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ゆれる、春  作者: なを
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4/9

花火の夜

七月の最初の土曜日、札幌はめずらしく風がなかった。

公園に着いたのはさくらと結衣が先で、次に涼太、少し遅れて蓮と朔が並んで歩いてきた。

さくらは蓮と朔を見て、ああこの二人がそうか、と思った。涼太から話は聞いていた。中学からの幼なじみで、朔は無口で、蓮はよく笑うやつだと。

蓮は来るなり「待った?」と笑って、朔は黙って軽く頭を下げた。

五人が揃った。


花火は涼太が買ってきた。コンビニの袋から出てきたのは、線香花火ばかりだった。

「なんで線香花火だけなの」と蓮が言った。

「だって一番好きじゃん」

「俺は派手なやつがよかった」

「うるさい、俺が買ったんだから俺が決める」

さくらと結衣は顔を見合わせて笑った。朔だけが黙って、袋の中を覗いていた。

五人でベンチの前にしゃがんで、線香花火に火をつけた。

最初は誰も喋らなかった。

橙色の小さな火が、夜の中で静かに揺れた。


最初に落としたのは結衣だった。

「あ」

小さな声で言って、結衣は自分の花火の先を見た。火の玉が地面に落ちて、消えた。

「結衣、弱すぎ」と蓮が笑った。

「だって揺れたんだもん」

「風ないじゃん」

「息が揺れたの」

また笑い声が上がった。

さくらは自分の花火を持ちながら、その笑い声を聞いていた。

涼太が笑っている。蓮が笑っている。結衣が口を尖らせている。朔が——

朔が、蓮を見ていた。

笑っている蓮を、じっと見ていた。

ほんの一瞬だった。朔はすぐに自分の花火に視線を戻した。表情は変わっていない。クールなまま、静かなまま。

でもさくらには、見えた。


胸の中で、何かがひっかかった。


次に落としたのは涼太だった。

「あー、くそ」

「ざまあ」と蓮が言った。

「お前もすぐ落とすくせに」

「俺はまだ落としてない」

涼太と蓮が言い合っている。

さくらはそれを見ながら、さっきの朔の横顔を思い出していた。

蓮を見る、あの目。

さくらにはわかった気がした。理由は説明できない。でも、わかった。

同時に——自分の胸の中も、少し透けて見えた気がした。

涼太を見るとき、私はあんな顔をしていたか。

胸がぎゅっとなるのは——本当に、涼太のことだったか。

さくらは自分の花火を見た。

火の玉が、かすかに揺れていた。

まだ、落ちていない。


しばらくして、蓮の花火が落ちた。

「あ、やば」

「落ちた、落ちた」と涼太が笑った。

「うるさい」

蓮が笑いながら立ち上がって、新しい花火を取りに行った。

朔がその背中を、また見ていた。

今度はさくらだけじゃなくて——結衣も、気づいていた。

結衣がさくらの耳元に、そっと囁いた。

「ねえ」

「うん」

「朔くん、蓮くんのこと——」

「うん」

二人は声を合わせず、でも同じことを思っていた。

結衣がくすっと笑った。さくらも笑った。

朔はこちらを見ていなかった。蓮の背中を追いかけながら、自分でも気づいていないような顔で、立ち上がっていた。


最後の一本は、さくらだった。

五人の中で一番長く持ちこたえた線香花火が、夜の中でゆっくり揺れていた。

涼太が隣にしゃがんで、覗き込んできた。

「さくら、まだ落とさないじゃん」

「うん」

「意地でも落とさないつもり?」

「別に」

さくらは花火を見ながら、涼太の声を聞いていた。

幼なじみの声。ずっと知っている声。

胸がぎゅっとなるか、確かめようとした。

少し胸が高鳴った気もした…

でも、さっき結衣の「ちゃんと満ちてるもん」を思い出したときとどっちが、と考えたら——

火の玉が、落ちた。

夜の草の上に、小さな光が消えた。

「あ」

さくらは思わず声を出した。

涼太が笑った。蓮が「ついに落ちた」と言った。結衣が拍手した。朔が——朔だけが、静かにさくらを見て、小さく頷いた。

まるで、何かわかったような顔で。


帰り道、五人はしばらく並んで歩いた。

誰も大事なことは言わなかった。

天気の話をして、来週の講義の話をして、どこかでラーメン食べて帰ろうという話になって、結局コンビニで肉まんを買って食べた。

それだけの夜だった。

でも五人全員が、家に帰ってから、少しだけ違う顔をしていた。

蓮は涼太にLINEを打とうとして、やめた。

朔はいつもの曲を聴こうとして、やめた。

さくらは結衣に電話しようとして、やめて、天井を見た。

涼太は——窓の外を見て、誰かのことを考えていた。

結衣だけが、静かにお茶を飲んで、眠った。

満ちていたから。

________________________________________

 七月の夜が、ゆっくり更けていった。






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