学園での生活
王立学園の旅路は二泊三日である。道中の貴族の子弟御用達の宿に泊まって、それからまた馬車で移動だ。
子供は暇だ暇だとうるさいから、宥めるためにちょくちょく道中で寄り道をして息抜きさせる必要がある。食事もまたその一環だった。
「ん〜、これなら私の家の食事のほうが美味しいわね」
「あら、そう? 私もそうですわ」
「わっ、私も──」
「……嘘でしょ?」
百人以上の子弟が一斉に移動して、宿に泊まるのだ。修学旅行みたいな騒ぎで、広い食堂に集められた私たちは一緒に食事をする。そこではよくあるお家自慢が盛んに行われていた。
私は愕然とする。イリギュールには悪いけど、この料理めちゃくちゃ美味しいんだが……?
なんだか舌の端々に調理の粗野さを感じないでもないが、それでも一流のシェフのものだと分かるし、そもそも素材が違う。こっちの方が断然高い。いえ、同じ食材を渡したら屋敷の調理人達の方が上手く扱えると思うけど……馬力の違いを見せつけられたようだった。
王都での食事は外食が多くて、そこでも舌鼓を打ったわけだが、王都を離れた道中の街でこんな料理に出くわすとは……私にしてみれば予想外なのだが、周囲のお嬢様達はなんでもないと言い放つ。嘘でしょ……? レベル高すぎない?
それから宿に泊まるにしても廊下で仲良さげに話している生徒達を見かけたり、彼等が屯している広場が雑然と喧騒で包まれていたり、私は周囲のコミュニケーション能力の高さを見せつけられて膝を突く思いだった。もしかして、私ってコミュ障……?
いやいや、そんなわけない。そんなわけないと自分に言い聞かせて……結局、移動中に誰一人友達はできなかった。話した人さえいない。
バルターとも移動中は会えないし、私はいじけるようになんとかバルターからもらった仕事書類と向き合って、自分にあてがわれた個室の中で黙々と執務に勤しんだ。忙しいだけだし……友達とか、いくらでも作れるし……
まあ、学園に入ってからもっと友達ができなくなるんだけど、この時の私は気づかなかった。
「あらあら、名ばかりの伯爵家の方が、どうしてここにいらっしゃいますの?」
随分と高らかな声で、おそらく私に対してだろう揶揄が飛んできた。一年生の教室で、皮肉を言った彼女の周囲にいる取り巻きは、彼女に同調するようにくすくすと笑う。
「……」
「何か言ったらどうなの? お父様達が腰抜けだと馬鹿にしていたけれど、アルガルド家の人間はみんなばかね!」
「……」
私は……幼女に絡まれていた。
ところで幼女の定義ってどこまでなのだろうか。聞くところによれば彼女も私と同じ十歳だというが、どうにも同年代とは思えない。精神年齢の乖離って大きすぎると問題だなと初めて実感した瞬間だ。
私は二泊三日の馬車移動で王立学園の敷地に足を踏み入れた。最初にクラス分けと寮の部屋の当てがいがあって、私は伯爵家の娘ということで個室をもらった。なんでも、家の立場で待遇を変えておかないと要らないトラブルを招きかねないからだという。
伯爵家の中には同室になっている人もいるというが、問題ないと判断されたペアだけだという。つまり、私は誰とも問題が出ると判断されたのだ。ちょっと悔しい。
そんなことはどうでもよくて、私はバルターとの同室を認められなかった。よく考えれば当たり前なのだが、私にとっては誤算だった。バルターには『エノール様はここをお屋敷と勘違いしているのですか?』と言われて、執務よりも人間関係の構築を頑張れと念を押されてしまった。今の所、私の一番の課題だというのに……いい執事すぎる。
慣れない制服を着て学園生活をするのは妙な気分だった。コスプレでもしているようで、でもみんな同じ格好をしているし、随分と凝った制服だったが一週間も着るうちにだんだんとなれた。むしろ、一週間も非日常感を提供してくれたのは感嘆に値する。今度誰がデザイナーなのかバルターに調べてもらおうと思った。
学園の校舎は随分とした作りだ。流石に金がかかっている。うちの屋敷よりも当然大きいし、ここは田舎だが貴族の子弟が住まう学園だということで、周辺も学園を中心に栄えているようだった。
それはつまり、顧客の中心地が学園だということで、それは学生がここを抜け出して周囲の街にお金を落としているということだ。それが何を意味するか……一番に考えられるのは風俗だ。二番目は賭け事に決闘、おおよそ学園では手に入らない娯楽だろう。
