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異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜  作者: さいのめ
第一章

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市場

 ◆


 ピーチクが足を止めたのは、広い通りの中央に設けられた乗降場だった。


 石畳の一角が円形に区切られ、その周囲には同じような大型の生き物や、車輪のついた乗り物が何台も並んでいる。


 乃愛たちが乗ってきたピーチクほど大きな個体は珍しいらしく、近くにいた人々が次々と足を止めていた。


「到着いたしました」


 前方からジンバウムの声が聞こえる。


 ピーチクがゆっくりと脚を折り畳み、地面へ体を沈めていく。


 籠が下がるにつれて通りにいる人々の顔が近づいてきて、乃愛は反射的に背筋を丸めた。


 近い。


 籠の上から眺めていた時とは違い、視線が直接肌へ突き刺さってくるようだった。


「ノア、手」


 沙奈が先に立ち上がり、こちらへ手を伸ばす。


「……ありがとう」


 乃愛はその手を握り、なるべく周囲を見ないようにして階段を下りた。


 自然な流れで手を差し出してくれたが、手を繋いでいないと沙奈のスキルが乃愛には効かない。負担をかけていることに申し訳なさを覚えつつも、今はそれに甘えるしかなかった。


 最後の一段へ足を下ろした瞬間、背後から小さな鳴き声が聞こえた。


「ピィ」


 振り返ると、ここまで乗ってきた大きなピーチクが首を傾げながら乃愛を見下ろしている。


 黒く丸い目と視線が合った。


 先ほど胸元の毛を勝手に触ったことを覚えているのだろうか。


「か、かわ……あ、ご、ごめんね」


 くりくりとした瞳にやられて、またも強い衝動が起こりそうだったが、乃愛は震える腕を抑えて、小さく頭を下げると、ピーチクは短い翼を広げてもう一度だけ鳴いた。


「ピィ」


「帰りにも乗れますよ」


 車止めに手綱を結んでいた手を止めたジンバウムが、横から微笑みかける。


「は、はい」


 思わず顔を上げると、ジンバウムは少し驚いてから、柔らかく頷いた。


「では、私はこちらで待機しております。……少し離れたところで、アクシキンがついていくことになりますが、ご理解願います」


 それを聞いて、ほんの少しだけ心が弾む。護衛は仕方ないにしても、ここからは自由に見回って良いということだ。


「それでは、まず中央市場へご案内いたします」


 エレナが通りの先を示した。


 そこには、石造りの大きな門があった。


 門の上部には色鮮やかな布が何重にも渡され、風に揺れている。両脇には果物や穀物、瓶、衣服などを象った看板が並び、遠くからでも市場の入口だと分かった。


 門の向こうからは、大勢の話し声と、物を運ぶ音、何かを焼く香ばしい匂いが流れてきていた。


「市場の中は、少し人が多いかもしれません」


 エレナが申し訳なさそうに言う。


 乃愛の体が強張ったことに気づいたのかもしれない。


「休憩できる場所もございますので、気分が優れなくなりましたら、すぐに仰ってください」


「は、はい……」


「無理そうなら、一度外に出ようね」


 沙奈にも小声で言われ、乃愛は頷いた。


 しかしここまで来て乃愛の一存だけで引き返すなど、さすがに迷惑が過ぎる。


 確かに、怖さはあるし、そう簡単には消えそうもない。


 それでも門の向こうには、先ほど籠の上から見えた食材や、見たことのない商品が並んでいるはずだ。


