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捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

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第二十二話 仮面の騎士 後編

 戦闘開始の鐘が鳴った。


 瞬間。


 世界が爆発したようだった。


「進め!」


「盾を構えろ!」


「弓兵、放て!」


 怒号。


 馬の嘶き。


 大地を踏み鳴らす足音。


 金属がぶつかり合う音。


 空気を裂く矢の音。


 あらゆる音が混ざり合い、戦場そのものが巨大な生き物のように唸っていた。


 敵軍が迫る。


 目の前に広がる無数の兵士。


 昨日まで別の場所で暮らしていた人間たちが、今はただ、互いを殺すために剣を握っている。


(これが……戦争。)


 頭では理解していた。


 でも現実は、あまりに無情だ。


 命が、あまりにも軽く消費されていく。


 でも、呆然となどしている暇はなかった。


「右翼が押されています!」


「中央を守れ!」


 王国軍の陣形が揺れる。


 私は戦場全体を見渡した。


 右翼。


 中央。


 後方。


 敵の動き。


 兵士の配置。


 指揮官の位置。


 戦場を見て、戦術を決め、実行する。


 傭兵として何度もやってきたことだ。


 戦争でも、やることは何も変わらない。


 だから自分なら、冷静に判断できると思っていた。


 けれど。


「……右翼。」


 敵の攻勢が強い。


 あそこを支えなければ崩れる。


「右翼を援護する!」


 私は叫ぶ。


「中央は耐えろ!」


 《暁の牙》が動く。


 ガルドが頷く。


 ドレイスが指示を飛ばす。


 全員が私の判断に従う。


 その瞬間、胸に小さな違和感があった。


 何かがおかしい。


 でも、もう遅かった。


「クリス!」


 ドレイスの叫び声。


 振り返る。


 敵兵が向かっている場所。


 右翼ではない。


 中央でもない。


 その間。


 味方の伝令。


 指揮官。


 そして陣形を繋ぐ場所。


「……っ。」


 背筋が凍る。


(違う。)


 敵の本当の狙いは、最初から右翼ではなかった。


 右翼への攻撃は、ただの目くらまし。


 本命は。


「丘……!」


 あの場所を奪われれば。


 王国軍は分断される。


 各部隊が孤立する。


 そして、大量の犠牲が出る。


「私が……。」


 判断を間違えた。


 ほんの数秒。


 たった数秒の読み違い。


 でも、戦場では。


 その数秒が、人の命を奪う。


「ガルド!」


「ああ、分かってる!」


 ガルドが叫ぶ。


「《暁の牙》! 丘を守るぞ!」


 仲間たちが走る。


 私も続く。


 だが、敵の速度は予想以上だった。


「来るぞ!」


 敵兵が雪崩れ込む。


 剣が振り下ろされる。


 私は咄嗟に受け止めた。


「っ……!」


 重い。


 腕が痺れる。


 一撃一撃が、今まで相手にしてきた者とは違う。


(強い……。)


 戦場で鍛えられた兵士。


 殺すことを前提に訓練された動き。


 次の瞬間、横から別の敵兵が迫る。


 気付くのが遅れた。


 間に合わない、そう思った瞬間。


「クリス!」


 レオンの剣が割り込んだ。


 甲高い音。


 火花。


 敵の剣が弾かれる。


「助かった……。」


「礼は後だ!」


 レオンは前を向いたまま叫ぶ。


「今は生き残れ!」


 その直後。


「ぐっ……!」


 聞き慣れた声。


 嫌な予感がした。


 振り返る。


 そこには、昨日まで笑っていた仲間がいた。


 一緒に酒を飲んだ。


 くだらない話で笑った。


 名前を呼び合った仲間。


「……悪い。」


 彼は苦しそうに笑う。


「少し……休む。」


「違う。」


 私は呟いた。


「休むだけだ。」


 自分に言い聞かせる。


 そうであってほしい。


 でも、彼の目から、力が消えていく。


「……。」


 声が出なかった。


 生まれてから、ずっと何も持てなかった。


 だから、やっと手に入れたこの場所だけは、絶対に守りたかったのに。


「クリス!」


 ガルドの声。


 私は拳を握る。


 怖い。


 足が震える。


 ここから逃げたい。


 自分の無力さを、失敗を認めたくない。


 でも、逃げた先に、仲間を守れる場所なんてない。


「……行くぞ。」


 私は剣を握り直した。


 もう迷わない。


 ◇◇◇


 敵の精鋭部隊が丘へ到達する。


 その中心に、一人の男がいた。


 大柄な体。


 重厚な鎧。


 周囲の兵士とは明らかに違う威圧感。


 男は私を見ると笑った。


「貴様が噂の傭兵か。」


 剣を抜く。


「仮面など被って……随分と用心深いことだ。」


 胸が跳ねる。


(知っている?)


 一瞬。


 恐怖が蘇る。


 もしこの男が、私の過去を知っていたら。


 だが。


「その反応。」


 敵将は口角を上げた。


「やはり、その仮面には理由があるらしいな。」


 違う。


 知らない。


 ただ探っているだけだ。


 分かっている。


 なのに、心が揺れる。


「その仮面……邪魔だな。」


「……何?」


 敵将は剣を構える。


「顔を隠す者は、必ず何かを恐れている。」


「貴様は剣ではなく、その仮面に守られているのではないか?」


 胸を刺されたようだった。


 違う。


 違うはずだ。


 この仮面は逃げるためじゃない。


 でも、一瞬だけ。


 昔の自分が蘇る。


 名前だけを与えられた存在。


 必要とされなかった子供。


 敵将は踏み込む。


「隙あり。」


 重い一撃。


 受け止める。


 だが、押される。


「ぐっ……!」


「迷いがあるな。」


 敵将が笑う。


「守るものがある者ほど弱い。」


「失う恐怖が、剣を鈍らせる。」


 剣が迫る。


 避けきれない。


 その瞬間。


 刃が仮面を捉えた。


 ――ガキン。


 嫌な音。


 仮面に亀裂が走る。


「……!」


 息が止まった。


 もし、これが壊れたら。


 私が誰なのか知られたら。


 また私の人生は、誰かに決められてしまう。


 その瞬間。


「クリス!」


 レオンの声。


 敵将の剣が弾かれる。


「下がれ!」


 レオンが私の前に立つ。


「仲間に守られるだけか。」


 敵将が嗤う。


 その言葉に、私は顔を上げた。


 違う。


 私は守られるために、この仮面を被っているんじゃない。


 この場所を、この仲間たちを、守るためにここにいる。


「レオン。」


「なんだ。」


「ありがとう。」


 私は立ち上がる。


 亀裂の入った仮面に触れる。


 もう怖くない。


 顔を隠しているから弱いんじゃない。


 守りたいものがあるから、私は戦えるのだ。


「行くぞ。」


 レオンが笑う。


「ああ。」


 二人で踏み込む。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 敵将の攻撃を受け流す。


 互いの死角を補う。


 一人では届かない場所へ、二人なら届く。


 敵将の動きが崩れる。


 最後の瞬間、レオンと同時に踏み込んだ。


 剣が交差する。


 敵将の剣が弾き飛ばされた。


「……なに?」


 私は剣を向ける。


「一人なら、負けていた。」


 背後を見る。


 仲間がいる。


「でも。」


「私はもう、一人じゃない。」


 敵将が崩れ落ちる。


 その瞬間、戦場の空気が変わった。


「敵将が退いたぞ!」


「押し返せ!」


 兵士たちの声が響いた。

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