第二十六話 敵もまた学ぶ 後編
煙の向こうから、無数の足音が迫ってくる。
クリスは静かに剣を構え直した。
「囲め!」
「逃がすな!」
「仮面の騎士を戦列へ戻すな!」
怒号と共に、敵兵が押し寄せる。
私は1歩大きく踏み込む。
一人目。
斬りかかってきた剣を受け流し、その勢いのまま相手の肩を斬る。
二人目。
横から振り下ろされた槍を弾き、懐へ入り込む。
三人目。
間合いを詰め、鎧の隙間へ刃を滑らせる。
普通なら、ここで敵は怯む。
だが。
「次!」
倒れた兵の後ろから、すぐに新たな兵が現れた。
「交代!」
「前へ出ろ!」
まるで訓練された波のように、敵兵が入れ替わる。
一人一人の技量は高くない。
それでも、休む暇を与えない。
体力を削る。
判断力を奪う。
そして――時間を稼ぐ。
「……なるほど。」
クリスは息を吐いた。
敵は、自分を殺すつもりではない。
戦場から消すつもりなのだ。
自分が戻れば、レオンと合流すれば、《暁の牙》が動けば。
再び戦況が変わる。
だから、ここで止めているのだ。
彼らも、命懸けで。
「よく考えたものだ。」
クリスは剣を振るう。
「私一人を倒す必要はない。」
迫る敵を斬り払いながら呟く。
「ただ、足止めすればいい。」
◇◇◇
一方。
王国軍本陣。
「右翼が崩れています!」
「敵の第二陣が中央へ進出!」
次々と報告が届く。
ドレイスは地図を睨んでいた。
敵の動きは速い。
そして、妙に正確だった。
「……おかしい。」
呟いた瞬間。
「伝令です!」
一人の兵が駆け込む。
「左翼へ援軍をお願いします!」
「敵が突破を――」
「待て。」
ドレイスが遮った。
「お前は、どこの隊の者だ。」
兵が固まる。
「……第三騎兵隊です。」
ドレイスは目を細めた。
「第三騎兵隊は、今どこにいる?」
沈黙。
その瞬間。
「拘束しろ。」
兵士たちが動く。
偽伝令は舌打ちした。
「気付いたか……。」
ドレイスは静かに息を吐く。
「敵は戦場ではなく、指揮系統を狙っている。」
偽の報告。
偽の旗。
偽の撤退命令。
敵は兵を削るより先に、軍そのものを壊そうとしていた。
「私たちが情報を武器にしてきたことを……。」
ドレイスは苦く笑う。
「相手も理解したということか。」
◇◇◇
その頃。
クリスはまだ戦っていた。
(ーーーっ、息がっ……。)
腕が重い。
呼吸が乱れる。
剣を握る手に、痺れが走る。
だが、止まるわけにはいかない。
一歩でも下がれば、敵はさらに押し込んでくる。
「仮面の騎士!」
「まだ耐えるのか!」
「ならば数で潰せ!」
敵兵が左右から迫る。
クリスは前へ出た。
受ける。
流す。
斬る。
しかし次の瞬間、背後から槍が迫った。
(ーーっ、避けきれない!)
その瞬間、黒い影が割り込んだ。
槍の柄が弾き飛ばされる。
「危なかったな。」
「……遅い。」
振り返る。
そこには、血に濡れ、黒髪をなびかせた男が立っていた。
「悪いな。」
レオンだった。
「少し迷子になっていた。」
「冗談を言う余裕があるなら大丈夫だな。」
「お前もな。」
二人は背中合わせになる。
それだけで、戦場の音が変わった。
「行くぞ。」
「ああ。」
二人が踏み込む。
先ほどまでとは違う。
クリスが道を開き。
レオンが敵の動きを止める。
互いの癖も、剣の間合いも、何年も共に戦ってきたように理解している。
敵兵が押し返される。
「突破された!」
「止めろ!」
敵の隊列が乱れる。
その隙を逃さず。
二人は煙の外へ飛び出した。
◇◇◇
敵の囲いのかは逃れ、王国軍の元へと視線を向ける。
だが待っていた現実は、勝利ではなかった。
「……。」
クリスは立ち尽くす。
中央戦線は崩壊していた。
王国軍の隊列は乱れ、負傷兵が次々と後方へ運ばれている。
ドレイスが険しい表情で、クリスの元へと歩み寄った。
「無事だったか。」
少し安堵した表情を浮かべたが、すぐに険しい顔へと戻り、軽く息を吐く。
「だが、現状は芳しくない。」
「敵は、こちらの予想を越えてきた。」
悔しさを滲ませながら。
それでも、どこか嬉しそうでもあった。
「昨日までなら、私たちが戦場を操っていた。」
敵の動きを読み、味方を動かす。
そうして勝利を掴んできた。
「だが今日は違う。」
地図を見る。
「相手もまた、こちらを分析していた。」
クリスは拳を握る。
勝利は永遠ではない。
一度見せた力は、次には対策される。
それが戦争なのだ。
◇◇◇
夜。
敵軍本陣。
参謀は静かに戦場を見下ろしていた。
「仮面の騎士を倒すことはできなかった。」
側近が尋ねる。
「失敗では?」
参謀は首を横に振る。
「いや、十分だ。」
一度目の戦いで。
敵は《暁の牙》の強さを知った。
二度目の戦いで。
敵は自分たちの強さを思い知った。
「戦争とは。」
夜風が吹く。
「相手を倒すだけではない。」
「相手を知り、自分を変え続けることだ。」
参謀は静かに笑った。
「次は――さらに違う戦いになる。」




