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異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜  作者: さいのめ
第一章

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級友の放浪: 寒村・黒い影

 ◇◆


 相馬の返事が届く少し前、新田の周囲を巡っていた水が淡い光を放った。


 半壊した納屋から光の波紋が広がり、村全体を静かに通り抜けていく。


 地面を這っていた黒い影が、一斉に動きを止めた。


「な、何だ……?」


 河内と向かい合っていた賊が、怯えた声を洩らす。


 その足元まで伸びていた影は、力を失ったように地面へ沈み、黒い靄となって消えていった。


 家屋の壁へ突き刺さっていたものも、村人たちの家を覆いかけていたものも、跡形もなく霧散していく。


 直前まで村中を満たしていた圧迫感が、嘘のように消えた。


「収まった……のか?」


 武石が周囲を警戒しながら呟く。


 河内は納屋へ目を向けた。


 屋根と壁の一部を失った建物の中に、黒い影はもう見えない。代わりに、淡い青色の光が微かに揺らめいていた。


(そうだ、相馬……そっちはどうなってる!?)


 念話で呼びかけると、短い沈黙の後に返事が届いた。


(……こっちは大丈夫。今、全員の無事を確認してる)


 声は聞こえたが、相馬の息はまだ乱れている。


(何があったんだ?)

(こっちにもあの黒いのが来たのよ)

(マジか……)


 河内は思わず絶句した。


 村から少し離れて監視していた相馬たちのところにも、地面を伝って黒い影が押し寄せていたらしい。

 広がった影は林の手前まで達し、相馬だけでなく、東や多賀谷たちにも襲いかかった。

 国分が残していった召喚獣が力で押し返し、東や多賀谷が引きつけて皆を逃がしていたものの、数が多すぎて対処しきれなくなりかけていたという。


(でも、ついさっき急に全部消えた。こっちが手一杯で途中からよくわからなかったけど、たぶん、知聖が何かしたんだと思う)


(そうか……まあ、とにかく皆無事ならそれでいい)


「おい、まだ終わってないぞ!」


 鏑木の声が飛ぶ。


 河内は弾かれたように振り返った。


 黒い影が消えたことで、賊たちも我に返りつつある。

 ほとんどを無力化していたが、まだ全員を拘束できていない。


「今のうちだ! 逃げるぞ!」


 一人が叫び、村の外へ向かって走り出す。


「行かせるか!」


 河内がその背を追った。


 別の方向へ逃げようとした男の前には、光を帯びた聖剣を構えた鏑木が回り込む。


「武器を捨てろ」


「くそっ、ガキがふざけた剣を振り回しやがって……どけ!」


 自分でも薄々思っていたことを言葉にされ、鏑木は僅かに顔を引きつらせた。


 男が斧を振り上げる。


 鏑木は真正面から踏み込み、斧の柄を聖剣の腹で打ち払った。男の手を離れた武器が宙を舞い、離れた地面へ突き刺さる。


 体勢を崩した男の腹へ、武石の拳が叩き込まれた。


「ぐっ……!」


 男が膝をつく。


 そこへ海上が背後から組みつき、両腕を締め上げた。


「縄!」


「えーっと……あった」


 君島がその辺で拾った縄で男の手を後ろで縛っていく。


 黒い影が消えた今、形勢は完全に決していた。


 人数では賊の方が多いが、身体能力には大きな差があることも〈鑑定〉で確認済みだった。正面からまともに戦えば、クラスメイトたちが後れを取る相手ではない。


 ほどなくして、最後まで抵抗していた男が河内に地面へ押さえつけられた。


「離せ! お前たちは何なんだ!? 俺たちはこの村を守ってやってたんだぞ!」


「嘘こけよ。その村で好き勝手してた奴が、よく言うぜ」


 河内は男の腕を捻り上げたまま、手早く縄をかける。


 周囲を見回す。


 二軒目から出てきた賊は、これで全員だった。

 一軒目にいた者たちも既に拘束している。〈マップ〉で周囲を確認している東からも、逃げ出した者はいないと連絡が入った。


「……終わったな」


 誰かが呟いた。


 河内はようやく息を吐き、納屋へ目を向ける。


(相馬。こっちは片づいた)


(分かった。私たちもすぐにそっちに向かう)


