級友の放浪: 寒村・後始末
◆◇
雑木林へ戻ると、拘束しておいた者たちは、ほとんどが地面に転がったままだった。
案内として連れてきていた賊だけでなく、それに紛れていた村の住人だという男たちも縄で縛られている。
村へ向かっている間に騒がれては困るため、賊とまとめて東が〈催眠〉をかけておいたのだ。
「起こす?」
東に尋ねられ、相馬が男たちの様子を確認する。
「村の人だけでいいんじゃない? 賊まで起こしたら面倒だし」
「それもそうね」
東が一人ずつ催眠を解いていく。
やがて村の男たちが身じろぎし、ぼんやりと目を開いた。
「ここは……」
「村の近くの雑木林よ。賊は全員捕らえたから、あなたたちは帰っていい」
相馬が縄を解くと、男たちは慌てて体を起こした。
「本当に、全員……?」
「少なくとも、あなたたちから聞いた人数とは一致してる。村にいた人たちにも確認したから、間違いないと思うけど」
男たちは地面に転がされた賊と、後から連れてこられた一団を見比べる。
すぐには信じられないようだったが、やがて一人が深々と頭を下げた。
「その……さっきは襲って、済まんかった。いろいろと、ありがとう」
「もういいから、早く村に戻って。負傷者は仲間がまだ治療してる」
「あ、ああ」
男たちは何度も振り返りながら、林を抜けていった。
その姿が見えなくなるのを待ち、相馬は賊たちへ向き直った。
「さて、と」
河内たちは、村から連れてきた賊の武器や防具を取り上げた。
服も靴も剥ぎ取り、金品や道具類は一か所へ集めていく。隠し持っていた短刀や毒物が見つかるたび、河内の表情が険しくなった。
「あのさ……服くらいはいいんじゃないの?」
肌を晒した男たちから僅かに顔を背け、君島が尋ねる。
「なんか隠し持ってるかもしれねえし、ここから逃げても、まともな格好じゃなきゃ遠くまでは行けないだろ」
「まあ、それはそうだけど……」
「こいつら、攫った人間にはもっと酷いことしてたんだぞ」
横から武石が低い声で言う。
君島は反論せずに肩をすくめ、回収したものをまとめて収納バッジへ入れた。
全員の所持品を取り上げると、河内たちは賊がすぐには移動できないよう、片足を折っていく。
何人かは目を逸らし、その場から離れた。
林の中に、鈍い音と悲鳴が響く。
催眠が残っている者は呻くだけだったが、村から連れてきた者たちは激しく暴れた。
「や、やめろ! こんなことをして、ただで済むと思ってるのか!」
「お前ら、同じようなことを何人にしてきたんだ?」
河内は冷たく言い返す。
「殺さないだけありがたいと思えよ」
賊たちを動けなくすると、上総が地面へ手をついた。
土が低く唸り、木々の間に大きな縦穴が開いていく。壁はほぼ垂直で、片足を負傷した状態では這い上がれそうにない。
河内たちは賊を一人ずつ穴の中へ落としていった。
次々と落とされた男たちが折り重なり、罵声と呻き声が上がる。
「これで終わり?」
上総が土を払いつつ尋ねる。
「まだ」
千田が木々を見上げた。
その場へ屈み込み、地面へ掌を触れる。
周囲に生えていた草木がざわめいた。
幾本もの蔓が地面を這い、穴の縁へ集まっていく。蔓の先から細い棘が伸び、穴の中にいる賊たちの肌へ突き刺さった。
「ぎゃっ!」
「何だ、これ……体が……!」
悲鳴が次第に弱くなる。
棘から送り込まれた麻痺毒が回り、男たちの手足から力が抜けていった。
「数日はまともに動けないと思う」
千田は穴の中を見下ろしながら告げた。
「量は調整したから、これだけで死ぬことはないよ。ただ、無理に動こうとすると毒が早く回るよー」
口調こそ普段と変わらなかったが、酒瓶をぶつけてきた男を見る目は笑っていなかった。
「村じゃ操れる植物がほとんどなかったから、使えなかったんだよねぇ、これ。ここなら、いくらでも使えるけど」
穴の中の男たちは、もう怒鳴り返すこともできない。
「…… この中に魔術を使えるやつはいなさそうね。口までは塞がなくていいか」
相馬はしばらく彼らを見下ろしていたが、やがて視線を外した。
「数日はここから出られない。その間に村の人たちがどうするか決めるでしょ」
「放っておくか、始末するか、助け出すか……か」
君島が呟く。
「そこまでは、俺たちが決めることじゃねえよ」
「これ、本当に死なないの?」
「村の連中がどうするか決めるまでの数日だけだ。場所も伝えてある」
その場を離れようとしたとき、穴の底から掠れた声が届いた。
「ま、待て……」
河内が足を止める。
「何だよ」
「俺たちを……ここへ置いていったら……お前らも、国境は越えられねえぞ……」
河内は口角を上げた。ここは任せろという意味で相馬たちを片手で制す。
「どういう意味だ?」
穴の縁へ戻る。
声を上げた男は、麻痺した体を僅かに動かしながら、苦しげに息をしていた。
「今は……関所を、簡単には通れねえ…… 逃げ出そうとしてる連中で、溢れ返ってるからな……」
