幼い次期当主
アイジスは待ち合わせ場所に昨日と同じ格好で現れた。どうやら伯爵としての正装らしい。プライベートまで正装できっちり身を固めるとは、真面目なようである。
対してミラルダは昨日とは違う、青草色のドレスに身を包んでそこにいた。待ち合わせ場所は上流階級の人たちが住まう高級住宅街の噴水前である。馬車で移動して、噴水の前で止まった。
御者が踏み台を出して、エノールがその段に一歩一歩足を踏み入れる。その様子を大仰にミラルダが見て、下り終わるとまるで一仕事を終えたかのようにエノールを誉めるのだ。
「よくできました〜!」
「お母様、私、子供じゃないのですが……!」
「何を言っている、子供だろう」
「あ、そうでした……」
くすりとミラルダが笑う。しかし、バルターはあまりよく思っていなかった。それはエノールがこの三年間、自分が子供だと言うことを忘れてまで働かなければいけなかったと言うことに他ならないからだ。
アイジスもまた少し堅い顔をしていた。
「積もる話がありすぎる。エノール、お前とはゆっくり話をしたかった」
「私も、お父様のお話が聞きたいです」
「そうか、期待させて悪いが領地のことだ」
その言葉にミラルダが顔を顰めた。
「も〜、アイジスちゃんはすぐにそうやっていじける」
「なっ、いじけてなどいない!」
「素直に『ごめんなさい』って言えば良いのに、私なんて昨日は10回も言ったのよ? 置いてきてごめんって」
「お前は言い過ぎだ!」
「お母様、謝罪は言いすぎると説得力を失いますよ」
「ひどい! 夫と娘が私を攻撃してくる〜」
「大体、その名で呼ぶなといつも言ってるだろう! もう子供の頃じゃないんだぞ!」
ガミガミとやりとりする二人を見てエノールは疎外感を感じた。
私はこの中に要らないんじゃないか、と。
エノール達は馬車で王都を巡り、それからティーハウスに向かう。
バルターはエノール達の乗ってきた馬車に残り、エノールは二人の馬車に乗った。三人が座っても十分なスペースがある。領地の馬車とは大違いだった。
(これも違う……)
エノールは領地と違うものを一つ一つ数えていた。
「エノール、王都にくるのは初めてだろう」
「はい、領内から出たのも今回が初めてです」
「王都は高級住宅街・商業地・一般住宅街・スラムに分かれている」
「商業はどのようなものが盛んなのですか?」
「……色々、だな。荷運びをしているものがほとんどだ。地方からあれやこれやと物資を持ってきて、王都で売り捌いている。商人達相手に商売する金貸しもいて、それは酷い有様だ」
「金貸しがいれば事業のハードルが低くなります。悪の側面もあるのでしょうが、それにより生み出された経済効果が一概に市井の者を苦しめているとは限らないでしょう」
「……お前は本当に賢いな」
「……すいません」
「いいんだ、そう言う意味で言ったんじゃない」
「も〜! アイジスはすぐにぶっきらぼうになるんだから、嫌だよね〜こんなお父さん」
「なっ、私はぶっきらぼうになど──」
「いえ、その、自覚はしておりますから」
「「……」」
しばらくして馬車はティーハウスに到着した。
ティーハウスはお茶を楽しむための場だ。出てくる紅茶は格式高く、貴族でも利用できるものとなっている。
入場料はそこで出されるサービスに対する対価というよりも、場代という側面が強かった。入場料を気軽に払えるような人間とコネクションを築ける。このティーハウスでは相席が基本的だ。
しかし、当然個室も存在する。話が盛り上がって商談や密談などをする際に利用できる部屋があるのだが、こちらも当然料金を取られる。その代わり、店の方は個室の前で聞き耳を立てるような怪しいものがいないか見張ってくれる。安心料とでも言い換えられた。
アイジスは伯爵の名前を告げてそのまま店に入り、三人で個室に招かれた。会談室さながらの丸いテーブルに幾つかの椅子が用意されている。
アイジスが座り、エノールも対面に座る。ミラルダはエノールの隣に座った。
「おい、なんでお前がそっちなんだ」