 乃愛は沙奈の手をしっかりと握り返しながら、二人と並んで市場へ足を踏み入れた。


 中へ入った瞬間、空気が変わった。


 色。


 音。


 匂い。


 通路の両脇へ所狭しと並べられた商品が、一斉に視界へ飛び込んでくる。


 赤や黄色、紫色の果物。


 天井から吊り下げられた謎の肉。


 小さな瓶へ詰められた香辛料。


 鳥籠のような容れ物の中で動いている、野菜なのか生き物なのか分からない何か。


 ……そして今は触れないが、一様に同じ特徴を持った店員たち。


 魔族の国へ来たのだという実感が、今になって急に押し寄せてきた。


「すごい……」


 乃愛の口から、自然に声が漏れた。


 元の世界でいう商店街のような光景なのだろうが、乃愛にとっては、テレビの中でしか知らないことだった。


「でしょ?」


 なぜか沙奈が得意そうに笑う。


「サナ様も、こちらへいらっしゃるのは初めてですよね?」


「うん。でもノアが楽しそうだから」


 沙奈の言葉に、乃愛は自分の表情を確かめるように頬へ触れた。

 どんなにだらしない顔をしていたのだろう。おのぼりさんみたいで、ちょっと恥ずかしい。


 でも、先ほどまで人の視線が怖くて仕方がなかったのに、今は店先に並ぶ品々から目が離せない。


「お探しの食材は、どのようなものですか?」


 エレナに尋ねられ、乃愛は晩餐会で〈鑑定〉したときの名称を思い出す。


「えっと……“オレンゴサン”っていう、果物です。黄色くて、甘酸っぱくて……昨日出たタルトに、入っていました」

「ああ、オレンゴサンでしたら、今がちょうど旬ですね」

「え、本当ですか」

「はい。沢山並んでいると思いますよ。果物を扱う区画はあちらですので、参りましょう」


 エレナが先導するように少し前を歩き、乃愛たちもその後を追う。


 その途中、通路脇に置かれた商品へ、乃愛の視線が吸い寄せられた。

 黒い石のような欠片が、透明な瓶の中に幾つも詰められている。


 一瞬、今朝見つけたものと同じに見えた。


 足を止めかけた、そのとき。


「ノア?」


 沙奈に呼ばれ、乃愛は慌てて顔を上げる。


「な、なんでもない……」


 そう答えながらも、もう一度だけ瓶へ目を向ける。


 値札らしき札には、こう書かれていた。


 ――魔硝石。加工用。


 名称を目で追いながら、乃愛は瓶の中身へ意識を集中させた。

 今朝見つけた黒い欠片と比べるため、こっそり〈鑑定〉を使う。


 魔硝石(ましょうせき)。

 魔素が結晶化した鉱物。粉末状に加工され、魔道具の原料から食品添加物まで、幅広く使用される。


 表示された情報は、ごく普通の商品であることを示していた。

 少なくとも、今朝見つけた正体不明の欠片とは違う。

 けれど、色も光沢もよく似ている。


 乃愛が見つめている先に気づいたエレナは、横に来て教えてくれた。


「あれは魔硝石ですね。柔らかく水に溶けやすいので、魔道具など、生活に必要な様々なものに使われていますよ。あちらに並んでいるものは加工前の素材ですね」


「そ、そう、なんですね……」

「あちらを先に見ていかれますか?」

「い、いえ。ちょっと、前に似た石を見たので、気になって……」


 正確には今朝、部屋で見つけたばかりなのだが、ここで話すべきか迷って口を濁す。


 エレナは不思議そうにしながらも、それ以上は追及しなかった。


 代わりに、沙奈が繋いだ手へ僅かに力を込める。


 あとで調べよう。


 言葉にされなくても、そう言われた気がした。


「こちらが果物を扱う区画です」


