第十九話 変わりゆく関係
あの日から、レオンとの関係は、少しずつ変わっていった。
いや、変わったというより。
私たちが、それぞれ成長したのだと思う。
◇◇◇
「クリス!」
以前なら私を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「勝負しよう!」
「剣を教えて!」
「今日こそ勝つからな!」
いつも無邪気に私の元へとんできた。
現在。
「今日は俺が勝つ。」
目の前のレオンは、静かに木剣を構えている。
その表情に、昔のような幼さはなく、一人の剣士として、私と向き合っている。
「言うようになったな。」
「いつまでも負けっぱなしだと思うなよ。」
レオンが笑う。
その顔を見て、私も自然と口元を緩めた。
「そうか。」
「その余裕、いつか絶対崩してやるからな。」
「期待している。」
◇◇◇
「始め!」
ガルドの声が響く。
同時に、レオンが地面を蹴った。
速い。
以前のように勢い任せで突っ込んでくることもない。
間合いを測りながら、こちらの動きを見ている。
木剣が振り下ろされる。
受け流す。
乾いた音が響いた。
だがレオンは止まらない。
流された勢いを利用して身体を捻る。
二撃目。
三撃目。
連続して木剣が襲いかかってくる。
(……速い。)
受けながら、内心で舌を巻く。
数年前なら、一撃を防がれれば、それだけで体勢を崩していた。
今は違う。
私の動きを見て、次の手を選んでいる。
レオンの木剣が低く薙ぐ。
私は後ろへ跳んだ…が、その瞬間、木剣が止まった。
(……フェイント?)
気付いた時には遅かった。
レオンが一歩踏み込む。
咄嗟に身体を捻る。
木剣が肩先を掠めた。
「どうした!」
レオンが笑う。
「余裕なくなったか?」
「生意気になったな。」
「強くなったって言ってくれよ。」
その言葉に、思わず笑った。
「……強くなったな。」
「だろ?」
嬉しそうに笑う。
けれど次の瞬間には、また真剣な顔に戻った。
私も構え直す。
互いに一歩ずつ距離を詰める。
そして、同時に踏み込んだ。
木剣が激しくぶつかる。
押し合い、互いの力が拮抗する。
至近距離で視線が交わった。
そこに、昔の少年の面影はあっても。
もう、私の後ろをついてくるだけの子供ではなかった。
「負けない。」
レオンが呟く。
「俺は、もっと強くなる。」
その言葉に力がこもる。
だが――。
私は知っていた。
私の力は、レオンに敵わないことを。
だから私は、レオンの力を利用して木剣を外へ流した。
空いた懐へ半歩踏み込む。
切っ先を首元へ。
「……参った。」
レオンが悔しそうに息を吐いた。
「また負けた。」
「惜しかった。」
「それ、慰めてるだろ。」
「事実だ。」
「……次は勝つ。」
「ああ。」
私は頷いた。
「楽しみにしている。」
◇◇◇
訓練が終わると、レオンは木剣を肩に担いだ。
「クリス。」
「何だ。」
「俺、昔より強くなっただろ?」
「ああ。」
「じゃあさ。」
レオンは少しだけ照れたように笑った。
「もう、俺のことを子供扱いするなよ。」
「……。」
図星だった。
レオンが昔と同じように笑う。
「俺だって、いつまでもクリスの後ろにいるつもりはないから。」
その言葉に、胸の奥が少しだけ揺れた。
私は知らず知らずのうちに。
レオンを守るべき小さな少年として見ていたのかもしれない。
でも、レオンは私より強かった。
心も、いずれ身体も、もっと強くなっていくだろう。
いつの間にか、レオンは私を慕う子供から、一緒に剣を振るう仲間になっていた。
「分かった。」
「本当か?」
「ああ。」
「じゃあ、次からは遠慮しないからな。」
「今までも遠慮していなかっただろう。」
「してた!」
「そうは見えなかったが。」
「してたって!」
レオンがむきになって反論する。
その姿がおかしくて、私は笑った。
◇◇◇
その日の夜。
食堂では、いつものように皆が酒を飲んでいた。
「レオンも大きくなったなぁ。」
団員の一人が笑う。
「昔はクリスの後ろばっかりついて回ってたのによ。」
「昔の話だろ。」
レオンが少し照れながら答える。
「今はもう違うからな。」
「何が違うんだ?」
「剣も強くなったし、仕事だってできる。」
「まだガルドには怒られてるじゃねぇか。」
「それは……!」
周囲から笑い声が上がる。
レオンも悔しそうに笑った。
私はその光景を眺めていた。
昔なら、レオンが皆から可愛がられていることを、微笑ましく思っていただろう。
でも今は、少し違う。
皆と肩を並べて、自分の意見を言って、失敗すれば悔しがって、それでもまた立ち上がる。
どんな困難にも、めげない姿を見ていると、不思議と嬉しかった。
◇◇◇
夜。
拠点へ戻る道を、レオンと二人で歩く。
「クリス。」
「何だ。」
「俺さ。」
少しだけ間を置いて。
「もっと強くなる。」
「今でも十分強い。」
「まだ足りない。」
レオンは前を向いたまま言う。
「いつか、クリスと肩を並べて戦いたい。」
その言葉に、私は足を止めた。
「もう並んでいるだろう。」
「……え?」
「今日だって、私はお前の攻撃を何度も受けた。」
レオンが目を丸くする。
「それって……。」
「ああ。」
私は小さく笑った。
「十分、隣に立っている。」
レオンはしばらく黙っていた。
やがて。
「……そっか。」
嬉しそうに笑った。
「じゃあ、もっと強くなる。」
「今より?」
「ああ。」
「欲張りだな。」
「クリスに勝つまでな。」
「それは、まだまだ先だ。」
「言ったな!」
二人の笑い声が、夜の王都へ溶けていく。
◇◇◇
レオンはもう。
私の後ろをついてくる少年ではない。
隣に立ち、同じ景色を見て、同じ道を歩く。
一人の仲間でありライバルになった。
私は、そんなレオンを見ながら思う。
人は変わっていく。
昨日まで守られるだけだった人が、いつか、自分の足で立つ。
そして、いつか誰かと肩を並べる。
私もまた、いつまでも一人で生きる必要はないのかもしれない。
隣に誰かがいる。
背中を預けられる誰かがいる。
そんなことを、私は少しずつ、覚え始めていた。
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