さくら
さくらは昔から、他人のことばかり見ていた。
自分のことは、よくわからなかった。
好きな食べ物も、得意な科目も、将来やりたいことも——聞かれるたびに、少し考えてから答えた。本当にそうかな、と思いながら。
だから涼太が「好きな人できたかも」と言ったとき、自分の胸がぎゅっとなった理由も、最初はわからなかった。
悲しいのか、悔しいのか、それとも別の何かなのか。
ただ、痛かった。
結衣とカフェにいたのは、涼太の話を聞いた三日後のことだ。
窓の外は雨で、店の中はコーヒーと誰かの笑い声で満ちていた。
さくらはマグカップを両手で包んで、言った。
「ねえ、結衣。私、涼太のこと好きなのかもって思ってたんだけど」
「うん」
「よくわからなくなってきた」
結衣は驚かなかった。ただ、少し首を傾けた。
「わからなくなってきた、って?」
「好きって思ってたんだけど——なんか、違う気もしてきて」
「違う、って何と」
さくらは言葉に詰まった。
結衣はじっと待っていた。急かさなかった。いつもそうだ。結衣は人の言葉が出てくるまで、ちゃんと待てる。
「……わかんない。違う気がする、としか言えない」
「それでいいんじゃない」と結衣は言った。「わからなくていいと思う、今は」
「結衣はさ」とさくらは聞いた。「誰かを好きになったこと、ある?」
結衣は少し考えて、首を振った。
「ない。一度も」
「え」
「恋愛の意味での好き、ってやつが、たぶんわかったことがない」
さくらは結衣の顔を見た。困っているわけでも、悲しんでいるわけでもなかった。ただ、静かだった。
「寂しくない?」
「全然」と結衣は言った。迷わずに。「だって、ちゃんと満ちてるもん。さくらといるとき、あったかいじゃん。それじゃだめなの?」
さくらは何も言えなかった。
だめじゃない。全然だめじゃない。
でも、だったら、この胸の中にあるものは、何なんだろう。
花火の話が出たのは、その帰り道だった。
涼太から五人のグループLINEにメッセージが来た。
「今週末、花火しない? 朔も来るって」
結衣がすぐ*「行く!」*とスタンプを送った。
さくらはスマホを見つめた。
涼太。蓮。朔。結衣。
知らない名前はない。でも五人で集まるのは、初めてだった。
さくらは*「行く」*と打って、送信した。
スマホをカバンにしまって、結衣と並んで歩いた。
雨上がりの道が、街灯でひかっていた。
結衣の横顔を、さくらはちらりと見た。
ちゃんと満ちてるもん。
その言葉が、まだ胸の中に残っていた。温かくて、少し、眩しかった。
さくらは前を向いた。
自分の気持ちの答えは、まだ出ていない。
でも今夜だけは——それでいいような気がした。
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花火の夜まで、あと五日。




