常識のものさし
◆
「……大きい」
店の前まで来て、乃愛は思わず呟いた。
昨日市場で見かけたような、こぢんまりとした雰囲気の魔道具店とは比べものにならない。
目の前にある建物は三階建てで、間口も広い。大きな硝子窓の向こうには、色とりどりの石を嵌め込んだ装飾品や、用途の分からない器具が整然と並べられている。
「有名なお店って言ってたけど、思ってたより本格的だねぇ」
中へ入ると、すぐに店員が声をかけてきた。
昨日の市場でも見慣れた黒い眼鏡をかけた女性だった。
「いらっしゃいませ。お探しのものはございますか?」
「旅に使えそうな魔道具を見せてもらいたいんですけど。特に収納系とか」
「でしたら、こちらへどうぞ」
案内された一角には、指輪や腕輪、首飾りなどが硝子の陳列台に並べられていた。
「……アクセサリー?」
「携帯するものですからね。紛失しにくく、常に身につけていられる形が好まれます」
乃愛は一番近くにあった指輪を見る。
説明札には収納可能な容量と価格が記されていた。
「これで……小部屋、一つ分?」
「はい。普段使いでしたら十分かと。こちらはさらに大型で、家屋一軒分ほどの容量がございます」
店員が示したのは、宝石のような青い石が嵌め込まれた腕輪だった。
値札を見た沙奈が目を丸くする。
「いいお値段しますね……」
「大型の収納空間を安定して維持するには、相応の素材や高度な術式が必要になりますので」
乃愛は何気ない顔を装いながら、陳列台を順番に見ていった。
一軒家ほど。
それが、市販品としてはかなり大きな部類らしい。
自分たちの〈収納〉には、これまで容量を気にすることもなく放り込んできた。どこまで入るのか試したことはないが、いくらでも入るような感覚がある。
神の寵愛持ちである乃愛たちのようにスキルとして収納を持っているのではなく、他の皆の魔道具化している校章バッジに付いた収納の容量は、千立方メートルだったはずだ。数字だけではイメージしづらいが、二十五メートルプール二杯分ほどだと、以前誰かが言っていた。少なくとも、店員が示した『家屋一軒分』よりは明らかに大きい。
「保存機能が付いてるものってあります?」
今度は沙奈が尋ねた。
「ございますよ。こちらが外気連動型です」
店員が別の指輪を取り出す。
「収納空間内の温度を、外部環境に近い状態へ保ちます。急激な温度変化を防げますので、一般的にはこちらがよく使われます」
「外が暑かったら、中も暑くなるんですか?」
「多少の差はございますが、基本的には」
それでは、生鮮食品の保存にはあまり向かない。
「こちらは任意温度設定型です。一定の範囲内であれば、収納空間の温度を指定できます」
「……冷蔵庫みたいな?」
「れいぞうこ?」
「あ、なんでもないです」
沙奈は笑って誤魔化した。少なくとも、冷蔵庫という言葉は通じないらしい。
そして当然ながら、こちらは先ほどよりさらに高かった。
「ほかに、もっと長期間保存できるものは?」
「でしたら、時間遅延式がございます。ただ、かなり珍しい品になりますね」
店員が奥の棚から、小さな箱を取り出した。
中に収められていたのは、銀色の指輪だった。
「収納空間内の時間経過そのものを遅らせます。生鮮食品であれば、通常は数日しか保たないものでも、一月ほど保存できるかと」
「……止めるんじゃなくて?」
乃愛が思わず聞き返す。
店員は不思議そうに瞬いた。
「止める、ですか?」
「あ……時間を、完全に止めるもの、とか」
「時間停止、ということでしょうか。少なくとも私は聞いたことがございませんね」
「理論上も難しい?」
沙奈が続ける。
「専門家ではありませんので断言はできませんが、時間への干渉自体が非常に高度な技術です。こちらの遅延式も製造できる工房は限られております」
「そうですか……」
残念そうに肩を落とす沙奈を見て、店員は少し考え、さらに続けた。
「あとはそうですね……似たようなものに、状態維持魔法があります。これは厳密には停止ではなく静止で、仕組みが異なります。それでも、対象の状態を長期間保存するという目的は果たせますが、収納のような亜空間へ移した時点で効果が途切れてしまいます。そのまま持ち運ぶにしても、定期的に魔力供給はしなければなりませんので、あまり現実的な使われ方ではないでしょう」
沙奈は軽く頷いただけだった。
乃愛もそれ以上は聞かない。