町で買い物をしているのかもしれないと一度は考えたのだが、貴族のご子息様が気にいるようなものがここらへんで売っているとは思えない。デートの一環でなら街を出歩きそうなものだが、そもそも学園では男女交際が認められていない。みんな将来が決まっているからね。
この学園は共学だが、教室は男女で分かれている。合同で授業をすることもあるが、基本的に女子生徒に囲まれた生活を送っていた。佐藤健の記憶にもそんな場面に対する対処は載っていないので、とても困惑した……というか、馴染めなかったのだ。
ここは貴族の子弟が通う王立学園。貴族のご子息様達を教育する場所だ。貴族の子供に必要な知識・技能は何か……男なら馬術・剣術それから内政・軍事・商売に関する知識だろう。実践的だ。私はこっちの方がいい。
しかし、女の場合、礼儀作法と結婚に有利な諸々……お花の飾り方や刺繍の授業、音楽に殿方の扱い方など、なんだかマナー講師の授業を受けているみたいだった。
屋敷でもマナー講師と言われる人を招いて授業をしてもらったが、あの人に教えてもらったのは領主として必要な知識だ。対して、学園で教えられているのは『政治結婚の道具』としての知識だ。
より良い殿方を捕まえて、どこに出しても恥じないように……嫁入りに必要な知識を教えているのだから、私のとは毛色が違った。
そして、私は出だしでつまづいた。翌日から授業があり、先生から当てられたり、実技の授業があったのだが、私はそこで伯爵家の娘としてはあまりよくない結果を残したのだ。的外れな回答をして周囲を失笑させ、実技では女の子と思えないほど。不器用な人もいるが、伯爵家の娘としては落ちこぼれと言って差し支えない。
身分が高ければ高いほど、将来の結婚に備えて彼女らは英才教育を施されてきたのだ。箱入り娘や籠の鳥などと揶揄される彼女らだが、それなりにできることもあるのである。
若ければ七歳から学園に通っている子もいる。当然、私と同じくらいできない子もいるのだが、それは若さゆえだからで、十歳にもなって伯爵家の子女ともあろうものがあんなこともできないなんて……と、私は馬鹿にされたが反論できなかった。
特に礼儀作法や花の授業、時には乗馬の授業も受け持つマイヤ・E・アルベレット先生は厳しかった。どうしてそんなこともできないんですかと皆んなの前で私を責めて、私は何も言えずにいた。お恥ずかしい限りです。
何も言い返さない私に、アルベレット先生は呆れているようだった。恥ずかしさと共に私は席につき、バルターの忠告を軽んじていたことと、私が嫁入りの女としては同世代より遅れていることを実感した。認識を改めてちゃんと授業に取り組もうと考えたのだ。
しかし、すぐによくなるわけでもなく、私は完全に孤立してしまっていた。目の前に立っているアリスベリアさんは法衣貴族の娘さんのようだが……アルガルド家よりは王都での地位は高い。結構官職でも上の方に位置する職務に勤めたお父上の子どもらしい。法衣貴族は王都にいることもあって人気だった。
「ここに『名ばかりの伯爵家』の娘の席はないことですよ?」
「……」
いじめられてる……のだが、十歳の女の子から言われて、私の心には何も響かなかった。なんというか、同世代だけど『女の子から悪口言われてるなぁ……』としか思えない。記憶を引き継いだ弊害だった。
さっきから『名ばかりの伯爵家』というワードを何度も口にしているし、言いたいんだろうなぁ……と思う。かっこいいよね。なんか、そういう二つ名って。分かるよ……私も日本にいた時はね、学生の頃に物語の設定を練って『爆炎の獅子』なんて二つ名を考えついたものだから。
おっと、話が脱線してしまった。要するに、私は幼女にいじめられているのだ。多分大人が使っていた言葉をそのまま真似して、大人の真似したい盛りの子供のやりとりに付き合わされている……取引先のお付き合いと思えば、別に苦でもないのだが、なんだか何の反応も返さない私が気に食わないらしい。
アリスベリアちゃんはさらに声を荒げた。
「なんとか言ったらどうなの⁉︎ この腰抜け!」
「……」
「ねえ、アリスさん。もうやめましょう? こんな愚図に構っている暇なんてありませんよ?」
取り巻きの一人が諌める。君、法衣貴族の娘だよね? アリスベリアちゃんほど偉くもないよね? 私、一応伯爵家の次期当主なんだけど……?
