める。


 私は中央へ視線を向けた。


 その瞬間だった。


 胸の奥が冷たくなる。


 中央には、若い騎士たちが配置されていた。


 そして、その中に。


 弟の姿がある。


(……あいつがいる)


 心臓が大きく跳ねた。


 その直後。


 敵軍の中央部隊が、一気に速度を上げた。


「まずい!」


 私は馬を中央へ向けようとする。


 しかし、その時だった。


「クリス!」


 ドレイスの声が飛んできた。


「待て!」


 私は振り返る。


 ドレイスが、敵陣の奥を指差していた。


「敵将が右翼後方にいる!」


 視線を向ける。


 確かに、敵将の旗が見える。


「この位置なら、今なら届く!」


 敵将を討てば、敵軍全体の指揮系統を崩せる。


 戦況を大きく変える好機だった。


 だが中央では、弟たちが敵の攻撃を受け始めている。


 私は左右を見た。


 右翼には敵将。


 中央には弟。


 どちらを選ぶべきなのか、頭では分かっていた。


 この状況は絶対に、敵将を討つべきだ。


 それが軍全体にとって最も大きな利益になる。


 けれど、足が動かなかった。


 弟がいる。


 あの時、もっと話したいと言ってくれた弟が。


 今も私を慕ってくれる弟が。


「……クリス!」


 ドレイスが再び叫ぶ。


「判断しろ!」


 私は剣を握りしめた。


 その瞬間、軍議で感じた違和感が、頭の中で一つにつながった。


 右翼への攻撃。


 中央への進撃。


 そして、あえて見せている敵将の位置。


(まさか……)


 敵は、私に選ばせようとしている。


 中央を守るのか。


 敵将を討つのか。


 どちらを選んでも、敵には次の手がある。


 第二戦で学んだのは、私たちだけではない。


 敵もまた、私たちを学んでいる。


 そして敵は、私が何を守ろうとする人間なのかまで、見ようとしている。


 私は中央を見た。


 弟の姿が、敵兵の向こうに小さく見える。


 胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいく。


 これは偶然ではない。


 敵は最初から、私をここへ誘導するつもりだった。


 ならば、この戦場で本当に狙われているのは、敵将でも中央でもない。


 ――私自身なのかもしれない。


 私は剣を握り直した。


 そして、戦場を見据えた。

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