エピローグ
札幌の春は、遅い。
三月になっても雪が残って、四月になってもコートが手放せない。本州の友達が桜の写真を送ってくる頃、札幌はまだ灰色の空の下にいる。
それでも、春は来る。
意地を張りながら、少しずつ、必ず来る。
四月の最初の週、さくらは大学の中庭を歩いていた。
去年と同じ道だった。
でも去年と違うのは、隣に結衣がいることだった。
いつも隣にいた。でも今は、少し違う意味で隣にいた。
さくらが八月の終わりに「言う」と言って——言った。
うまくはなかった。言葉がぐちゃぐちゃになって、途中で泣いて、結衣に「落ち着いて」と笑われた。
結衣は驚かなかった。
*「知ってた」*と言って、さくらの手を握った。
それだけだった。
それだけで、十分だった。
結衣はさくらに言った。
自分には恋愛感情がわからない、と。
でもさくらといると温かい、と。
それが恋愛じゃないとしても——大切だということは、本当だと。
さくらはそれを聞いて、泣いた。
悲しくて泣いたんじゃなかった。
結衣が正直でいてくれたことが、嬉しくて泣いた。
ちゃんと満ちている結衣が、それでも自分のことを大切だと言ってくれたことが——眩しくて、泣いた。
答えは、恋愛小説みたいには出なかった。
でも二人は今も隣にいる。
それが、今のさくらには十分だった。
中庭に、涼太と蓮がいた。
ベンチに並んで座って、何か話していた。
涼太が笑って、蓮が笑って、涼太が蓮の肩を叩いた。
去年と同じ光景だった。
でも去年と違うのは——二人が笑うとき、もう耳が赤くなかった。
赤くならなくていい距離に、なったから。
さくらはそれを見て、小さく笑った。
結衣も笑った。
朔は少し遅れてやってきた。
相変わらず無口で、相変わらずクールで、でも蓮を見つけた瞬間だけ——ほんの少し、歩くのが早くなった。
蓮が気づいて、手を上げた。
朔が頷いた。
それだけだった。
でもさくらには見えた。
朔の耳が、春の光の中で、少し赤かった。
朔はまだ言えていないのかもしれない。
それでもいい、とさくらは思った。
朔のペースがある。
ゆらいでいい。
時間をかけて、ちゃんと辿り着く。
五人が中庭に揃った。
去年の夏と同じ顔ぶれだった。
でも去年と違うのは——全員が、少しだけ自分の輪郭を知っていた。
完全にわかったわけじゃない。
答えが出たわけじゃない。
でも去年の春よりは——自分が何者で、誰が大切で、何にゆれているのか。
それが、少しだけ見えていた。
涼太が言った。
「なんか、花見したくない? 桜ないけど」
「ないんかい」と蓮が言った。
「梅ならあるんじゃない」とさくらが言った。
「梅で花見ってなに」
「風情あるじゃん」
「風情より桜でしょ」と涼太が言った。
「札幌に桜を求めるな」と朔が言った。
全員が笑った。
結衣が「梅でいいじゃん、行こう」と立ち上がった。
誰かが「じゃあコンビニ寄って」と言って、五人が歩き出した。
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札幌の春は、遅い。
それでも来る。
意地を張りながら、ゆれながら、それでも必ず——来る。
五人の春も、そうだった。
答えが出ないまま、ゆれたまま、それでも前に進んでいた。
それで、よかった。
ゆれていい。
ゆれながら、歩けばいい。
春の光の中を、五人が並んで歩いていった。