 通路を一つ曲がると、店先を彩る色が一段と鮮やかになった。


 木箱や籠の中に、丸いもの、細長いもの、棘の生えたものまで、形も色もさまざまな果物が山のように積まれている。


「これですね」


 エレナが示したのは、拳大くらいの橙の実だった。


 店員が乃愛たちに気づき、薄く切った果実の載った盆を差し出してきた。


「どうぞ。今朝届いたばかりのものです」


「あ、ありがとう、ございます」


 受け取ると、甘酸っぱい香りが鼻へ抜ける。


 シャク。


 昨夜のタルトに使われていたものよりも酸味が強いが、噛むほどに濃い甘さが広がった。


「おいしい……」


「ほんとだ。食感は林檎っぽいけど、桃の甘さにオレンジの酸味を足したみたいな、不思議な味」


 試食として差し出されたものを沙奈が次々と口に入れていく。


「気に入ったのでしたら、お買い求めになりますか?」


「はい。仲間にも食べてもらいたいです」


 沙奈と相談し、このあと戻ってから食べる分とは別に、後日合流するクラスメイトの分も注文しようとする。


 ところが、希望する量を聞いたエレナは、少し困ったように眉を下げた。


「持ち帰り用でしたら、ご出発の日にまとめて用意いたしましょうか?」


「あ……」


「こちらの分だけでなく、肉や野菜なども新鮮なものをお渡しできます。今から購入されては、ご出発までに傷んでしまいますので」


「そ、そうですね」


 沙奈と目を合わせる。


 二人の〈収納〉へ入れたものは、取り出すまで状態が変化しない。ここへ来るまで何日も過ごす間、食料が傷まなかったことから、鑑定の説明通り、収納内では時間そのものが止まっていると考えている。

 しかし、こちらが保有している収納道具の詳しい性質までは知られておらず、伝えてもいなかった。収納スキルについては持っていることも知らないはずだ。


「じゃあ、持ち帰る分は最後にお願いしようか」

「う、うん」

「ありがとうございます。必要な量を記録しておきますね」


 エレナが手帳を取り出し、品名と数を書き留めていく。


 今日は味見を兼ね、すぐに食べる分だけを買うことにした。


 乃愛はポケットに入れていた包みから折り畳まれた紙幣を取り出す。


 出発前、地下遺跡から持ち出した金のインゴットの一部を、この国で使える貨幣へ換えてもらっていた。

 硬貨は存在せず、全ての単位は紙幣で統一されている。紙幣には細かな幾何学模様と見知らぬ人物の横顔が描かれ、端のほうには透かしらしきものまで入っており、構造は元の世界のものに近かった。


 ただし、まだ金銭感覚までは掴めていない。


「えっと……これで、足りますか?」


 換金してから初めての買い物だったため、今は大きめのお札しか持っていなかった。

 値札を見ながらおそるおそる紙幣を差し出すと、店員はその中から一枚だけ受け取り、何枚もの小額紙幣を返してきた。


「お札が増えて返ってきちゃった……なんか変な感じ」


「一個百リンか。物の価値は、ひとまずこれが基準になりそうだね」


 硬貨がないという感覚に慣れない乃愛だったが、沙奈は色々な値札を見比べながら物価を把握しようとしているようだ。


 紙袋へ入れてもらったオレンゴサンを一つずつ手にし、食べながら次の店へ向かった。皮ごと丸かじりすると、ほどよい歯応えがあって美味しい。


 その後も、乃愛たちは市場の中を順番に見て回った。


 芋に似た根菜、穀物、干した肉、燻製、塩、砂糖、香辛料。長旅でも保存しやすいものを中心に、怪しまれない範囲で生鮮品も交えながら、気になった品はエレナの手帳へ書き加えてもらう。すぐに持ち帰るものについては、その場で代金を支払った。


