↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/83

第十二話 仲間

 それからの日々は、驚くほど早く過ぎていった。


 朝、まだ空が白み始めた頃に起こされ、武芸の訓練が始まる。


 木剣を握り、何度も打ち込まれ、転び、立ち上がる。


 何度繰り返しても、ただただ打ち込まれ、転び続けた。


 訓練が終われば、今度は机に向かう。


 歴史。


 帝王学。


 礼儀作法。


 政治。


 五歳児に必要な教育なのかと思うほど、容赦はない。


 でも以前なら苦痛でしかなかったそれらの時間にも、少しだけ耐えられるようになっていた。


 午後になれば、私は屋敷を抜け出す。


 向かう先は決まっていた。


 ――《暁の牙》。


 最初の頃は、門番や使用人が何度か私を呼び止めた。


「クリス様、どちらへ?」


「街へ。」


「旦那様に許可は?」


「ない。」


「……。」


 そんなやり取りも、数日もすればなくなった。


 公爵夫妻が私の行動に関心を持つことはない。


 私がどこへ行こうと、誰と会おうと、何をしていようと、特に問題が起きなければ、それでいい。


 彼らにとって私は、彼らの目の届かないところで死んでさえいなければ、何も問題はなかった。


 私にとって、その無関心は都合がいい。


 こうして私は、誰にも邪魔されることなく、屋敷を抜け出せるようになった。


 そして、街へ出るたび、足取りは自然と速くなっていった。


 ◇◇◇


「クリス!」


 《暁の牙》の扉を開ける。


 すると、決まって最初に飛び込んでくる声がある。


「今日も来た!」


 レオンだ。


 手には木剣を持ち、私の姿を見つけるなり、一直線に駆けてくる。


「勝負!」


「……今日もか。」


「今日も!」


 即答だった。


 いつの間にか、このやり取りも日課になっていた。


「ガルド!」


 レオンが振り返る。


「今日もやっていい?」


「怪我させるなよ。」


「分かってる!」


「クリス、お前もな。」


「ああ。」


 裏庭へ出る。


 団員たちも訓練の手を止め、こちらを眺めていた。


「また始まるぞ。」


「レオン、今日は一本くらい取れよ。」


「頑張れ!」


「絶対勝つ!」


 レオンが木剣を構える。


 以前よりも姿勢が良くなっていた。


 足の位置。


 握り方。


 視線。


 ほんの数日でも、確実に変わっている。


「始め!」


 ガルドの声が響く。


 レオンが踏み込んだ。


 昨日より速い。


 木剣が斜めに振り下ろされる。


 私は一歩だけ横へずれる。


 木剣が肩の横を通り過ぎた。


 そのままレオンの腕へ木剣を当てる。


「っ!」


 レオンが体勢を崩す。


 だが、倒れない。


 すぐに足を踏み直し、二撃目。


 今度は横薙ぎ。


 私は木剣を立てて受け流す。


 ――カンッ!


 乾いた音が響く。


 レオンは止まらない。


 下から切り上げる。


 私は後ろへ跳んだ。


 木剣の先端が鼻先を掠める。


「おっ!」


 団員から声が上がった。


 レオン自身も驚いたようだった。


 その瞬間、私は懐へ入った。


 木剣をレオンの手首へ当てる。


 握りが緩む。


 そこへもう一度。


 ――カンッ。


 木剣が地面へ落ちた。


「一本。」


「うぅ……!」


 レオンは悔しそうに唸る。


「もう一回!」


「いいぞ。」


 木剣を拾う。


 何度やっても、結果は変わらない。


 けれど、レオンは決して途中で投げ出さなかった。


 負ける。


 悔しがる。


 それでも立ち上がる。


 そして、また向かってくる。


 その姿を見ていると、自然と口元が緩んだ。


(……ちゃんと強くなってる。)