けれど、二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
自分たちの〈収納〉では、入れた食べ物は何日経っても変化しない。
腐らないというだけではない。
温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいまま。入れた瞬間の状態が、そのまま保たれている。
これまでも便利だとは思っていた。
だが、どうやら便利という程度では済まないらしい。
「ちなみに、動物とか生き物が入るものってあります?」
沙奈が何気なく尋ねると、店員は今度こそ明らかに怪訝そうな顔をした。
「生物、ですか?」
「ええ。そういう特殊なのもあるのかなって」
「いえ……収納空間へ生きたものを入れることはできません」
あまりにも当然のことを尋ねられたような口調だった。
「収納空間は物質を収めるためのものです。微生物などは除きますが、基本的に生きたものには魂がございますから、収納しようとしても空間側が拒絶いたします」
「魂……」
元の世界と同じような概念にすぎないのかもしれない。けれど、生物だけが明確に弾かれるのなら、本当に魂というものが存在するのだろうか。
「……」
妙な引っかかりを覚えた乃愛だが、脱線しかけた思考を戻し、黙って自分の指先を見つめる。
自分たちの〈収納〉にも、生き物は入れようとしたことがない。用途がなかったので、これまで考えもしなかった。
けれど、少なくともこの世界では、できないことそのものが常識らしい。
「じゃあ、次は鑑定系を見てもいいですか?」
「鑑定、ですか」
そこで初めて、店員が少し困ったような顔をした。
「申し訳ございません。鑑定魔道具は一般販売を行っておりません」
「理由を聞いても?」
「国の認可が必要な品になるためです。用途によっては個人情報や商取引に大きく関わりますので」
それは、言われてみれば当然だった。
相手の情報を勝手に読み取れる道具が誰でも買えるなら、悪用し放題になってしまう。
「でも、実在はするんですね」
「はい。ただし、鑑定できる内容は品によって異なります。鉱物や薬品の判別に特化したもの、魔道具の状態を調べるもの、人の健康状態を確認するものなどですね」
「一つで何でも見られるものは?」
「私は存じません」
また、二人の間に短い沈黙が落ちた。
少なくとも、乃愛たちの〈鑑定〉とは別物だった。
「認可品でも、見るだけならできます?」
「通常はお見せしておりませんが……」
店員が考え込んだ。
「少々お待ちいただけますか。責任者に確認してまいります」
奥へ下がった店員は、しばらくして年嵩の男性を連れて戻ってきた。
男性は少し離れたところで待機していたジンバウムと二言三言交わして二人の顔を確認すると、すぐに態度を改めて近づいてくる。
「お話は伺いました。お二人でしたら問題ございませんので、こちらへどうぞ」
通されたのは、店のさらに奥にある小部屋だった。
一般の売り場とは違い、棚には値札の付いていない魔道具が並んでいる。
「こちらは販売許可の必要な品や、すでに買い手の決まっている品を保管しております」
男性が一つずつ説明していく。
鉱物鑑定用。
薬物判定用。
身体状態を確認する医療用。
魔力の属性や大まかな強さを測定するもの。
どれも〈鑑定〉という名前ではあっても、乃愛たちの持つ能力とはまるで違っていた。
対象も、得られる情報も限定されている。
どちらかというと、毒検知用として使っていた魔道具の方が近いかもしれない。
「これは……?」
沙奈が棚の一番奥に置かれたものを指差した。
ほかの魔道具とは違い、それだけは硝子の箱に収められている。
中にあるのは、手のひらに収まるほどの銀色の円盤だった。
表面には細かな文様が刻まれているものの、宝石らしいものも魔硝石も見当たらない。
「そちらは商品ではございません」
「非売品?」
「正確には、値を付けられない、と申しましょうか。古代遺物です」
「アーティファクト……」
聞き慣れた単語に、乃愛は円盤をまじまじと見つめた。
「古代の遺跡などから発掘される魔道具の総称です。現代の技術では製造できず、構造すら完全には解明されていないものも多くございます」
「じゃあ、これも何に使うものか分からないんですか?」
「いえ。こちらは用途そのものは判明しております」
男性が硝子箱の横にある説明札を示す。