 二人分だけではなく、クラスメイトと合流したあとのことも考え、二十人以上で食べる場合に必要な量を見積もっていく。


「みんなの好みとか、聞いてからにする?食べられないものとか、ないかな」


「あ、アレルギーとか……は、ないか。今は好き嫌いとか言っている場合じゃないし、大丈夫だと思うけど。一応希望だけでも聞いておこうか」


 沙奈がおもむろにスマホを取り出して、並んでいる商品をパシャパシャと撮影していく。

 今は手を離しているから乃愛にはスキルの効果がわからないが、手元に幻影を出しているのだろうか。沙奈の行為を誰も気に留めていない。


 今は無難なものだけ選んで、希望があれば後でまた買いに来ようということになったが、それでも、いつの間にか購入した品はかなりの数になっていた。


 食材の区画を抜けたあとは、布や小物、食器、調理道具などを扱う店を回る。


 着替えも人数分となれば、かなりの量が必要だった。全員の正確な寸法までは分からないため、紐で調整できる衣服や、多少大きさが違っても使える外套を中心に選ぶ。


「これ、ノアに似合いそう」


 沙奈がショッキングピンクのワンピースを持ち上げて、乃愛に当ててくる。


「え。そ、そうかな……」


 それを見た乃愛は目を泳がせる。なんと返答すれば良いか言葉を探しながら、動揺した心のまま、咄嗟に手近な服を手に取った。


「あ、こ、これ。サナちゃんに似合いそう」

「そう?」

「うん!試着してみよう」


 言われるがまま沙奈が姿見の前で紺のアウターに袖を通しているのを見ながら、乃愛は後ろ手にそっとワンピースを元に戻した。


 適当に手にしたものだったが、元がいい沙奈にはよく似合っていた。


「すごくいいと思う」

「じゃあこれにしようかな?ノアは——」

「あっ、私もこれの色違いのやつがいいな」


 珍しく早口になっている乃愛は、慌てたようにアイボリー色の同じデザインのアウターを見つけて袖を通した。


「おー、なかなかいいね」


 二人揃って試着した姿を見ながら、沙奈は満更でもなさそうに声を弾ませる。うやむやにすることができた乃愛はそっと胸を撫で下ろした。


 市場へ入った直後は、あれほど気になっていた人の多さも、いつの間にか意識の外へ追いやられていた。


 店員と話すときにはまだ声が詰まる。それでも、沙奈とエレナが傍にいてくれるなら、商品を指して希望を伝えるくらいはできた。


 ただ、一つだけ。


 どの店へ入っても、どうしても気になることがある。


 果物屋も、衣服屋も、露店で肉を焼いていた者も、店に立つ者は一人残らず黒い眼鏡をかけていた。


 形には多少の違いがあっても、目元が透けて見えないほど色が濃い。

 同じものを身につけた店員が通路の両側にずらりと並ぶ光景は、さすがに異様だった。


 何度かエレナへ尋ねようとしたものの、結局、声にはできなかった。

 つい先ほどジンバウムへ眼鏡のことを聞いて答えを濁されたばかりだったため、何度も聞きにくい。沙奈も同じなのか、このことに触れようとしない。


「ノア、見て。あれ、すごくない?」


 沙奈の声に、乃愛は店員の眼鏡から視線を逸らした。


 示された店先には、精巧な建物の模型が並んでいた。


 箱形の家や、丸い屋根の小屋。木々に囲まれた屋敷のようなものまである。


 玩具を扱う店かと思ったが、模型の横に置かれた説明書きを読んで、乃愛は足を止めた。


「携帯用……居住魔道具?」


「この大きさで家になるんだって」


 沙奈が指差したのは、両手で抱えられるほどの小さなログハウスだった。


 茶色い丸太を組み上げた外壁に、小さな窓と扉がついている。屋根の一部は開くようになっていて、中には寝室だけでなく、調理場らしきものまで再現されていた。


 乃愛は模型の前にしゃがみ込む。


「どこかで見たような……?」

「駐屯地で一泊させてもらったときの建物に似てるね」

「ああ、あの時の」


 駐屯地にあった施設は、ここに並べられているような魔道具だったのだろうか。

 ここ数日は、飛行船や迎賓館の豪華な客室に泊まることが続いているが、思い返すと駐屯地にあったログハウスくらいが一番落ち着いたような気がする。


 それよりも、乃愛はある一点に釘付けだった。


「……お風呂?」


 乃愛の視線の先に気づいた沙奈が、模型を覗き込んでニヤけながら言う。


「私はテント生活も味があって好きだけどなぁ」


 確かに、魔道具のテントには色々な機能がついていて、思った以上に快適だった。しかし風呂はない。


「ノア」


 沙奈の呼び声に、乃愛は我に返った。


「……な、何?」


「お値段がすごい」


 言われて値札を確認し、乃愛は固まった。


「…………」


 オレンゴサン一生分購入しても足りないほどの金額だった。


「さすがに高いね」

「うん……」


 全財産をはたけば、どうにか買えるかもしれない。だがこれから何が起こるか分からない以上、金銭はできるだけ残しておくべきだ。クラスメイトの分まで物資を揃えるなら、なおさら無駄遣いはできない。