 念話を終えると、河内は近くにいた海上たちへ拘束した賊の見張りを頼んだ。

 鏑木や武石とともに、半壊した納屋へ駆けていく。


 崩れた壁を回り込み、中を覗いた河内は足を止めた。


 意識を失った女性たちの傍では、椎名と国分が負傷者の手当てをしている。有原は片腕を押さえて座り込み、その隣には拘束された男が転がされていた。


 そして中央では、新田が小さな子供を抱いていた。


 特徴的な長い耳。


 銀灰色の長い髪。


 青黒い肌。


 首に残された鉄輪と、そこから垂れ下がる千切れた鎖。


 先ほどの黒い影を新田が消したのだとすれば、目の前の子供も無関係ではないだろう。


「新田。その子は……?」


「まぁ……色々あって。とりあえずもう大丈夫だよ」


 新田は子供を抱いたまま、眉尻を下げて困ったように河内を見上げる。


「かなり弱ってるから、先に治療したいんだけど」


「それは構わねえけど……」


 河内は崩れた壁の向こうへ目を向けた。


 騒ぎが収まったことで、家に隠れていた村人たちが少しずつ外へ出てきている。

 しかし、誰一人として納屋へ近づこうとはしない。

 その視線は賊ではなく、新田に抱かれた子供へ集中していた。


 怯え。


 嫌悪。


 そして、自分たちの村へ災いを持ち込まれることへの拒絶。

 助け出された子供へ向けるものとは思えない目だった。


「その子は……うちの村の子じゃない」


 人垣の中から、掠れた声が上がった。

 年老いた村人が、周囲に背中を押されるようにして前へ出てくる。


「少し前に、あいつらがどこかから連れてきたんじゃ。儂らは何も知らん」


 新田の表情から、困惑の色が消えた。


「それなら、この子はもらっていきますね」


 穏やかな声だった。

 だが、そこに村人たちの許可を求める響きはなかった。


 老人は気まずそうに目を伏せる。


「わ、儂らだって、可哀想だとは思っとる。だが、あんなもんを見せられては……」


 その視線が、新田の腕の中へ向けられた。


 変色した青黒い肌と銀灰色の髪。痩せ細った体には、拭いきれなかった血と汚れがこびりついている。


 今は大人しく眠っているが、ほんの少し前まで、この小さな体から噴き出した影が村全体を呑み込もうとしていた。


 恐れるなという方が無理なのかもしれない。

 それでも、有原は納得できなかった。


「この子は、自分の意思でやったわけじゃない」


 椎名に腕を診てもらいながら、村人たちを見上げる。


「ずっと鎖に繋がれて、酷い目に遭わされてたんです。暴れたのだって、助けようとした私たちを怖がったからで……」


「凛」


 新田が静かに呼び止める。


 有原は口を噤んだ。


「言っても、どうしようもないよ」

「でも……」

「この人たちにも、この人たちの生活があるから」


 責める響きはなかった。

 だが、理解を示しているようにも聞こえない。


 新田は子供を抱き直すと、河内へ顔を向けた。


「連れていってもいい?」

「もう決めてんなら、いちいち聞くなよ」

「一応、みんなにも聞かないと」

「それより、先に治療するんだろ?」

「うん。そうだね」


 新田は納屋の隅へ移動し、比較的汚れの少ない藁の上へ子供を横たえた。


 椎名も有原の治療を終えると、すぐにその傍へ向かう。二人が子供の状態を調べ始めたところへ、相馬たちが合流した。


 相馬が納屋へ入り、眠る子供を一目見て足を止める。


「この子が、あの影を?」


「そうみたい」


 国分が答えると、相馬は黙ったまま子供へ近づいた。


 傷だらけの体と、首に残る鉄輪を見下ろす。鉄輪には魔法陣のような細かな模様が刻まれていたが、その一部は黒く焼け焦げ、機能を失っているようだった。


「外せないの?」


「今は触らない方がいいと思う」


 新田は鉄輪を調べながら答えた。


「体の中にある何かと繋がってる。無理に外すと危ないかもしれない」

「何かって?」

「それが分からないの。魔力とも、瘴気とも少し違う」


 相馬は眉を寄せた。


 この騒ぎを鎮めた新田が分からないと言うなら、ここで調べ続けても答えは出そうにない。


「それで、この子を連れていきたいって?」

「この村には置いていけないから」

「どこの子なの?」

「まだ聞けてない。目が覚めても、まともに話せるかどうか……」


 相馬は眠る子供をしばらく見つめた後、周囲を見回した。


「反対する人はいる?」


 誰も手を上げなかった。


 積極的に賛成する声もない。


 ただ、この場へ残していくという選択だけは、全員が既に捨てているようだった。


「じゃあ、連れていく。それでいいわね」


 相馬の言葉に、新田は小さく頷いた。


「ありがとう」

「まだ礼を言うのは早いよ。起きたらまた暴れる可能性もあるんだから、しばらくは知聖が面倒を見てね」

「うん。そのつもり」

「それから一人で抱え込まないこと。異変があったら、すぐに全員へ知らせる」

「分かった」


 素直に返事をする新田へ、相馬は疑わしげな目を向ける。


 そのやり取りを見ていた河内は、ようやく肩から力を抜いた。


「子供のことは、それで決まりだな。次は、こいつらをどうするかだ」


 崩れた壁の向こうでは、拘束された賊たちが一か所へ集められている。


 意識を失ったままの者もいれば、縄を解こうともがいている者もいた。見張りに立つ鏑木や海上が武器へ手をかけるたび、抵抗は目に見えて弱くなっている。