 私も負けるつもりはない。


 だからこそ、この時間が楽しかった。


 ◇◇◇


 訓練が終わった後。


「クリス。」


 珍しく、ドレイスが私を呼び止めた。


「少し時間をいただけますか。」


「何をする?」


「簡単な確認です。」


 連れて行かれたのは、建物の二階にある小さな部屋だった。


 机の上には王都の地図が広げられている。


「この道を見てください。」


 ドレイスが地図の上を指差す。


「あなたが護衛を連れて移動するとします。どの道を選びますか。」


 私は地図を見る。


 大通り。


 裏路地。


 市場。


 城壁。


 いくつかの選択肢がある。


「こちら。」


 一本の道を指す。


「理由は?」


「大通りでは人目が多すぎる。」


「裏路地なら人目を避けられるが、道幅が狭い。」


「だから、選ぶべきは、こちらの道です。」


 指を少し動かす。


「大通りから一本外れていて、途中に広場がある。」


「襲われても逃げる場所があるから。」


「なるほど。」


 ドレイスは頷く。


「では、敵がこちらの道を知っていたら?」


「なら別の道へ変更する。」


「変更先に敵がいる可能性は?」


「当然ある。」


「ではその場合は?」


「それなら、敵がどこへ誘導したいのか考える。」


 ドレイスの手が止まった。


「……続けてください。」


「敵が私を殺したいなら、逃げ道を塞ぐ。」


「なら、逃げ道を一つ残しておく。」


「そこへ向かわせたい可能性がある。」


 地図を見る。


「だから、逃げ道が一つだけ残されているなら、そこへは行かない。」


 しばらく沈黙が続いた。


 ドレイスは地図から顔を上げる。


「面白いですね。」


「そうか?」


「はい。」


 感情の薄かった瞳に、ほんの少しだけ興味が浮かんでいる。


「あなたは敵を倒すことより、敵が何を考えているかを見る。」


「……それが普通じゃないのか?」


「戦場では、そう考えられる人間は多くありません。」


 ドレイスは地図を片付ける。


「ガルドがあなたを気に入る理由が、少し分かりました。」


「ガルドが?」


「ええ。」


 そして。


「ただし、剣の腕についてはまだ評価していません。」


「……。」


「五歳児としては十分ですが。」


「五歳児としては、か。」


「事実です。」


 そう言って、ドレイスは何事もなかったように部屋を出ていった。


(……やっぱり、この人は苦手だ。)


 でも、嫌な感じはしなかった。


 認めてもらえたような、気がした。


 ◇◇◇


 一階へ戻ると。


「クリス、おいで。」


 ナージャが手招きしていた。


 机の上には焼き菓子が並んでいる。


「今日はたくさん焼いたの。」


「食べていいのか?」


「もちろん。」


 一つ手に取る。


 口に入れた瞬間、甘さが広がった。


「……美味しい。」


「本当?」


「ああ。」


 ナージャは嬉しそうに笑う。


「よかった。」


 そして、私の皿へもう一つ乗せる。


「ほらもっと食べて。まだ食べられるでしょ。」


 せっつかれるように言われる。


「もう、遠慮しないの。」


 そう言われて、もう一つ手に取る。


 公爵家でも食事は出る。


 けれど、誰かに「もっと食べて」と言われた記憶は、ほとんどなかった。


「クリスは細いもの。」


 ナージャが私の腕を見る。


「ちゃんと食べて、大きくならないとね。」


「……努力する。」


「ふふ。素直ね。」


 その笑顔に、胸の奥が少しだけ苦しくなった。


 でも、心配して貰えたことが、妙に嬉しかった。


 ◇◇◇


 夕方になると、もう帰らなくてはならない。


 玄関まで行くと、レオンがついてきた。


「もう帰るの?」


「ああ。」


「明日も来る?」


「……来られたら来る。」


「約束しよう!」


 レオンが小指を差し出した。


 私はその指を見る。


「何だ?」


「約束するときは、こうするんだよ。」


 レオンは当然のように言う。


 小さな小指。


 私は少しだけ笑った。


「知っている。」


 前世でも、子どもの頃に何度もやった。


 私は自分の小指を差し出す。


 レオンの指に絡める。


「約束。」


「うん!」


 レオンは満足そうに笑った。


「絶対だよ!」


「ああ。」


 扉の外へ出る。


 振り返る。


 レオンがまだ手を振っている。


 その隣にはナージャ。


 少し離れたところにはドレイス。


 そして。


「また明日な!」


 ガルドが笑っている。


「……また明日。」


 私は小さく手を振り返した。


 屋敷へ戻る道を歩く。


 同じ王都。


 同じ道。


 同じ空。


 それなのに、行きと帰りでは見える景色が少し違う。


 公爵邸へ戻れば、また訓練があり、授業がある。


 でも、それは職務の一環だからであり、誰も私個人を待ってはいない。


 でも、《暁の牙》は、私自身を見て、心配してくれている。


 (明日も、行きたいな。)


 そう思うだけで、足取りは少し軽かった。


 いつからだろう。


 私は毎日を耐えるためではなく。


 明日を楽しみにして過ごすようになっていた。


 そして、五歳のクリスにとって。


 それは、生まれて初めてのことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。