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ゆれる、春  作者: なを
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8/9

夏の終わり

八月の最後の土曜日、五人はまた公園にいた。

誰が言い出したわけでもなかった。涼太が「なんか集まりたい」とグループLINEに送って、気づいたら全員いた。それだけのことだった。

ただ、ベンチに座って、コンビニで買ったものを食べた。

さくらと結衣が並んで座っていた。朔が少し離れたベンチに腰かけていた。涼太と蓮が自動販売機の前でじゃんけんして、負けた涼太が全員分の飲み物を買ってきた。

夏の終わりの夜風が、公園を通り抜けた。


最初に帰ったのは結衣だった。

「終バス」と言って立ち上がって、さくらに小さく何か囁いて、笑って、帰った。

さくらが結衣の背中を見ていた。

その目を、蓮は見ていなかった。

でも朔は見ていた。


次に帰ったのはさくらだった。

「私も終バス」と言って、荷物を持った。

涼太が「気をつけて」と言った。

朔が立ち上がって「同じ方向だから」と言った。

さくらが少し驚いた顔をして、それから笑った。「ありがとう」と言った。

二人が並んで歩いていく。

その後ろ姿が見えなくなってから——涼太と蓮の二人だけが、公園に残った。


しばらく、誰も喋らなかった。

蓮はジュースを飲みながら、夜空を見ていた。

涼太は隣に座って、地面を見ていた。

風が来た。

涼太が言った。

「なあ、蓮」

「なに」

「俺さ、春に言ったじゃん。好きな人できたかもって」

蓮の手が、止まった。

ジュースの缶を持ったまま、止まった。

「言ってたな」

「あれ、まだ続いてる」

蓮は空を見たまま、答えた。

「そうか」

「うん」

涼太が、蓮を見た。

蓮は空を見ていた。

涼太はしばらく蓮の横顔を見てから、また地面に目を落とした。

「その人に、言えてない」

「なんで」

「怖いから」

蓮はそこで初めて、涼太を見た。

涼太が怖いと言うのを、蓮は聞いたことがなかった。バイトのクレームも、教授の理不尽も、涼太はいつも笑って受け流す。そういうやつだと思っていた。

「お前が怖いって言うの、初めて聞いた」

「そうか」

「うん」

涼太は地面を見たまま、言った。

「好きって言って、嫌いになられたら——友達じゃなくなるのが、怖い」

風が、また来た。

蓮は涼太の横顔を見ていた。

夜の光の中で、涼太の耳が赤かった。

蓮はそれを見て——

何かが、ひっかかった。


耳が赤い。

涼太の耳が赤いのを、蓮は前にも見た気がした。

いつだったか。

学食で、三人でいたとき——朔と涼太と俺で——蓮が涼太の肩を叩いたとき。

あのとき涼太の耳が、赤かった。

蓮はそれを見て、なんとも思わなかった。思わなかったはずだった。

でも今、思い出している。

なぜ今、思い出しているのか。


涼太が言った。

「その人さ、俺のことどう思ってるんだろうな」

蓮は答えようとした。

答えようとして——気づいた。

涼太が蓮を見ていた。

地面を見ていたはずの涼太が、まっすぐ蓮を見ていた。

その目が——

蓮は、見たことがある目だと思った。

朔が蓮を見るときの目に、少し似ていた。

さくらが涼太を見るときの目に、少し似ていた。

花火の夜に結衣がさくらを見ていた目に、少し似ていた。

全部、同じ目だった。

いるだけで、ちょっと変な感じがする相手。

春に涼太が言っていた言葉が、蓮の頭の中で鳴った。

蓮はジュースの缶を、ゆっくり膝の上に置いた。

心臓が、うるさかった。


「涼太」

「うん」

「その好きな人って」

蓮は涼太を見た。

涼太はまっすぐ蓮を見ていた。

耳が赤かった。

答えを言わなくても——もうわかっていた。

蓮の頭の中で、ゆっくりと、ピースが嵌まっていった。

涼太が春から抱えていたもの。

朔が学食で小さく息を吐いたこと。

さくらと朔が「ばかだよな」と笑っていたこと。

結衣がずっと静かに笑っていたこと。

全員が、知っていた。

蓮だけが、知らなかった。


「俺か」

涼太が、小さく頷いた。

蓮はしばらく、黙っていた。

夜風が来た。公園の木が揺れた。

蓮は夜空を見上げた。

春から涼太がいた。いつの間にか一番よく連絡する相手になっていた。いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた。

涼太の声のトーンを、蓮は全部知っていた。

涼太が笑うタイミングを、蓮は全部知っていた。

涼太がいない日の学食が、なんとなくつまらなかった。

気づいたら、気づいたら、気づいたら——

気づいてた。

ずっと前から、気づいていた。

気づかないふりを、していただけだった。


「俺も」と蓮は言った。

涼太が顔を上げた。

「怖かった。お前に嫌いになられるのが」

涼太は何も言わなかった。

言わなくて、よかった。

言葉より先に、涼太が笑ったから。

泣きそうな顔で、笑ったから。


公園に、夜風が吹いた。

夏の終わりの風だった。

蓮と涼太は並んでベンチに座ったまま、しばらく何も言わなかった。

それでよかった。

言葉がなくても、十分だった。


その夜。

帰り道を歩きながら、朔はスマホを見た。

蓮からLINEが来ていた。

「話がある。明日会える?」

朔は立ち止まった。

隣を歩いていたさくらも立ち止まった。

「蓮から?」とさくらが聞いた。

「うん」

さくらは少し笑った。

「よかったね」

朔は返事をしなかった。

でも、スマホに打った。

「会える」

送信して、また歩き出した。

さくらが隣に並んだ。

二人はしばらく黙って歩いた。

さくらが言った。

「朔は、蓮に言うの?」

朔は少し間を置いた。

「言う」

「そっか」

「さくらは」

今度はさくらが、少し間を置いた。

夜風が二人の間を通り抜けた。

「言う」とさくらは言った。

小さかったけど、迷いがなかった。


 八月が、終わろうとしていた。

 五人それぞれの夜が、少しずつ、動いていた。


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