「だって、貴方の顔ってなれないとすごく怖いんだもの。久しぶりに会ったエノールが怖がらないとも限らないじゃない」
「そんなので商人達の相手が務まるわけがないだろう……」
暗に私は大丈夫だろうということだったが、実のところそうでもない。確かに父上より怖い人たちはたくさん見てきたが、実の父が顰めっ面をしていると、妙に萎縮したい気分になる。ミラルダが隣にいてくれるのはいささか心強かった。
アイジスはため息をつく。おてんばな妻のことを差し置いて、話を始めたいようだった。
「……エノール、これから何故お前を屋敷に置いてきたか説明する」
「「……」」
「そもそも、私たちが王都で……一体何をしていたのかだ」
事情を説明しようとするアイジスの瞳はゆらめいていた。若干の動揺が見える。
「……我がアルガルド家が治める領地は、知っての通り酷い有様だ。お父様も、お祖父様も、それまた先祖もそれに挑んで失敗した。そして、私もまた若い時分に領地の変革を試み、現状を確認するだけで諦めた。これは無理だろうとな」
「……」
エノールにも気持ちはわかる。自分は佐藤健の記憶というとんでもないものを引き継いで、半ばインチキのような形でどうにかしようとしているのだ。真っ当に挑めばまず勝ち目のない戦だろう。
騎士や諸侯は税を中抜きし、領内には獣と犯罪者が跋扈し、商売の地となれる都市には売春と流行病が横行している。貴族の義務などまるで果たせていない。どうにかしようにも邪魔する要素が多すぎるのだ。エノールも三年前の旅路で盗賊団に出会したが、杖を持っていなかったらどうなっていたかわからない。
まともな領主であれば直接どうにかすることは諦める。アイジスの判断は間違っていないように聞こえた。
「成人してから家督を引き継ぐまでは随分と張り切っていたものだ。武芸に礼儀、領地についてなど必要なことは手当たり次第に学んでいった。しかし、いざ自分が領主となり現状を知るとこれは無理なんじゃないかと思えた。三年ほど頑張ってはみたが、商人にも町長にも首を振られ、誰一人として協力してくれるものは現れなかった」
それは間違いであろう。きっと、正しくは『自分の出したプランで成功できると思わせられなかった』ために協力してもらえなかったのだろう。それも致し方ない。幼い頃から屋敷という異質な環境で育っては一般的な価値観は身につかないし、彼らと自分たちの常識が違うだろうという考えに至ったのも佐藤健の記憶によるものだ。そう考えてみると記憶様様だなぁ……
「正攻法でどうにかすることを諦めた私は、外からツテを引っ張ってこれないだろうかと考えた。支援してくれる人を見つけて……それも難航し、最低限領主としての仕事はやってきたが、はっきり言って大地を統べる為政者としては何もやれていない」
それも無理からぬ話だ。やる気があってもどうにかできる問題ではない。それがあの領地なのだから。
バカみたいに発展した都市を見たことがあるわけでもなく、経営や商売などの専門知識をいくらでも吸収できるような夢のような時代でもなく、ただただあの領地の子供として生まれ、屋敷で育ち領主となったアイジスではエノールと持っているものが違う。エノールももし記憶が蘇らなかったら……これまでの当主たちと同じ道を辿っていただろうから。
「王都に屋敷を構えたのは数多く社交会に参加し、繋がりを持つためだ。五歳のお前を残していくのは心苦しかったが、お前に何か残してやらねばと……エノール、実はな、私たちの間にはもう子供は生まれないんだ」
「っ……」
「お前が五歳の時にそれが判明し、私たちは屋敷を立つことになった。もはやたった一人しかいない自分の娘を置いてでも、我々は貴族の義務を……あの領地をどうにかする必要があると思った。お前が家督を継ぐのはもう時間の問題でしかない。それまでにせめて何か一つでもマシにして受け継ごうとな……」
バルターとの会話で引っ掛かることはあった。何かを隠しているような、濁しているような……それが簡単に触れて良いものとは思えなかったから放置していたが、薄々気づいていたことでもあった。
