↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/83

第十三話 剣を振るう理由

 季節は、ゆっくりと移ろい始めていた。


 王都を吹き抜ける風にも、少しずつ涼しさが混じっている。


 それでも、私の日常は、変わらなかった。


 朝になると公爵家で武芸の訓練が始まる。


 木剣を握り、何度も打ち込まれ、倒されれば立ち上がり、立ち上がれば、また打ち込まれる。


 何度も何度も。


 容赦などなかった。


 その後は机に向かい、歴史や帝王学、礼儀作法を学ぶ。


 五歳の身体には重すぎる一日。


 以前なら、それだけで疲れ果てていた。


 でも今は、午後になると、私は屋敷を抜け出す。


 向かう先は決まっている。


 ――《暁の牙》。


 そこへ行けば。


 レオンがいる。


 ガルドがいる。


 ナージャがいる。


 ドレイスがいる。


 そして、私を待ってくれる人たちがいる。


 だから、どれだけ身体が重くても。


 私は足を止めなかった。


 ◇◇◇


「クリス!」


 《暁の牙》へ着くと、今日もレオンが駆けてくる。


 手には木剣。


「勝負だ!」


「今日もか。」


「今日も!」


 即答だった。


 私は苦笑しながら木剣を受け取る。


 裏庭へ出ると、いつものように団員たちが集まってくる。


「今日はレオンが勝つんじゃねぇか?」


「昨日より動きがいいぞ。」


「いや、まだ無理だろ。」


「聞こえてるよ!」


 レオンが頬を膨らませる。


「絶対勝つから!」


「なら、見せてみろ。」


 ガルドが笑いながら木剣を構える。


「始め!」


 合図と同時に、レオンが踏み込んだ。


 以前より速い。


 ただ真っ直ぐ向かってくるだけではない。


 一度右へ身体を振り。


 こちらの視線を誘ってから、左へ踏み込む。


 木剣が斜め下から迫る。


 私は一歩だけ後ろへ下がった。


 木剣が鼻先を掠める。


 レオンはそのまま身体を回し、二撃目。


 ――カンッ!


 今度は受け流す。


 木剣同士がぶつかり、レオンの腕がわずかに浮いた。


 その隙に私は踏み込む。


 手首。


 肩。


 足。


 どこを狙うか、一瞬で決める。


 木剣の腹でレオンの木剣を弾いた。


 ――カンッ!


「わっ!」


 レオンの手から木剣が離れる。


 地面へ落ちた。


「一本。」


「あぁー!」


 レオンが頭を抱える。


「また負けた!」


「惜しかった。」


「本当?」


「ああ。」


 私は落ちた木剣を拾って、レオンへ渡した。


「最初よりずっと強くなってる。」


 レオンの顔が一瞬で明るくなる。


「じゃあ、もっと頑張る!」


「期待してる。」


「うん!」


 レオンは嬉しそうに笑い、再び木剣を構えた。


 その姿を見ていると、私まで嬉しくなる。


 誰かが成長していく姿を見るなんて経験は、今までなかった。


 ◇◇◇


 訓練を終えると。


「クリス。」


 ガルドが手招きした。


「ちょっと来い。」


「?」


 連れて行かれたのは、裏庭の隅だった。


 そこには、木で作られた人形が並べられている。


 一体。


 二体。


 三体。


 数えていく。


「……十一体?」


「ああ。」


 ガルドは一本の木剣を肩へ担いだ。


「今日はこいつらを相手にしてもらう。」


「私が?」


「そうだ。」


 私は木人を見る。


 人間の形をした木の塊。


 当然、動くことはない。


「どうやって戦う?」


「それは自分で考えろ。」


 ガルドは笑った。


「戦場で敵が、親切に一人ずつ並んでくれると思うか?」


「……思わない。」


「だろ?」


 ガルドは木人を指差す。


「一人倒したら終わりじゃねぇ。」


「横から来る奴と、後ろから来る奴もいる。」


 ガルドは真後ろを振り向き剣先を向ける。


「逃げようとした先に、別の敵がいることだってある。」


 私は初めて街へ出た日のことを思い出した。


 あの時、声をかけてきた男は最初は一人だった。


 私は避け、倒すことができた。


 でも、周囲には仲間がいた。


 前を塞がれ、左右を囲まれ、後ろにも回られた。


 あの時ガルドが来なければ、私は逃げ切れなかったかもしれない。


「……分かった。」


 木人の中央へ入り、周囲を見渡す。


 前。


 後ろ。


 右。


 左。


 逃げ道はない。


「始め!」


 ガルドが叫ぶ。


 同時に、団員たちが木人を押し始めた。


 ギギギッ。


 木の軋む音。


 一体目が迫る。


 その後ろから二体目。


 右から三体目。


 さらに左から四体目。


(同時に来る。)


