夏の終わり
八月の最後の土曜日、五人はまた公園にいた。
誰が言い出したわけでもなかった。涼太が「なんか集まりたい」とグループLINEに送って、気づいたら全員いた。それだけのことだった。
ただ、ベンチに座って、コンビニで買ったものを食べた。
さくらと結衣が並んで座っていた。朔が少し離れたベンチに腰かけていた。涼太と蓮が自動販売機の前でじゃんけんして、負けた涼太が全員分の飲み物を買ってきた。
夏の終わりの夜風が、公園を通り抜けた。
最初に帰ったのは結衣だった。
「終バス」と言って立ち上がって、さくらに小さく何か囁いて、笑って、帰った。
さくらが結衣の背中を見ていた。
その目を、蓮は見ていなかった。
でも朔は見ていた。
次に帰ったのはさくらだった。
「私も終バス」と言って、荷物を持った。
涼太が「気をつけて」と言った。
朔が立ち上がって「同じ方向だから」と言った。
さくらが少し驚いた顔をして、それから笑った。「ありがとう」と言った。
二人が並んで歩いていく。
その後ろ姿が見えなくなってから——涼太と蓮の二人だけが、公園に残った。
しばらく、誰も喋らなかった。
蓮はジュースを飲みながら、夜空を見ていた。
涼太は隣に座って、地面を見ていた。
風が来た。
涼太が言った。
「なあ、蓮」
「なに」
「俺さ、春に言ったじゃん。好きな人できたかもって」
蓮の手が、止まった。
ジュースの缶を持ったまま、止まった。
「言ってたな」
「あれ、まだ続いてる」
蓮は空を見たまま、答えた。
「そうか」
「うん」
涼太が、蓮を見た。
蓮は空を見ていた。
涼太はしばらく蓮の横顔を見てから、また地面に目を落とした。
「その人に、言えてない」
「なんで」
「怖いから」
蓮はそこで初めて、涼太を見た。
涼太が怖いと言うのを、蓮は聞いたことがなかった。バイトのクレームも、教授の理不尽も、涼太はいつも笑って受け流す。そういうやつだと思っていた。
「お前が怖いって言うの、初めて聞いた」
「そうか」
「うん」
涼太は地面を見たまま、言った。
「好きって言って、嫌いになられたら——友達じゃなくなるのが、怖い」
風が、また来た。
蓮は涼太の横顔を見ていた。
夜の光の中で、涼太の耳が赤かった。
蓮はそれを見て——
何かが、ひっかかった。
耳が赤い。
涼太の耳が赤いのを、蓮は前にも見た気がした。
いつだったか。
学食で、三人でいたとき——朔と涼太と俺で——蓮が涼太の肩を叩いたとき。
あのとき涼太の耳が、赤かった。
蓮はそれを見て、なんとも思わなかった。思わなかったはずだった。
でも今、思い出している。
なぜ今、思い出しているのか。
涼太が言った。
「その人さ、俺のことどう思ってるんだろうな」
蓮は答えようとした。
答えようとして——気づいた。
涼太が蓮を見ていた。
地面を見ていたはずの涼太が、まっすぐ蓮を見ていた。
その目が——
蓮は、見たことがある目だと思った。
朔が蓮を見るときの目に、少し似ていた。
さくらが涼太を見るときの目に、少し似ていた。
花火の夜に結衣がさくらを見ていた目に、少し似ていた。
全部、同じ目だった。
いるだけで、ちょっと変な感じがする相手。
春に涼太が言っていた言葉が、蓮の頭の中で鳴った。
蓮はジュースの缶を、ゆっくり膝の上に置いた。
心臓が、うるさかった。
「涼太」
「うん」
「その好きな人って」
蓮は涼太を見た。
涼太はまっすぐ蓮を見ていた。
耳が赤かった。
答えを言わなくても——もうわかっていた。
蓮の頭の中で、ゆっくりと、ピースが嵌まっていった。
涼太が春から抱えていたもの。
朔が学食で小さく息を吐いたこと。
さくらと朔が「ばかだよな」と笑っていたこと。
結衣がずっと静かに笑っていたこと。
全員が、知っていた。
蓮だけが、知らなかった。
「俺か」
涼太が、小さく頷いた。
蓮はしばらく、黙っていた。
夜風が来た。公園の木が揺れた。
蓮は夜空を見上げた。
春から涼太がいた。いつの間にか一番よく連絡する相手になっていた。いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた。
涼太の声のトーンを、蓮は全部知っていた。
涼太が笑うタイミングを、蓮は全部知っていた。
涼太がいない日の学食が、なんとなくつまらなかった。
気づいたら、気づいたら、気づいたら——
気づいてた。
ずっと前から、気づいていた。
気づかないふりを、していただけだった。
「俺も」と蓮は言った。
涼太が顔を上げた。
「怖かった。お前に嫌いになられるのが」
涼太は何も言わなかった。
言わなくて、よかった。
言葉より先に、涼太が笑ったから。
泣きそうな顔で、笑ったから。
公園に、夜風が吹いた。
夏の終わりの風だった。
蓮と涼太は並んでベンチに座ったまま、しばらく何も言わなかった。
それでよかった。
言葉がなくても、十分だった。
その夜。
帰り道を歩きながら、朔はスマホを見た。
蓮からLINEが来ていた。
「話がある。明日会える?」
朔は立ち止まった。
隣を歩いていたさくらも立ち止まった。
「蓮から?」とさくらが聞いた。
「うん」
さくらは少し笑った。
「よかったね」
朔は返事をしなかった。
でも、スマホに打った。
「会える」
送信して、また歩き出した。
さくらが隣に並んだ。
二人はしばらく黙って歩いた。
さくらが言った。
「朔は、蓮に言うの?」
朔は少し間を置いた。
「言う」
「そっか」
「さくらは」
今度はさくらが、少し間を置いた。
夜風が二人の間を通り抜けた。
「言う」とさくらは言った。
小さかったけど、迷いがなかった。
八月が、終わろうとしていた。
五人それぞれの夜が、少しずつ、動いていた。




