級友の放浪: 賊の根城・寒村①
◇◆
酒が尽きるころには、皆寝静まる。
捕らえた賊女から聞き出した言葉どおり、村の明かりは日付が変わるころにはほとんど消えていた。
一同は街道を外れ、村を見下ろせる雑木林の中に身を潜めている。灯はないが、夜目がよく利いていて視界に問題はない。
村の周囲には背の低い柵が巡らされ、その内側には大小の古びた木造家屋が三十軒ほど建ち並んでいた。少し離れた場所には畑があり、家畜を入れているらしい小屋もある。荒れ果てた様子はなく、道具や荷車もきちんと片付けられていた。
昼間に見れば、ごく普通の農村にしか見えなかっただろう。
ここが賊の根城にされているとは、何も知らずに訪れた者には一見して分からない。
「……村民の人数は?」
相馬が声を潜めて確認する。
東は〈マップ〉へ意識を向けながら頷いた。
「たぶん百人ちょっと。でもこの中でどれが賊なのかまでは見分けられないかな。敵意を向けられたらわかるとは思うけど」
「起きてこられると面倒だし……建物で判断するしかないか」
相馬は村の中央付近へ目を向けた。
他より一回り大きな家屋が二軒、その向かいには納屋らしき建物がある。賊女の話では、仲間の多くが寝泊まりしているのはその三か所だった。
村人たちの家は、そこを取り囲むように並んでいる。
もしそこに全員がいるのなら、賊だけを狙うなら難しくはない。
だが、そこに村人がいた場合は確実に巻き込むことになる。こちらの状況が悪ければ気にしていられないが、作戦に組み込むほど非情なことは考えていなかった。
「先に中を確認させてみるね」
東は、少し離れた木の根元へ座らせていた賊女の前にしゃがみ込んだ。
女の両腕は後ろ手に縛られている。瞳は焦点が合わず、表情にもほとんど変化がなかった。
「今から村へ戻って。もし仲間に会ったら、適当に言い訳して」
「……わかった」
「三カ所の建物に入って、村の人がいるか、起きている人がいたら何人いるかも確かめてから、誰にも見られず戻ってくること。余計なことは何も言わない。仲間を起こしたり、私たちのことを知らせたりもしない」
「わかった……」
縄を解くと、女はふらつきながら立ち上がった。
「あの人、大丈夫そう?」
女の終始虚ろな挙動に不安を覚えた相馬の問いに、東は自信なさげに振り返った。
「催眠はまだ効いてる。少なくとも、今の命令に逆らうことはないと思うけど……あの感じだとすぐ不審がられるかも」
「まぁ、仕方ないか」
「このスキル、慣れそうにないんだよね。あんまり使いたくもないし」
東がげんなりした様子で肩をすくめる。
「うまくいったら、ラッキーくらいに思っておこう。警戒だけしておいて」
皆それに頷くと、少しばらけ、それぞれの持ち場に就く。攻撃できる者は前に出て、防衛できる者は間に入り、非戦闘員は一番後ろに下がった。
「……なんかムカつくんだけど」
後ろを見た有原は苛立ちを露わに呟く。
攻撃できる有原は前に出ているが、非戦闘員として後ろにいるメンバーには、相馬、臼井、埴生、上総、小高、大須賀と、男子が圧倒的に多かった。
相馬は司令塔かつ攻撃手段が皆無。臼井はテイムした魔獣に指示はできるが自身は何もできない。上総もほぼ同様で、鉱物から錬成したものを遠隔操作できるものの、錬金術自体に直接的な攻撃手段はほとんどない。大須賀は機械加工ができるらしいがその能力はいまだ判然としていない。
ここまでは、わかる。
「てかさ、小高と埴生はなんでそっちにいんの」
しかし、埴生は爆破攻撃ができるし、小高は魔術師だった。
『えっ?』
「キョトン顔やめろ」
「いや、だって……僕、闘うとかできないよ。生まれてから一度も人を殴ったことも殴られたこともないんだ。ぜったい無理だよ」
「俺はさ、爆発させるくらいしかできないみたいだし、人に向けると危ないじゃん?ちなみに俺も人を殴ったことなんてないな」
小高と埴生がペラペラと言い訳を捲し立てるのを聞いて、前線メンバーの顔が段々と引き攣っていく。
「……へぇ。じゃあ私らは暴力女だから前に出て当たり前ってことね。ふーん」
口元に薄ら笑みを浮かべながら目はまったく笑っていない多賀谷が、うんうんと頷きながら二人に近寄って、小高と埴生の肩をガシッと後ろから掴む。