 正面の一体を受け止める。


 だが真正面から押し返そうとはしない。


 木剣を斜めに当てる。


 相手の進む方向を少しだけ逸らす。


 木人が横へ流れた。


 その直後。


 後ろから来ていた二体目とぶつかる。


 ――ドンッ。


 二体の動きが止まった。


(今。)


 私は横へ抜けるが、抜けたそばから右から三体目の腕が迫る。


 (受ければ押し込まれる。どうする。)


 私は腰を落とした。


 木の腕が頭上を通り過ぎる。


 そのまま足元へ木剣を振る。


 ――ゴンッ。


 木人の支柱が揺れる。


 倒れない。


 なら、もう一度。


 今度は反対側。


 ――ゴンッ!


 木人が傾いた。


 そのまま倒れる。


 だが倒れた木人の向こうから、別の一体が迫っていた。


(まだいる。)


 私は倒れた木人を背にしない。


 むしろその身体を利用する。


 横へ回り込み、倒れた木人を間に挟む。


 迫ってきた木人の腕が、倒れた木人にぶつかった。


 ――ガンッ!


 進路が止まった隙に抜ける。


(使える。)


 敵そのものを障害物にする。


 正面から倒す必要はない。


 動きを止めればいい。


 五体目。


 六体目。


 次々と木人が迫ってくる。


 私は走る。


 絶対に止まらない。


 一カ所に留まればすぐ囲まれてしまう。


 だから攻撃をしたあとはすぐ避け、位置を変え、また攻撃をする。


 木人の腕を弾き、別の木人へぶつける。


 足元を崩し、倒れた木人を盾にする。


 数を減らすのではなく。


 自分が囲まれないようにする。


 七体目が迫った。


 私は正面から受けず、身体を横へ滑らせた。


 木人が通り過ぎた背後へと回り込む。


 そして支柱へ思いっきり叩き込む。


 ――バキッ。


 木が軋み、木人が倒れた。


 残り四体。


 だがかなり息があがっていた。


 五歳の身体では、長くは続かない。


(急がないと。)


 八体目。


 九体目。


 二体が左右から迫ってくる。


 同時に相手をするのは危険だ。


 私は一歩前へ出た。


 左の木人へ木剣を当て、倒すのではなく向きを変え、右の木人へぶつける。


 ――ドンッ!


 二体がぶつかった。


 その瞬間。


 私は二体の間を抜ける。


 残り二体。


 正面と後方。


 (挟まれる。)


 私は後ろを振り返った。


 距離が近い。


 逃げ道はない。


(なら。)


 正面へ向かう。


 木剣を振り下ろす。


 ――カンッ!


 木人の腕を弾く。


 そのまま身体を横へ滑らせる。


 正面の木人が動き、後方の木人と衝突する。


 ――ゴンッ!


 二体が揺れる。


 私はその隙に踏み込み、木剣を二体の支柱へ叩き込んだ。


 ――バキッ!