「さすがに殺すのはちょっと……でもこのままってわけにもいかないよね」


 君島の言葉に、村人たちの間から動揺が広がった。


「ま、待ってくれ。あいつらを村に残されたら困る!」

「縄を解かなくても、いずれ抜け出すぞ」

「仲間が戻ってくるかもしれん」


 先ほどまで子供を押しつけ合っていた村人たちが、今度は口々に訴え始める。


 河内は苛立ちを抑えながら、老人へ尋ねた。


「どっか通報できそうなとこはねえのか。兵士とかいないのか?」

「ここから北へ半日ほど行った町に、代官様の屋敷がある。だが……」

「そこへ知らせればいいんだな」

「……いや、おそらくもう他所へ逃げ出して、誰も残っとらんと思う」

「はぁ、じゃあどうすりゃいいってんだ」


 河内が頭をガシガシと掻いていると、有原が声を上げた。


「賊は、ここに置いていく」


「は?いやそれは……どうなんだ?」


 思わぬ意見に、河内は面食らう。

 村人たちに悲鳴混じりの動揺がさらに広がっていく。


「これ以上連れて行けないし、あの子が目を覚ましたときにあいつらを視界に入れたくない」


 有原は、縛られて不貞腐れている賊たちをひと睨みしてから、村人たちを見回した。


「私たちにとっては、先に進む時間が少し稼げればいいだけだから、数日動けなくしておくだけで目的は果たせる。だから、その間にどう始末をつけるのかは、ここの住人次第」


 それを聞いた相馬は、少し考えてから口を開いた。


「……そうね。じゃあこうしましょう」


 相馬は、これまでの経緯と今後について村人たちへ簡単に説明した。


 旅の途中で、ここにいる賊の仲間と思われる連中に襲われたこと。その場で制圧し、一部は怪我を負わせて即席の縦穴へ落とし、残りを捕らえてここまで連れてきたこと。

 ここにいる賊も同じように対処していくので、その後どうするかは村の自由であり、自分たちは関知しないことを念押しした。


 また、聞き取りの結果、道中とここにいる人数で賊の総数は一致したため、仲間が報復に来ることはないだろうとしたが、別の一味がまだいる可能性は示した。

 だが、どれだけ残っているかも分からない危険を全て取り除くことは、ここに留まらない限り不可能なので、後は村で判断してもらうしかない。


 話を聞いた村人たちは互いに顔を見合わせる。ぼそぼそと何事か言い合ったあと、老人が前に進み出た。


「分かりました。その後のことは、こちらで決めます。謝礼として渡せるものは何もありゃしませんが……助けていただき、ありがとうございました」


 老人は深々と頭を下げた。

 周囲の村人たちも、それに倣うように頭を下げていく。


 有原は何も答えず、納屋の隅へ顔を向けた。


 意識を失っていた女性たちは、全員がこの村の住人だった。


 目を覚ました者から話を聞いたところ、賊に逆らったため納屋へ連れ込まれた者や、逃亡しようとして捕らえられた者らしい。


 他所から攫われてきた者は、あの子供だけだった。


 それ以前にも、幾人もの旅人や近隣の住人がこの村へ連れてこられていたという。しかし、その者たちは既にどこかへ売り払われていた。

 ここに残っていた賊たちも、もう長く村へ留まるつもりはなかったらしい。


 周辺の集落から人が消え、街道を行き交う者もほとんどいなくなった。奪える食料も、売り物にできる金品や人間も尽きかけている。

 最後にクラスメイトたちを捕らえた後、村を捨てて別の土地へ移る予定だったという。


「最後の獲物、ね」


 相馬が冷ややかな目で賊たちを見る。


「随分と運が悪かったみたいね」


「向こうからすれば、そうだろうな」


 河内は吐き捨てるように言うと、拘束した賊の一人を立たせた。


「ほら、歩け。お仲間のところへ連れてってやるよ」

「ど、どこへ連れていく気だ?」

「こっから少し離れたとこの林だよ。お前らの仲間が待ってる」

「まさか……」


 賊の顔が引きつる。

 狙っていた者たちは目の前にいる。それなのに仲間は戻ってこない。ようやく今の状況に思い当たったのか、男の顔から脂汗が滲み出た。


「ま、待て。話し合おう。俺たちは命令されてただけだ!」

「誰に?」

「そ、それは……」

「言えねえなら、話し合うこともないな」


 河内が男の背を押す。


 村にいた賊たちは数人ずつ縄で繋がれ、先ほどまで相馬たちがいた村外れの雑木林へ連れていかれることになった。


 新田と椎名は、保護した子供や負傷した村人の治療のため、もうしばらく村へ残る。国分や有原たちもその護衛として残り、相馬たちが賊の処理を終えた後に合流することになった。


「さっさと、歩け」


 河内に背中を押され、賊の男がよろめきながら歩き出す。

 他の者たちも縄で繋がれたまま、その後へ続いた。


 村人たちは誰も声をかけなかった。

 ただ黙って、彼らが村から連れ出されていくのを見送っている。



 縄で繋がれた賊たちが、相馬たちに連れられて村を出ていく。


 その姿を見送り、新田は腕の中へ視線を落とした。


 治療を続けても、子供はまだ目を覚まさない。


 呼吸は先ほどより落ち着いている。


 それでも、首に嵌められた鉄輪の奥――体の内側に残る得体の知れない何かは、消えていなかった。


「……君は、どこから来たのかな」


 答えはない。


 新田は眠ったままの子供を抱き直した。


 その小さな体から、もう黒い影が溢れ出すことはなかった。


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