「魔力を与えると周囲の温度や湿度、魔素濃度などを計測し、環境情報全般を記録するものです。ただし、どのような原理で測定しているのか、内部に記録された情報がどこへ蓄積されているのかまでは解明できておりません」
「動かせるのに、作れないんだ」
「はい。分解すれば二度と動かなくなる可能性もございますので、調査にも限界があります」
沙奈が面白そうに硝子越しに覗き込む。
「ほかにもあるんですか? こういうの」
「もちろんございます。国や研究機関が保有しているものが大半ですが、ごく稀に民間へ払い下げられることもあります。当店で扱うことがあるのは、そうした品ですね」
「へぇ。ちなみに、値段がつけられないものを、なぜ置いてあるんですか?」
「……競売にかけることがあるためです」
「なるほどね」
沙奈が楽しそうな声を上げる一方、乃愛は別のことを考えていた。
古代の技術。
現代では再現できない魔道具。
地下遺跡で見てきたアイテムや設備も、同じようなものなのだろうか。
転送陣や各種装置。膨大な本を収めていた書庫。今もなお機能していた設備や動力。
鑑定では説明されていなかったが、色々便利に使っている宝物庫にあった魔道具類も、その可能性が出てきた。性能が、店頭に並んでいるものと比べても、あまりに差が大きい気がする。
あの場にいた騎士に扮する魔人ザロフが鑑定して、許可されたものだけを持ち出している。そのことは魔族側も把握しているので、この国で使ってもそこまで不審には思われないだろうが、人族の国では慎重に扱うべきかもしれない。
「……あ」
「ん?」
ザロフで思い出したが、あの時、モノクルのようなもので、遺跡で手に入れたものを鑑定していなかったか。中には鑑定できないものもあったようだが、アイテム全般をそれ一つで鑑定していたはずだ。
乃愛は、首を傾げている沙奈にそのことをこそっと話す。
「そういえばそうだったね。ということは、一般に売られていないもので、他にも色々あるってことか……」
軍事品などであれば、なおさらそうかもしれない。世間に出回っているものより、ずっと高度な技術が使われている可能性もありそうだ。
「ところで——」
沙奈が話題を変えた。
「魔硝石って、魔道具には必ず使うんですか? 色々見せてもらったものの中には、いくつか使われていたみたいですが」
「必ずというわけではございません。しかし、その性質と加工のしやすさから、現在製造されている魔道具の多くには使用されています」
男性は売り場に置かれていた魔道具を一つ手に取った。
装飾の中央には、透き通った青色の石が嵌め込まれている。
「魔硝石には魔素を蓄積し、一定の状態で保持する性質がございます。魔道具においては、魔力を蓄える器や、術式を安定させるための素材として使われます」
「色はいろいろあるんですか?」
「含まれる成分や魔素の性質、不純物などによって多少見え方に違いはありますが、元々の色味は基本的に黒いですね。用途によって加工方法が異なりまして、その過程で様々な色に変化します。こちらもその一つです」
乃愛は昨日、市場で見た瓶詰めの魔硝石を思い出す。あれは加工前のものだった。
そして、部屋で見つけた黒い欠片。
一見しただけなら、よく似ていた。
「……加工前のもの、ありますか?」
「製品ではなく、素材としてですか?」
乃愛が頷くと、男性は少し考えてから、奥の棚を探し、小さな箱を持って戻ってきた。
「こちらになります」
蓋が開かれる。
中には、黒みを帯びた小粒の石がいくつか収められていた。
乃愛は無意識に身を乗り出す。
黒い。
けれど――。
「……違う」
小さく呟いた。
目の前の魔硝石は黒一色ではない。光に透かすと、奥に紫がかった色が見える。表面にも鉱石らしい光沢があった。
部屋で見つけた欠片は、もっと光を吸い込むような黒だった。
何より、近くで見れば質感が違う。
これであれば、市場で購入した瓶詰めの方が近いかもしれない。
「何かお探しのものが?」
「あ、いえ。昨日、市場でいろんな魔硝石を見かけたので……」
乃愛が咄嗟に答えると、男性は特に疑う様子もなく頷いた。
「当店にある素材は今はそれだけですが、同じ魔硝石でも少しずつ性質が異なっているものは多くございますよ。用途によって選別もされています」
「見た目だけじゃ、分からない?」