 乃愛は後ろ髪を引かれつつも立ち上がった。


「お気に召しましたか?」


 いつの間にか背後へ来ていたエレナに尋ねられる。


「い、いえ。ちょっと、見ていただけで……」


「こちらは、この国で作られている高級魔道具の一つです。ご希望でしたら、贈呈品の候補へ加えさせていただきます」


「贈呈……?」


「お二人にお渡しする品について、首長からご希望を伺うよう申しつけられております。高級品はこちらで用意いたしますので、遠慮なくお選びください」


「いや、でも、これ……すごく高いですよ」

「問題ございません」


 エレナは迷いなく答えた。


 むしろ、選んでもらえて安堵したようにすら見える。


「どうする、ノア?」

「え……」

「せっかくだし、もらっておく?」


 改めて模型を見る。


 持ち運べるログハウス。


 欲しい。


 ものすごく欲しいが。


「あの、だったら……」


 乃愛がある模型を指差して、消え入りそうな声で答えた。


 市場を一通り見終え、反対側の門から外へ出る。


 建物に遮られていた陽射しが戻り、乃愛は眩しさに目を細めた。


 入ってきた側とは違い、こちらは緩やかな下り坂になっている。視界の先には街並みが広がり、その向こうには黒っぽい山々が連なっていた。


 市場の熱気から離れたところで、沙奈が大きく息を吐く。


「たくさん買ったねぇ」

「ほとんど予約しただけだけど……」

「最終日が大変そう」

「こちらで運搬いたしますので、ご心配には及びません。……それより、住居の方は本当によろしかったのですか?」

「あ、はい、充分です。ありがとうございます」


 結局、乃愛はログハウスを諦めた。


 代わりに、携帯用の風呂のみを三つお願いした。

 大人二人が並べるほどのゆったりとした広さがあるバスタブに、洗い場とシャワーがついているものだ。空調や脱衣所も別についていて、全体の広さは二坪ほど。

 三つ合わせても、ログハウス一棟より少し安く収まった。


 自分だけではなくクラスメイトたちも当然欲しいだろうと思ったが、さすがに一軒丸ごとをいくつも貰うわけにはいかない。迷っていたら、まさに求めていたものを凝縮したような模型を見つけて、思わずそれにしてしまった。


「ごめんね、勝手に決めちゃって……」

「いいよ。他に高価な物が欲しいとかなかったし。……でもまぁ、風呂そのものを貰えるとは思ってなかったな」


 沙奈は楽しそうに笑った。


 そのとき、遠くの山裾から細い煙が立ち上っていることに気づいた。


 火事でもあったのか、灰色の煙のようなものが、風に流されながら空へ広がっている。


「あれ、なんだろう?」


 沙奈も気づいたらしく、目を凝らした。


 エレナの足が止まる。


「……あちらですか?」

「うん。煙が上がってるところ」

「あれは、その……神殿です」


「え!?」


 耳を疑う。

 改めてよく見ても、そこには煙しかなく、建物の影は殆ど見当たらない。


「火事でもあったんですか?エレナさんのお父さんは大丈夫?」


「は、はい。昨晩、落雷で火災があったのですが、幸いにも父を含め、神殿の者は皆無事でした。……本日はこのあと神殿へとご案内させていただく予定だったのですが、あのような状態でして、復旧についてはご滞在中は間に合わないかもしれません。申し訳ございません」


 エレナが顔色を悪くしながら頭を深く下げた。


「いや、それは全然いいんだけど……。エレナさんも神殿の人ですよね?大変なときに、こんな私たちの観光に付き合わせてしまっていて、こちらこそ申し訳ないというか」


 沙奈は眉を八の字にして、ばつが悪そうに頬をかいた。

 乃愛も横で居た堪れなくなる。


「いえ、お二人のご案内については私の方から申し出ていることですので、お気になさらないでください。神殿のことは、父を中心に皆で対応しておりますので、ご安心ください」


「そう、ですか……」


 エレナはにこっと笑顔を見せるが、声は妙に硬く、無理をしているように見えなくもない。


「さて、次は中央広場へご案内いたしますね。噴水がとても美しい場所なのですよ」


 乃愛と沙奈はお互いを見合わせて、頷いた。


「はい、楽しみです」


 気がかりではあるが、詳しい事情は分からないので、今日のところは言葉に甘えることにする。まだ日も高いし、ここで散策を切り上げるのも中途半端だ。


 エレナの先導について行きながら、クラスメイトたちに思いを馳せる。


「向こうは今、何してるんだろうね」


「そういえば、写真送ってたんだった。見てくれたかな」


 返事は、来ていなかった。


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