それは、道中連れてきた村の男から聞いていた話と同じだった。関所を通れない人々は、その周辺でスラム暮らしを余儀なくされているという。
「お前なら、国境を越える方法を知ってるって?」
「俺たちが……お前らを、どうするつもりだったと思う……?」
男の口元が歪む。
「売るんだよ……お前ら全員……」
河内の眉間に深い皺が寄った。
「誰にだ」
「国境を行き来してる……商人だ。人を運ぶための許可を持ってる……」
「そいつは、いつ来る?」
男はすぐには答えなかった。
河内が穴の底を睨みつける。
「言わねえなら、このまま置いていく。それだけだ」
「今日だ……」
「何?」
「今日の昼前……最後の商品を引き取りに来る……。ここを畳むことは、もう伝えてある……」
最後の商品とは、納屋に閉じ込められていた子供のことだろうか。そこへ運よくクラスメイトたちを見つけ、まとめて売れば儲けられると算段したのかもしれない。
「その商人が、あの村へ来るのか?」
「ああ……荷馬車を、何台か連れてくるはず……」
河内は期待のこもった目で相馬を見る。
相馬は険しい表情のまま黙り込んでいたが、やがて慎重に口を開いた。
「……わかった。それでいきましょう」
「おいおい……マジかよ」
鏑木は悲痛な表情で天を仰ぐ。
ここへ来るまでの道中に河内が発案していた計画が、採用されようとしていた。
「私たちは奴隷のふりをして馬車へ乗る。商人には、予定どおり取引を終えて、商品を隣国へ運んでいると思わせる……だったっけ」
賊がクラスメイトたちを売り飛ばそうとしていると知った時点で、買い手の存在は予想できていた。
この国が混乱している以上、売り先は近隣国にいる可能性が高い。さらに、賊がこの村を拠点としているなら、取引の際は買い手側がこちらへ来るはずだった。
関所が人で溢れていても、その買い手は国境を行き来できるということだ。
「商人が国境を越えられる許可を持ってんなら、正面から関所とやらを通れるだろ?手っ取り早く行こうぜ」
河内の読みは良いのだが、どこか楽観的だった。鏑木は渋面になる。
「でも、こいつらがいないのに取引できるのか?」
「そ、そうだ! 俺たちがいないと、うまくいかねえぞ!」
話が聞こえていたのか、穴の中から賊が吠える。
東は不快そうに賊を見下ろして、口を開く。
「商人にも催眠をかける?護衛や御者がいるなら、その人たちもまとめて」
河内の当初の計画は、賊を脅して商人を丸め込み、本当に奴隷になりすますというものだった。東としては、それだけはごめん被りたい。
「そこまではそれでいいとしても、関所でどんなやり取りをするか分からねえのに、かなり危なくないか?」
催眠がかかっているときのぼんやりとした状態を思い返して、鏑木はどこまでも慎重だった。
「……それでも、正面から身元を調べられるよりは、可能性があると思う」
相馬も慎重派だったが、事ここに至ってはそうも言っていられなかった。状況が変わり、意識を失っている子供を抱えることになっていたからだ。
この世界で身元を証明できる物を、クラスメイトたちは一つも持っていない。
二十人近くいる正体不明の集団が国境へ押しかければ、いくら混乱に乗じようとしても、警戒されるのは避けられない。その中へ紛れ込んだところで、全員が一度に通れるとも限らないだろう。
一方、人身売買を続けてきた商人が、これまでにも同じ方法で国境を越えているなら、その経路を使える可能性はあった。
「あんま難しく考えんなよ。元々、こいつらは俺たちを売るつもりだったんだから、その計画に乗っかってやればいいだけじゃねえか」
「……そうね。とりあえず、村へ戻って、知聖たちにも相談しましょう」
穴の底から漏れる呻き声を背に、相馬たちは今度こそ雑木林を後にした。
◇◆
村へ戻った頃には、空が青白く染まり始めていた。
子供は、まだ目を覚ましていない。
目に見える傷は新田と椎名の治療によって塞がっていたが、鉄輪の影響もあるのか衰弱が酷く、すぐに動かせる状態ではなかった。
それでも、この村へ長く留まるわけにはいかない。進行を妨害されないために、わざわざ賊の根城を潰しに来たのだ。自分たちの帰還のために、一刻も早く先に進みたかった。
賊から聞き出した話を村人へ確認すると、月に一度か二度、大きな幌馬車が村へ来ていたことが分かった。
村人たちは積み荷を直接見たことはないと言ったが、馬車が来た後には、捕らえられていた者たちがいなくなっていたらしい。
商人が来る日は決まっていない。
ただし、前回からそれほど日が経っていないにもかかわらず、今日は昼前に来るという話だった。賊がこの土地を離れる前に、最後の取引を済ませるためだろう。
クラスメイトたちは交代で仮眠を取りながら、商人が現れるのを待つことになった。
村人にはことが済むまで家から出ないように頼んでいる。