「はい。正確に調べるのであれば、先ほどの鉱物鑑定器のような専用器具を使用します」
沙奈の視線が、先ほど見せてもらった鑑定魔道具へ向いた。
「……それって、持ち込んだ石を調べてもらうこともできます?」
「当店でも簡易的な鑑定は承っておりますよ。ただし、未知の素材となりますと専門機関へ回すことになりますが」
「へぇ。便利ですね」
沙奈はそれだけ言って引き下がった。
乃愛も何も言わない。
黒い欠片は〈収納〉の中にある。
今ここで出して調べてもらうこともできる。
だが、どこで手に入れたのか聞かれる可能性が高い。客室で発見したと答えれば、首長たちにも話が伝わるだろう。
まだ、それをするべきかは判断できなかった。
魔硝石は、同じ名前でも見た目や性質に違いがあり、そしてそれを調べる方法があるかもしれない。
それが分かっただけでも、店へ来た意味はあったと思うことにしよう。
「どうする? 何か買ってく?」
「うーん……」
二人でもう一度、一般の売り場を見て回る。
収納魔道具は便利そうではあったものの、自分たちの〈収納〉がある以上、わざわざ高額なものを購入する必要はない。強いて言えば、温度を低く設定できるものなら食材や飲み物を冷やすのに便利そうだし、時間が経過するものであれば熟成させることができる。いずれにしても、今すぐ必要な物ではなかった。
その他にも、照明や着火、湯沸かしなどの生活用品も、魔法で代用できたり、手持ちの魔道具で事足りるものが多かった。
「あ、これはいいんじゃない?」
沙奈が指差したのは、黒くて平たい板だった。二つの円が描かれており、その中にそれぞれ紋様が刻まれている。
「『小型魔道調理台』だって。たぶんコンロのことかも。これがあれば、毎回かまど作らなくて済みそう」
「……確かに。いいね」
乃愛も瞳を輝かせる。
沙奈は他にも珍しい魔道具を見つけては、楽しそうに眺めていく。
結局、実用品としていくつか小物を購入しただけで、二人は店を後にした。
外へ出てしばらく歩いてから、沙奈が声をひそめる。
「だいぶ分かったね」
「……うん」
「収納の機能は、やっぱり隠した方がよさそう」
乃愛も同意する。
容量だけでも、市販されている高級品を遥かに上回っている可能性が高い。
そのうえ時間停止まである。
相馬たちへ新鮮な食材を大量に送り続ければ、事情を知る者にはいずれ不自然に思われるだろう。
「鑑定もね。何でも見られるのが普通だと思わない方がよさそう」
「……でも結局、魔道具でどこまで見ることができるかは、はっきりわからなかったね」
二人揃って、何とも言えない顔になる。
異世界へ来た直後は、便利な能力を与えられたくらいにしか思っていなかった。
けれど、この世界について知れば知るほど、自分たちが持っているものが一般的な基準から外れていることが分かってくる。
「まあ、とりあえず今まで通りでいくしかないか」
「今まで通り?」
「聞かれなきゃ言わない。見せなくていいものは見せない」
「……うん。それが、いいと思う」
ひとまず方針を確認したところで、二人は市場へ向かった。
今度の目的は、もっと単純だ。
「果物、果物っと」
昨日訪れた店を中心に、生の果物を何種類か追加で購入する。
さすがに大量に買い込みすぎると目立つため、生のものは数日で食べ切れそうな量に留め、代わりに乾燥させた果物を多めに選んだ。
相馬から届いていた希望を確認しながら、ほかにも不足している日用品を買い足していく。
布、紐、針、鍋、保存容器。
調理に使えそうな香辛料や調味料も、少量ずつ種類を増やした。
服や靴は、スマホで確認した寸法をこの国の単位に直しながら、なんとか伝えた。
大量にあったので寸法直しに二日ほどかかると言われたが、出来上がり次第、届けてくれるらしい。
「これ、欲しいって言ってたの誰だっけ」
「……埴生くん、だったと思う」
「こっちの布は?」
「新田さん」
「次は……え、これ何に使うの」
「さあ……」
「じゃあこれは?」
「…………」
「分かんなくなった?」
「……メッセージ、見る」
結局、途中からは一つずつ確認するのを諦め、希望品をまとめた一覧を見ながら籠へ放り込んでいった。
昨日の気楽なショッピングとは違い、完全におつかいだった。
「さすがに多いねぇ」
「……うん」
「これで足りないとか言われたら、次から自分で買いに来てもらお」
そんなことを言いながら、二人は次の店へ向かった。




