花火の夜
七月の最初の土曜日、札幌はめずらしく風がなかった。
公園に着いたのはさくらと結衣が先で、次に涼太、少し遅れて蓮と朔が並んで歩いてきた。
さくらは蓮と朔を見て、ああこの二人がそうか、と思った。涼太から話は聞いていた。中学からの幼なじみで、朔は無口で、蓮はよく笑うやつだと。
蓮は来るなり「待った?」と笑って、朔は黙って軽く頭を下げた。
五人が揃った。
花火は涼太が買ってきた。コンビニの袋から出てきたのは、線香花火ばかりだった。
「なんで線香花火だけなの」と蓮が言った。
「だって一番好きじゃん」
「俺は派手なやつがよかった」
「うるさい、俺が買ったんだから俺が決める」
さくらと結衣は顔を見合わせて笑った。朔だけが黙って、袋の中を覗いていた。
五人でベンチの前にしゃがんで、線香花火に火をつけた。
最初は誰も喋らなかった。
橙色の小さな火が、夜の中で静かに揺れた。
最初に落としたのは結衣だった。
「あ」
小さな声で言って、結衣は自分の花火の先を見た。火の玉が地面に落ちて、消えた。
「結衣、弱すぎ」と蓮が笑った。
「だって揺れたんだもん」
「風ないじゃん」
「息が揺れたの」
また笑い声が上がった。
さくらは自分の花火を持ちながら、その笑い声を聞いていた。
涼太が笑っている。蓮が笑っている。結衣が口を尖らせている。朔が——
朔が、蓮を見ていた。
笑っている蓮を、じっと見ていた。
ほんの一瞬だった。朔はすぐに自分の花火に視線を戻した。表情は変わっていない。クールなまま、静かなまま。
でもさくらには、見えた。
胸の中で、何かがひっかかった。
次に落としたのは涼太だった。
「あー、くそ」
「ざまあ」と蓮が言った。
「お前もすぐ落とすくせに」
「俺はまだ落としてない」
涼太と蓮が言い合っている。
さくらはそれを見ながら、さっきの朔の横顔を思い出していた。
蓮を見る、あの目。
さくらにはわかった気がした。理由は説明できない。でも、わかった。
同時に——自分の胸の中も、少し透けて見えた気がした。
涼太を見るとき、私はあんな顔をしていたか。
胸がぎゅっとなるのは——本当に、涼太のことだったか。
さくらは自分の花火を見た。
火の玉が、かすかに揺れていた。
まだ、落ちていない。
しばらくして、蓮の花火が落ちた。
「あ、やば」
「落ちた、落ちた」と涼太が笑った。
「うるさい」
蓮が笑いながら立ち上がって、新しい花火を取りに行った。
朔がその背中を、また見ていた。
今度はさくらだけじゃなくて——結衣も、気づいていた。
結衣がさくらの耳元に、そっと囁いた。
「ねえ」
「うん」
「朔くん、蓮くんのこと——」
「うん」
二人は声を合わせず、でも同じことを思っていた。
結衣がくすっと笑った。さくらも笑った。
朔はこちらを見ていなかった。蓮の背中を追いかけながら、自分でも気づいていないような顔で、立ち上がっていた。
最後の一本は、さくらだった。
五人の中で一番長く持ちこたえた線香花火が、夜の中でゆっくり揺れていた。
涼太が隣にしゃがんで、覗き込んできた。
「さくら、まだ落とさないじゃん」
「うん」
「意地でも落とさないつもり?」
「別に」
さくらは花火を見ながら、涼太の声を聞いていた。
幼なじみの声。ずっと知っている声。
胸がぎゅっとなるか、確かめようとした。
少し胸が高鳴った気もした…
でも、さっき結衣の「ちゃんと満ちてるもん」を思い出したときとどっちが、と考えたら——
火の玉が、落ちた。
夜の草の上に、小さな光が消えた。
「あ」
さくらは思わず声を出した。
涼太が笑った。蓮が「ついに落ちた」と言った。結衣が拍手した。朔が——朔だけが、静かにさくらを見て、小さく頷いた。
まるで、何かわかったような顔で。
帰り道、五人はしばらく並んで歩いた。
誰も大事なことは言わなかった。
天気の話をして、来週の講義の話をして、どこかでラーメン食べて帰ろうという話になって、結局コンビニで肉まんを買って食べた。
それだけの夜だった。
でも五人全員が、家に帰ってから、少しだけ違う顔をしていた。
蓮は涼太にLINEを打とうとして、やめた。
朔はいつもの曲を聴こうとして、やめた。
さくらは結衣に電話しようとして、やめて、天井を見た。
涼太は——窓の外を見て、誰かのことを考えていた。
結衣だけが、静かにお茶を飲んで、眠った。
満ちていたから。
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七月の夜が、ゆっくり更けていった。




