第二十四話 初戦後の夜
あれから彼とは再び離れ、お互いに何も無かったかのようにそれぞれの仕事に戻った。
私は敵を追撃し、彼は指揮を執る。
気がつけば、あたりはすっかり暗くなり、夜が来た。
拠点にもどると、戦場を覆っていた怒号は消え、低い呻き声だけが響いていた。
勝利した陣地なのに、そこに歓声はない。
夜の闇に響くのは、負傷兵の苦しげな息遣い、治療を急ぐ軍医たちの声、そして、静かに運ばれていく仲間たちの姿だった。
「……。」
私は呆然と佇む。
戦場を覆っていた高揚感は消え、現実が目の前に迫ってきた。
折れた剣。
砕けた盾。
焼け焦げた鎧。
赤黒く染まった大地。
その上に横たわるのは、昨日まで共に笑い、食事をし、肩を並べて戦った仲間たち。
もう、その目が開くことはない。
「……勝ったんだよな。」
小さく呟く。
敵将は倒した。
敵軍は退いた。
王国軍は勝利した。
それは紛れもない事実だ。
もし私が敵将を止められなければ、もっと多くの命が失われていた。
そのことも分かっている。
戦場では、迷えば死ぬ。
迷えば、守るべき誰かが死ぬ。
だから私は剣を振るった。
その選択に後悔はない。
けれど――。
胸の奥を締めつける痛みは消えなかった。
救えた命がある。
その一方で、救えなかった命も、確かにあった。
「仮面の騎士殿!」
声を掛けられる。
振り向くと、若い兵士が深く頭を下げていた。
「あなたのおかげで助かりました!」
「敵将を止めてくださらなければ、俺たちは全滅していました。」
その声をきっかけに、周囲の兵士たちも口々に言う。
「命を救っていただきました!」
「ありがとうございました!」
「あなたは王国の英雄です!」
感謝の言葉。
安堵した笑顔。
私はその光景を見つめる。
確かに、この人たちは生き残った。
私が剣を振るったから。
私の剣で、救った命。
その事実は変わらない。
それでも、視線を少し動かせば。
白布を掛けられた仲間たちが並んでいる。
助かった命と。
助けられなかった命。
その両方が、この戦場にはあった。
「クリス。」
隣へレオンがやって来る。
「苦しいか。」
「……ああ。」
素直に頷いた。
「もっと守れたんじゃないかって思ってしまう。」
敵将を倒したあと。
もっと早く動けていれば。
もっと別の判断をしていれば。
そんな考えが頭から離れない。
「でも。」
私は静かに続ける。
「もし敵将を倒さなければ、もっと多くの仲間が死んでいた。」
「それも本当だ。」
どちらも現実だった。
救えた命も、救えなかった命も、その両方を受け入れなければならない。
「だから。」
小さく息を吐く。
「勝ったのに、喜べない。」
レオンは少しだけ空を見上げた。
「それでいい。」
静かな声だった。
「全部守れなかったことを忘れるな。」
「……。」
「でも、守れた命まで否定するな。」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「今日、生き残った奴らは、お前が守った命だ。」
「死んだ仲間を忘れるな。」
「でも、生きてる仲間まで見失うな。」
私は黙って前を向く。
負傷兵を支える兵士。
涙を流しながら、それでも立ち上がる者。
互いに肩を貸し合う仲間たち。
確かにここには、私が守れた命もあった。
私は仮面へ触れる。
仮面の騎士。
そう呼ばれるたび、誰もが私を強い人間だと思うだろう。
でも、本当は違う。
私はきっと、誰よりも弱い。
でも、守れなかった命も、守れた命も。
そのどちらも背負い続けることが。
戦場に立つ者の責任なのだと、ようやく分かり始めていた。
「……勝ったのに。」
もう一度、夜空を見上げる。
「まだ笑えないな。」
「ああ。」
レオンは短く頷いた。
「無理に笑う必要なんてない。」
その言葉だけで十分だった。
遠くでは、まだ誰かの呻き声が聞こえる。
勝利の夜。
それでも戦場には、生き残った者たちの痛みが静かに残り続けていた。
夜は長い。
戦争は、まだ始まったばかりだ。
これから先も、私は剣を振るう。
救える命もあれば、救えない命もあるだろう。
その現実から目を背けることなく、私は歩き続ける。
《暁の牙》を。
王国を。
そして、大切な仲間たちを守るために。




