朔
朔は昔から、人の変化に気づくのが早かった。
母親が離婚を考え始めたとき。担任が異動を嫌がっているとき。クラスの誰かが泣きそうなとき。言葉より先に、空気が変わる。朔にはそれがわかった。
だから蓮のことも、すぐに気づいた。
涼太と仲良くなってから、蓮の何かが変わった。
何が、とは言えない。笑い方も、しゃべり方も、見た目も、何も変わっていない。でも朔には、わかった。蓮の重心が、少しだけずれた。
それがいつからか、朔にはわかっていた。
でも、なぜかは——わからなかった。
六月の雨の日、朔は傘を忘れた。
大学の入口で途方に暮れていたら、後ろから声がした。
「朔、傘ないの? 入れてやろうか」
振り返ると、蓮だった。コンビニのビニール傘を片手に、呆れたような顔をしていた。
「いい」
「意地張るな、濡れるだろ」
蓮は有無を言わさず隣に並んで、傘を差し出してきた。
朔は黙って、その傘の下に入った。
二人で並んで歩く。蓮の肩が、たまに触れる。小学校からそうしてきた。何も変わっていない。
なのに今日は、なぜか歩幅が測れなかった。
蓮が言った。
「涼太たちと今週末、花火するんだけど。朔も来る?」
朔は少し間を置いた。
「涼太って、さくらの幼なじみの」
「そう。あとさくらと、結衣も来る」
朔は前を向いたまま答えた。
「考える」
「また考えるって言う」
「考えるって言ったら考えるんだよ」
蓮が笑った。
朔は前を向いたまま、その笑い声を聞いていた。
雨が、傘を叩く音がした。
家に帰って、朔はソファに沈んだ。
イヤホンを刺して、音楽を流した。
何も考えたくないときは、いつもそうしてきた。音楽が頭の中を塗りつぶしてくれる。
でも今日は、音が耳に入ってこなかった。
代わりに浮かぶのは、さっきの蓮の横顔だ。
朔は目を閉じた。
蓮と並んで歩いてきた十年近くを、朔は知っている。中学で同じバスケ部に入ったとき。蓮が初めて試合で泣いたとき。高校で別々のクラスになっても、それでも昼休みに落ち合っていたとき。
ずっと、隣にいた。
いてあたりまえだと思っていた。
あたりまえって、怖い言葉だ。
どこかで聞いたような考えが、朔の頭をよぎった。
スマホが光った。蓮からだった。
「花火、来いよ。絶対楽しいから」
朔はしばらくそれを見つめた。
蓮はいつもこうだ。考えるって言ってもすぐ追いかけてくる。昔からそうだった。
朔は短く打った。
「わかった」
送信して、またイヤホンを押し込んだ。
今度は、少しだけ音が聞こえた気がした。
花火の夜まで、あと一週間。
朔はなぜ自分が「わかった」と送ったのか、まだわかっていなかった。
蓮に会いたかったからだ、などとは——まだ、思えなかった