武器や目立つ荷物は全て収納バッジへ収めた。
捕らわれた者が学生服を着たままでは不自然かとも思われたが、この格好を見た賊も貴族だと考えて捕らえようとしていた。そのため、自前の外套を羽織るだけに留めている。
眠り続ける子供は毛布に包み、新田が抱えて馬車へ乗ることになった。
「まさか、河内の案でいくことになるとはね……」
話を聞いた有原は、信じられない思いでげんなりと肩を落とした。強行せざるを得なくなった発端は自分にあったので、強くは反発できず押し黙っている。
東が不安そうに尋ねた。
「さすがに全員で一台には乗れないよね」
「何台来るかにもよるけど、別れることにはなりそうね」
相馬は答えながら、縛られているように見せかけるための縄を確認する。
「縄はそれぞれ手元に置いておいて。商人たちを押さえたあと、捕らわれているように見せかけるから。あと、何かあったら、念話で共有するようにして」
「もし、商人たちに催眠が効かなかったら?」
「そのときは力ずくで馬車を奪うしかないだろ」
河内の言葉に、何人かが顔を引きつらせる。もう、どちらが賊なのか分からなくなりそうだった。
「いや、奪ったところで馬車なんて操作できねえだろ」
「脅して言うこと聞かせりゃいいじゃねえか。関所でも、商人には生きた通行証になってもらうんだからよ」
あっけらかんと言う河内は、どうやら本気らしい。鏑木がそれ以上言うのを諦めたところで、臼井が遠い目をしながら口を挟んだ。
「まぁ、最悪は、馬をテイムして動かせるか試してみるからさ……」
「まぁまぁ、これでも飲んでみんな落ち着いて」
いつの間にか周囲にいくつもの水球が浮かんでいて、皆の前に差し出された。新田が出したらしい。
それを見て喉の渇きも忘れていた一同は、素直に口へ含んでいった。
「ほんと、美味しいよなこれ」
「あー、なんか気が抜けてきたかも。ふわぁ、眠くなってきた……」
一同の張り詰めていた空気が僅かに緩んだところで、それぞれの服の内側から短い電子音が鳴った。
かつては聞き慣れた、しかし今はもう懐かしくなりそうな音に、皆顔を上げる。
「美濃さんからだ」
各々スマホを取り出すと、映し出された画面を見て皆一様に目を見開く。
時刻は、既に午前も半ばを過ぎている。
表示されていたのは複数枚の写真だった。
一枚目には、籠に積まれた色とりどりの果物。
二枚目には、芋や穀物、干し肉らしき保存食。
ほかにも、布、食器、調理器具、石鹸のような日用品が店先へ並べられている。
最後に短い文章が添えられていた。
『食料と日用品をまとめて買うことにしました。この中で、欲しい物や多めに必要な物はありますか?』
「うわ、食べ物だ」
君島が、思わず声を上げる。
「あ、やばい。急に腹減ってきた」
埴生がお腹を抑えて腹の虫を鳴らす。
賊の対応に追われ、皆昨日から何も口にしていなかった。
「果物あるじゃん。これ欲しい」
「肉は新鮮なやつで多めに頼めないかな」
「着替えも足りないよね。あと、鍋がもう一つ欲しい」
「待って待って。一斉に返してたら混乱すると思うから、意見をまとめてから送ろう」
相馬は皆を制しながら、返信画面を開いた。
まずは、こちらが無事であることを知らせるべきだった。
昨夜、何が起きたのか。
新たに一人、同行者が増えたこと。
これから商人の馬車を使って国境を越えようとしていること。
伝えなければならないことは幾つもある。
どこから説明するべきか考えていると、村の外を見張っていた武石の声が、〈念話〉を通じて全員へ届いた。
(馬車が来た。三台。人は御者を含めて八人いる)
相馬は指を止めた。
(武装してる?)
(全員、何かしら持ってる。先頭の馬車にいる男だけ、ほかの人とは服装が違う。たぶん、そいつが商人だと思う)
遠くから、馬の蹄と車輪の音が近づいてくる。
村の中にいた者たちの表情が、一斉に引き締まった。
「相馬、それは後だ。来るぞ」
「分かってる」
相馬は入力しかけた文章を消した。
今は、詳しい事情を説明している時間がない。
せめて無事だとだけ送ろうとしたが、相手を警戒させず村へ引き込むには、全員が配置につかなければならなかった。
相馬は画面を閉じ、スマホを服の内側へ戻す。
「予定どおり、商人たちを村の中まで入れる。知聖はその子と一緒に隠れてて。咲希はすぐ催眠をかけられるよう前に出て」
「分かった」
「いつでも動けるよ」
村の入口に、三台の幌馬車が姿を現した。
先頭の御者台には、上等な外套をまとった男が座っている。
その男は静まり返った村を見回し、不審そうに眉をひそめた。
「おい。迎えも出さずに、何をしている!」
誰も答えない。
馬車が村の中央まで進み、最後の一台まで完全に中へ入った。
相馬は物陰から男たちを見据える。
(今よ)
合図と同時に、クラスメイトたちは一斉に動き出した。
沙奈から届いたメッセージには、既読の表示だけが残されていた。