虎の威を借る狐、ここに極まれりといった感じだ。むしろ、虎が狐でハーレムを作っている。
そういえば、お父様達はどうしているのだろうか。私が学園に入学したことで、また領地が空っぽになってしまったけれど、お父様が戻るのかしら。それともお母様が……? 今度、手紙で確認してみよう。それから、いじめられている時でも実践できる友人の作り方も……
「貴方ね! 貴方のその顔についている口は飾りなの⁉︎ なんとか言ったらいいじゃない!」
「……」
「なっ、なんとか言いなさいよ!」
どうしたもんかと考えていると、ついにアリスベリアちゃんは泣いてしまった。彼女はまだ幼いし、きっと自分の感情が溢れてしまったのだ。
すると、騒ぎを聞きつけた教師が教室にやってくる。朝の教室に姿を現したのはアルベレット先生だ。おさげの髪を綺麗にまとめて、その佇まいはいつも粛然としている。目つきが怖いので、私は少し萎縮するのだった。
「なんですか、騒々しい!」
「先生!」
取り巻きが自分たち視点の事情を話して、私がアリスベリアちゃんを泣かせたと聞いた先生は私の方を見た。
いやね? 確かに私が泣かせたんだけど、黙ってたら急に泣いちゃう方もどうかと思うんだ。大人気ないかも知れないけど、一応は同世代なんだよ? 構ってもらえないからって、泣くのは違うと思うんだ。
しかし、黙っている私を見てアルベレット先生は厳し目の声で言う。
「エノールさん、貴方は伯爵家の人間なのでしょう? 法衣貴族の娘さんをいじめて、どういうつもりですか?」
「おっと?」
「なんですか?」
「ああいえ、なんでもないです」
「……」
心の声が漏れてしまった。
私が……いじめた? そんな気さらさらないのだけど、確かに、もしかしたら私はアリスベリアちゃんをいじめたのかも知れない。よし、まずはアリスベリアちゃんの敬称を「ちゃん」ではなく「さん」に変えよう。アリスベリアさん、ごめんなさい……
そういえば、無視もいじめのうちに入るんだったな……私の知っているいじめの定義は『一方的に相手を貶める』ことを指すのだが、佐藤健の記憶にある常識をこちらに押し付けるのも野暮だろう。アリスベリア先生は厳しいが、真面目な人だ。間違っていることは言わない。きっと先生が言うなら、私はいじめてしまったのだ。
そういえば、アリスベリアさんは私に話しかけてくれたのに、私は一言も返していない。戸惑っただけだが、それでも一方的と言えば一方的だった。
「何か言うことはないのですか?」
「……アリスベリアさん、ごめんなさい」
「っ……!」
アリスベリアさんは……いや、やっぱり「ちゃん」だな。アリスベリアちゃんは私の言葉に泣いてしまった。やばい、またいじめたらしい……
彼女が泣いてしまったことで周囲の取り巻きは私に罵詈雑言を投げかけたり、先生に私の処分を求め出した。おい、アリスベリア。どうにかしろ。
面倒だなぁ……アリスベリアちゃんも暴言は吐かなかったのに、取り巻きは全然躊躇しないようだ。軽率なこと言って彼女の立場を悪くするとかそういう考え……ないんだろうなぁ。幼い彼女らにそこまでの打算的行動は難しい。
案の定、アルベレット先生はその場を諌めて、汚い言葉遣いをした生徒に説教をした。取り巻きの子達はバツが悪くなって、私の方を睨みつけていた。アルベレット先生がアリスちゃんに近づいて目線を合わせる。
「アリスベリアさん、貴方もこんなことで泣いてはいけません。将来、立派な貴族の娘になれませんよ?」
「……はい、先生」
なんだか友情が芽生える瞬間を目撃しているようだった。
周囲の目線を感じる。どうやら私は当て馬らしい。私は居心地が悪くなって自室に逃げ帰ろうとしたのだが、アルベレット先生が私を呼び止めた。
「エノールさん? お話がありますので、お昼休みになったら私の部屋にいらっしゃい」
「……はい」
周囲がくすくすと笑う。嘲るような、ザマアミロとでも言わんばかりの声だった。
アルベレット先生の部屋に呼ばれると言うのは……すごく怖いらしい。私も実際のところどうなのか知らないのだが、職員室ではなく先生の部屋に呼ばれると言うことは、対面で密室の中一対一の状況で怒られると言うことで、生徒からは恐怖と恥辱の対象だった。
私はまるで折檻室行きの生徒みたいな扱いを受けながら、その日の午前の授業をこなした。