「え、え?」
「なんだよっ」
そのまま埴生を鏑木に放るように押し出して、小高の首根っこを掴みながら先頭に連れて行く多賀谷。
「ま、誰だってさ。初めてはあるんだし。ね?」
「いや、あの……だからってなんで一番前に」
「何言ってんの。私も横にいるっしょ。あんたのハジメテ見ててあげるから、遠慮なく突っ込んでくれていいんだからね」
「ひぇ」
小高から情けない声が漏れる。
多賀谷のその口調は柔和だが、その目は据わっていた。小高はその眼力から逃れられない。
埴生を引き取った鏑木は、その背をバシッと叩いた。
「いだっ!?」
「気合い入れて、それなんとかしろ」
「いってーなぁ……もう、なんだよ気合って……どうすりゃいいの」
「キバってとりあえずぶっぱなしときゃいいんだよ。こうだよ、こう!」
「ひぇぇ、何言ってんのか全然わかんねぇ」
鏑木自身、聖剣を振り回しているうちに様々な攻撃手段を身につけてきた。その経験から、とりあえずやってみれば何とかなると身振り手振りで伝えるが、埴生にはまったく通じていなかった。
そうこうしているうちに、命令された賊女は街道へ戻ると、村の入口へ向かって歩いていった。
門らしいものはなく、柵の途切れたところに見張り台が一つ設けられている。そこに人影は見当たらない。
女が村へ入って間もなく、大きな家屋の扉が開いた。
中から出てきた男が、何か声をかける。
女は立ち止まり、短く言葉を返した。
距離があるため内容までは聞き取れない。しばらく二人で話したあと、男は興味を失ったように家へ戻っていった。
女もその後に続く。
「気づかれてはいないみたい?」
「まだ安心できない」
東は〈マップ〉を見つめたまま答えた。
印をつけておいた女の反応が、大きな家屋の中を移動していく。何度か立ち止まり、隣の建物へ向かい、最後に納屋の近くまで移動する。
やがて女は来た道を引き返してきた。
「どうだった?」
雑木林まで戻ってきた女を、東が迎える。
「起きていたのは……二人。見張りの男と、酒を飲んでいた男……。他は寝ている」
「十五人全員いた?」
「いる……」
「村の人たちは?」
女はしばらく黙っていた。
命令された答えを探しているように、ゆっくり首を傾ける。
「家にいる」
「それだけ?」
「逆らわないように……夜は、外へ出ないよう言ってある」
相馬の眉間に皺が寄った。
「出たらどうするの」
「見つけた者が……好きにしていい」
「好きにって、何を?」
「紬希」
東が制止するように名を呼ぶ。
聞かなければならないことだと分かっていても、その先をこの女の口から聞くべきか迷っているようだった。
しかし、相馬は退かなかった。
「答えて。今まで、外へ出た村人をどうしたの」
「男は殴る。女なら……」
賊女はそこで口を閉ざした。
催眠を受けているはずなのに、初めてその表情が歪んだ。
「……仲間のところへ、連れていく」
雑木林の中に重い沈黙が落ちる。
遠くで犬が一度だけ吠えた。
すぐに静かになったのは、誰かに止められたからなのか。それとも、普段から鳴かないよう躾けられているのか。
国分が村の方を見ながら、小さく呟いた。
「さっきから、精霊が騒いでる」
「何かいるの?」
「分からない。でも、納屋の辺りを嫌がってる……?」
賊女が最後に立ち寄った建物だった。
東が〈マップ〉を確認する。
「中に反応がある。五人……いや、もっといるかもしれない。重なってて分かりにくい」
「賊はそこ以外にもいるんだよね?」
「大きな家の方にそれぞれ六人いるから……そうなると、数が合わないね」
賊以外の誰かがいる。
その意味を理解し、全員の顔から表情が消えた。
「二手に分かれよう」
河内が籠手を装着した両拳を付き合わせる。
「先に起きている二人を押さえる。その間に納屋を確認する。騒がれたら、寝ている連中も一斉に出てくるぞ」
「私、納屋へ行く」
有原が即座に言った。
「私も行く。中に怪我人がいたら、必要になるよね」
「……なら、あたしもそっち行くよ」
新田の言葉に、恐々と椎名も同調した。
村の中には、今も人が暮らしている。
だからこそ、大きな威力がある攻撃は使えない。火を放つことはおろか、建物ごと吹き飛ばすようなこともできなかった。
