蓮と涼太
蓮が涼太と初めて話したのは、去年の四月、大学の講義室だった。
隣の席に座ってきた男が、開口一番「ノート見せてくれない?」と言ったのだ。
図々しいにもほどがある、と蓮は思った。思いながら、なぜかノートを差し出していた。
それが涼太だった。
それから一年。
気づいたら一番よく連絡する相手になっていた。
気づいたら、つまらない動画を送りつけてくる相手になっていた。
気づいたら、学食で向かいに座るのが当たり前になっていた。
蓮はそういう「気づいたら」が、少し怖かった。
でも怖いと気づくことも、怖かった。
五月の終わり、二人でコンビニに寄った帰り道のことだ。
涼太が急に立ち止まって、夜空を見上げた。
「なあ、蓮」
「なに」
「俺さ、好きな人できたかもしれない」
蓮の足が、一瞬止まった。
アイスのカップを持つ指先に、力が入った気がした。でも涼太はこちらを見ていない。まだ空を見上げている。
「へえ」
自分の声が、思ったより平らだったので、蓮は少し安心した。
「誰?」
「んー、まだわかんない。自分でも」
「わかんないのに好きなの?」
「そういうことって、ない?」と涼太は言って、ようやく蓮を見た。
「なんか、いるだけで、ちょっと変な感じがする相手」
蓮はアイスを一口食べた。
冷たさが、喉の奥まで落ちていった。
「ないね」
嘘をついた。
生まれて初めて、涼太に嘘をついた。そのことに気づいたのは、別れた後、一人で歩いている途中だった。
その夜、蓮はベッドに転がって、スマホの画面を眺めた。
涼太からLINEが来ていた。
「今日のアイス、おごりだったな。今度返す」
蓮は10分くらいそれを眺めて、それから打った。
「別にいい」
送信して、スマホを伏せた。
天井を見上げて、目を閉じた。
いるだけで、ちょっと変な感じがする相手。
涼太の言葉が、暗闇の中でリフレインした。
蓮には、その感覚に名前をつける勇気が、まだなかった。
翌朝、朔から連絡が来た。
「今日一限から?」
そっけないメッセージ。中学からそういうやつだ。
蓮は起き上がって、*「うん」*と返した。
朔とはいつも通りだった。いつも通りに落ち合って、いつも通りに食って、いつも通りにくだらない話をした。
でも朔が、一度だけ言った。
「なんか顔色悪いけど」
「寝不足」
「ふーん」
朔はそれ以上聞かなかった。聞かないやつだ、昔から。
蓮はそれが今日は、少しだけありがたかった。




