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ゆれる、春  作者: なを
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3/9

さくら

さくらは昔から、他人のことばかり見ていた。

自分のことは、よくわからなかった。

好きな食べ物も、得意な科目も、将来やりたいことも——聞かれるたびに、少し考えてから答えた。本当にそうかな、と思いながら。

だから涼太が「好きな人できたかも」と言ったとき、自分の胸がぎゅっとなった理由も、最初はわからなかった。

悲しいのか、悔しいのか、それとも別の何かなのか。

ただ、痛かった。


結衣とカフェにいたのは、涼太の話を聞いた三日後のことだ。

窓の外は雨で、店の中はコーヒーと誰かの笑い声で満ちていた。

さくらはマグカップを両手で包んで、言った。

「ねえ、結衣。私、涼太のこと好きなのかもって思ってたんだけど」

「うん」

「よくわからなくなってきた」

結衣は驚かなかった。ただ、少し首を傾けた。

「わからなくなってきた、って?」

「好きって思ってたんだけど——なんか、違う気もしてきて」

「違う、って何と」

さくらは言葉に詰まった。

結衣はじっと待っていた。急かさなかった。いつもそうだ。結衣は人の言葉が出てくるまで、ちゃんと待てる。

「……わかんない。違う気がする、としか言えない」

「それでいいんじゃない」と結衣は言った。「わからなくていいと思う、今は」

「結衣はさ」とさくらは聞いた。「誰かを好きになったこと、ある?」

結衣は少し考えて、首を振った。

「ない。一度も」

「え」

「恋愛の意味での好き、ってやつが、たぶんわかったことがない」

さくらは結衣の顔を見た。困っているわけでも、悲しんでいるわけでもなかった。ただ、静かだった。

「寂しくない?」

「全然」と結衣は言った。迷わずに。「だって、ちゃんと満ちてるもん。さくらといるとき、あったかいじゃん。それじゃだめなの?」

さくらは何も言えなかった。

だめじゃない。全然だめじゃない。

でも、だったら、この胸の中にあるものは、何なんだろう。


花火の話が出たのは、その帰り道だった。

涼太から五人のグループLINEにメッセージが来た。

「今週末、花火しない? 朔も来るって」

結衣がすぐ*「行く!」*とスタンプを送った。

さくらはスマホを見つめた。

涼太。蓮。朔。結衣。

知らない名前はない。でも五人で集まるのは、初めてだった。

さくらは*「行く」*と打って、送信した。

スマホをカバンにしまって、結衣と並んで歩いた。

雨上がりの道が、街灯でひかっていた。

結衣の横顔を、さくらはちらりと見た。

ちゃんと満ちてるもん。

その言葉が、まだ胸の中に残っていた。温かくて、少し、眩しかった。

さくらは前を向いた。

自分の気持ちの答えは、まだ出ていない。

でも今夜だけは——それでいいような気がした。

________________________________________

 花火の夜まで、あと五日。




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