十五人を、村人に気づかれるより先に制圧する。
誰か一人にでも叫ばれれば、眠っている賊だけではなく、家の中の村人たちまで動き出すかもしれない。
「行こう」
河内の声を合図に、突入組が雑木林を出た。
顔ぶれは、河内、鏑木、有原、新田、椎名、千田、国分、武石、君島、海上、以上十名だ。
結局、突入時に埴生と小高の二人を最前線へ置くのは危険だと判断され、後方からの攻撃支援に回されることになった。
小高を前線へ送り出した多賀谷は後方に残る非戦闘員の護衛へ回り、それに加えて、東と国分の召喚獣も護衛として残る。
ただし、相馬は念話、東はマップ、臼井は鳥の従魔を使って遠隔から支援する。
足音を殺し、村の外周に沿って進む。
近づくにつれて、家々の様子がよく見えるようになった。
軒先には洗った農具が立て掛けられ、物干しには子供用らしい小さな服が残されている。窓の隙間から、消えかけた暖炉の火が見える家もあった。
確かに、人の暮らしている村だった。
それなのに、夜更けとはいえあまりにも静かすぎる。
人の気配を察したのか、窓の奥で何かが僅かに動いた。だが、確かめようと顔を出す者はいなかった。
一行は二手に分かれた。
ここからの会話は〈念話〉を使う。〈マップ〉も共有されていた。
河内たちは、明かりの残る大きな家屋へ向かう。
有原、新田、椎名、国分は、建物の陰を伝って納屋へ回り込んだ。
扉の前に見張りはいない。
国分が扉へ手を近づける。
風の精霊が、隙間から中へ入り込んでいった。
(すぐそこに三人。少し離れたところに……何人か固まってる。ほとんど動いてない)
直後、国分は弾かれたように手を引いた。
(どうしたの?)
(奥に、大きな、何かが……)
国分の声音が揺れて、言い淀む。
(とりあえず、見てみないことにはわかんないでしょ)
有原が取っ手へ手を掛けると、扉は抵抗もなく僅かに開いた。鍵すら掛けていないらしい。村人が逆らわないと高を括っているのだろう。
淀んだ空気が、隙間から流れ出してきた。
湿気によるカビや土のにおいのなかに、汗と排泄物、錆びた鉄に似た臭いも混じっている。
椎名が思わず口元を押さえた。
納屋の手前では、三人の男が床へ転がって眠っていた。
その周囲には酒瓶と食べ残しが散乱している。
その少し離れた先の片隅。
即席の寝床と、積み上げられた荷物の陰に、何人もの人間が横たわっていた。
誰一人、扉が開いたことに反応しない。
有原は男たちの間を抜け、その場所へ近づいていく。
上から大きな布が一枚被せられていたが、その隙間から見えたのは、裸足の女性だった。
両足には逃げられないよう縄が巻かれ、広く露出した肌の至るところに青黒い痣が残っている。その隣にも、そのまた隣にも、同じように横たわる者がいた。
生きているのかどうかすら、分からないほど、微動だにしない。
(結已)
呼びかけた有原の声は、少し掠れていて低かった。
椎名と新田が駆け寄る。
一人ずつ脈と呼吸を確かめていくなか、さらに奥にいた国分が不意に足を止めた。
壁際には、太い格子戸で仕切られた区画が二つ並んでいた。
人が過ごすために作られたものではない。家畜を入れておく囲いのような、低く狭い区画だった。
その一方の格子戸には、外側から太い閂が掛けられ、その上に鎖まで幾重にも巻かれている。
向こう側から、何かを引きずるような音がした。
(……まだ、いる)
(ちょっとどいて)
国分が手を伸ばすよりも早く、有原は鎖を握り締めてその金属を粉々にした。
閂を持ち上げ、音を立てないよう地面へ置く。
僅かに、扉が開いた。
開いた隙間から、細い腕が伸びてきた。
暗闇の中で誰かが息を呑み、怯え切ったか細い声で懇願する。
「ごめんなさい……もう、逆らいませんから」
助けを求める言葉ではなかった。
ここで何をされてきたのか、その一言だけで十分すぎるほど伝わった。
有原は眠っている賊と思われる三人へ振り返った。
先ほどまで胸の内を満たしていた怒りが、急速に冷えていく。
「里桜」
ひどく静かな声だった。
「こいつら、縛って」
「……分かった」
「絶対に、目を覚まさせないで」
それが慈悲から出た言葉ではないことを、国分は分かっていた。