 二体が同時に倒れる。


 静寂。


 私はその場に立ったまま、荒く息を吐く。


 額からは汗が流れ落ちた。


 周囲を見る。


 十一体、すべて倒れていた。


「……終わった。」


 ガルドは腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。


「よし。」


 やがて短く頷いた。


「お前は、木人を十一体倒したんじゃねぇ。」


「……?」


「自分が囲まれない場所を、ずっと探してた。」


 ガルドは倒れた木人を見る。


「一体を倒すことより、二体をぶつけた。」


「敵を敵にぶつけて、数を減らした。」


「それで、自分が動ける場所を作った。」


 そして。


「それでいい。」


 私は木剣を見る。


「強さってのは、力だけじゃねぇ。」


「生き残るために、何をするかだ。」


 その言葉に、少しだけ胸を張った。


 けれど。


「ただな。」


 ガルドの声が低くなる。


「今のお前には、一つ足りねぇ。」


「……何が?」


「守るってことだ。」


 私は黙った。


「今の戦いなら、お前一人だけ考えればいい。」


「自分が囲まれなければ、自分が逃げられれば、自分が傷つかなければ、それでいい。」


「きっとそれなら、お前だけは生き残ることはできるだろう。」


 ガルドは私を見る。


「だが、後ろに誰かいたらどうする?」


「そいつが怪我をして動けなかったら?」


「敵を避けるために、お前が逃げれば、その相手はどうなる?」


 答えられない。


 私は今まで、自分が生き残ることしか考えてこなかった。


 当然だ。


 誰かが私を守ってくれることなどなかった。


 だから、誰かを守る方法なんて、考えたこともない。


「……分からない。」


 正直に答える。


 ガルドは笑った。


「なら、これから覚えりゃいい。」


 大きな手が、私の頭に乗る。


「剣は敵を斬るためだけにあるんじゃねぇ。」


「誰かを守るためにも使う。」


 その言葉が、胸に焼き付く。


「……守る。」


「ああ。」


 ガルドは頷く。


「いつか、お前にも守りてぇ奴ができる。」


「その時になってから考えればいい。」


 私は何も言わなかった。


 でも、その言葉を忘れないように。


 心の中で何度も繰り返した。


 ――剣は、誰かを守るためにもある。


 ◇◇◇


 夕方。


 《暁の牙》の食堂には、いつものように賑やかな声が響いていた。


「クリス、そのパン取ってくれ!」


「ああ。」


「ありがとう!」


「おいレオン!」


 ガルドの声が響く。


「それ四つ目だろ!」


「まだ三つ!」


「一個食ったら、すぐ次に手を出しただろうが!」


「だって美味しいんだもん!」


 周囲から笑い声が上がる。


 レオンは頬を膨らませる。


「クリスも食べる?」


「もらう。」


「じゃあ半分あげる!」


「……全部食べていいぞ。」


「本当!?」


 嬉しそうにパンを抱える。


 私はその様子を見て、小さく笑った。


 食卓には、今日も何もない。


 毒も。


 疑いも。


 誰かを陥れようとする視線もない。


 ただ、食べて、笑って、今日あったことを話す。


 そんな時間が流れている。


 私は静かに周囲を見渡した。


 ここへ来るようになって、しばらく経った。


 最初は、ただの避難場所だった。


 屋敷に帰りたくないから。


 少しでも安心できる場所へ行きたかったから。


 でも今は違う。


 ここへ来たいと思う。


 みんなに会いたいと思う。


 レオンと剣を振りたい。


 ナージャの焼き菓子を食べたい。


 ドレイスの難しい話を聞きたい。


 ガルドの訓練を受けたい。


 そんな小さな楽しみが、一つずつ増えていた。


「クリス。」


 ガルドが呼ぶ。


「ぼーっとしてどうした?」


「……何でもない。」


 私は笑った。


「ただ。」


 少しだけ考えてから。


「今日は楽しかったと思っていただけだ。」


「そうか。」


 ガルドは嬉しそうに笑った。


「そりゃ良かった。」


 夕食が終わる。


 私は椅子から立ち上がった。


「また明日。」


 レオンが手を振る。


「ああ。」


 私は頷く。


「また明日。」


 外へ出る。


 夕暮れの王都を歩く。


 公爵邸へ戻れば。


 また厳しい訓練が待っている。


 毒の痛みもある。


 誰も私を待ってはいない。


 それでも以前とは少しだけ違った。


 明日になれば、またここへ来られる。


 また、みんなに会える。


 そして、今日教えられたことを、少しずつ覚えていけばいい。


 自分が生き残るためだけではなく、いつか誰かを守るために。


 私は小さな手で木剣を握り直した。


 まだ五歳の身体。


 力もない。


 体力もない。


 できることは少ない。


 それでも、一歩ずつなら、進める。


 そう思えた。

ご覧いただきありがとうございました。

本作の更新情報は、ページ下部の【ブックマーク登録】をしていただくと便利です。

また、作品への評価(☆☆☆☆☆)も合わせてお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。