さくら——見えてしまったもの
七月の半ば、さくらは蓮と二人で話す機会があった。
涼太と朔がコンビニに買い出しに行って、大学の中庭のベンチに蓮とさくらだけが残った。五分くらいの、短い時間だった。
蓮はスマホをいじりながら、特に何も喋らなかった。
さくらも特に何も喋らなかった。
でもふと、蓮が言った。
「さくらって、涼太と幼なじみなんだよね」
「うん、幼稚園から」
「ずっと仲いいんだ」
「まあ、そうかな」
蓮はスマホから目を上げて、コンビニの方向を見た。涼太と朔が出てくるのを、確認するような目だった。
さくらはその横顔を見た。
蓮の目が、細くなっていた。柔らかく、細くなっていた。涼太の名前を口にするとき、蓮はいつもそういう顔をするのかもしれない。さくらはそのとき初めて、気づいた。
でも次の瞬間、さくらの頭に別のことが浮かんだ。
涼太は。
涼太は、蓮の話をするとき、どんな顔をしていたか。
思い返した。
先週、涼太と二人で話したとき。蓮の話になったとき、涼太は——笑っていた。いつもより、少しだけ、楽しそうに笑っていた。声のトーンが、半音くらい上がっていた。
さくらには、音楽の経験はない。でも涼太の声の変化なら、十何年分知っている。
胸の中で、静かに何かが落ちた。
パズルのピースが、音もなく嵌まる感じ。
「涼太ってさ」とさくらは言った。
「うん?」
「蓮のこと、すごく話すんだよね、最近」
蓮がさくらを見た。少し、意外そうな顔で。
「俺の話?」
「うん。なんかおもしろいやつと友達になったって、最初に言ってた」
蓮は少し黙った。
それからまた、コンビニの方を見た。
さくらにはもうわかっていた。蓮の横顔が、さっきよりも少しだけ柔らかくなったから。
涼太の話をされて、嬉しいんだ、と思った。
嬉しいと気づいていないまま、嬉しいんだ、と思った。
コンビニから涼太と朔が戻ってきた。
涼太が「待たせた」と言いながら、蓮にポカリを投げた。
蓮が「気が利くじゃん」と受け取った。
涼太が「たまにはな」と笑った。
さくらはその二人を見ていた。
涼太が蓮を見る目。
蓮がさっきコンビニの方向を見ていた目。
二つが重なって、さくらの胸の中で、静かに溶けた。
ああ、そうか。
涼太の「好きな人」は、蓮だ。
不思議と、驚かなかった。
むしろ——腑に落ちた。
朔が隣に来て、さくらと並んで座った。
朔はさくらを見て、それからまた涼太と蓮を見て、小さく息を吐いた。
さくらも小さく息を吐いた。
二人は何も言わなかった。
言わなくても、同じものが見えていた。
朔がぽつりと言った。
「ばかだよな」
「うん」とさくらは言った。「二人とも」
朔が少しだけ、笑った。
さくらも少しだけ、笑った。
初めてちゃんと、朔と笑った気がした。
帰り道、さくらは一人で歩いた。
涼太の「好きな人」が蓮だとわかった。
それで自分が悲しいかというと——不思議と、そうでもなかった。
胸がぎゅっとなるのは、涼太のことを思ったときじゃなくて——
さくらは立ち止まった。
結衣に電話しようとして、やめた。
まだ言葉にならない。でも、輪郭だけは見えてきた気がした。
自分の気持ちの、輪郭が。
七月の夜風が、さくらの髪を揺らした。
さくらはまた歩き出した。
答えはまだ出ていない。