貴族はたくさんの子供を儲ける。何故かと言えば子供は死んでしまいやすいからだ。
一番の原因は病気だ。子供は免疫力が弱いから、衛生観念がまともにないと死にやすい。そもそも、衛生の権化とも言えた日本という国でさえ、子供の発熱は大事なのだ。医療や薬学が発展しているわけでもないこの時代ではただじっと耐えるしかない。そして、子供の体力ではそれに耐えきれないのだ。
私はこれまでほとんど風邪をひいてこなかったが、それは単なる幸運でしかない。生まれついて体が丈夫だったのはただの偶然だ。もしかしたら五歳になるまでに風邪をひいて、記憶が蘇る前に死んでしまっていたかもしれない。否、本来はその確率が高いのだ。
だから、貴族の子供は多い。男兄弟は二人は欲しいところだ。安全を期すなら三人。けれど、私が五歳になるまで両親は子供を作ろうとしなかった。これは何故なのか。
ずっと疑問に思っていた。その上でスルーしていた。気づけたはずなのに信じたくなかっただけだろうか。それもあるかもしれない。気付いたところでどうしようもないけれど、少なくともここまで衝撃は受けなかったはずだ。あまりの驚きに口が動かないなんて生まれて初めての経験だった。
「だが、そんな中でお前は成果を出してくれた。これまでの当主たちが匙をなげ、どうしようもなかった領地の問題を今解決しようとしている。私も手なづけられなかった商人たちにお前は忠誠を誓わせ、領地中の商会と手を組み都市全てを変えようとしている。聞いたぞ、診療所を開いたのだったな。私はこれまでそんなことも考えやしなかった。流行病で民が苦しんでいると知りながら……」
「貴方、話が長いですよ」
「い、いえ……」
「…………そうだな、すまなかった。お前を置いてきてしまって、私は、私は……」
アイジスは膝をつき手を組んで、自分の顔は見せなかった。言葉が続かなくなり、声が掠れていく。その仕草に私も泣いてしまいそうになって、ふと目を背けて母の方を見ると、母も泣いていた。
「……エノール、昨日も言った。何度も言った。でも言わせてちょうだい。私たちは、貴方のお父さんとお母さんはずっと後悔しているの。後悔していながら、屋敷に戻らなかった。もし貴方が私たちの顔を忘れていたら、もう顔も見たくないと言ってしまったら、私たちはもう屋敷に二度と……」
「お母様、しっかりしてくださいっ。あの屋敷はお父様たちのものでしょう?」
「いいえ、エノール、貴方のよ。次期当主であり、あの地で民を変えた貴方のもの……私もアイジスに賛同して王都に来たわ……でも、その結果が子供に尻拭いさせるなんて……本当に、バカよね……」
「そんな……」
エノールは全くもってそんな気は無かった。自分が生き残るため、ただ必死にやってきただけなのだ。
両親を泣かせる気なんてなかった。泣かせたくなかった。もしそうだと知っていたら……必ず屋敷に呼び戻して説得していたのに。私がどうにかすると、見栄を切っていたのに。
どうしようもなかった。この二人は伯爵家の人間として無惨な領地をどうにか外から変えようとしていた。そして結果を出せず、私もまたアルガルド伯爵家の当主として処刑の未来が見えていた。それをどうにかするために内から領地を変えようとしていた。
どっちも悪くないはずだ。精一杯やったはずなのに……どうしてこの二人が、父と母が泣かなければならないのだろうか。
「顔を上げてくださいっ……私は、私は、そんなことのために、お父様とお母様を悲しませるためにやってきたのではありません……! 二人に顔向けできるように頑張ろうと、お二人に泣いて欲しくなんて……!」
「…………そうよね、ごめんなさい。弱気になってしまったわ」
ミラルダが涙をふく。アイジスもまた以前と変わらぬ顔つきをしていたが──目元はどうしても腫れていた。
「……貴方が十五を迎えれば正式にアルガルド家の家督相続者となる。そうなる前にどうにかしたかったのよ。領地をいくらかマシにして、養子をとれば貴方はもうその任を負わなくて済む。そう思って、お父さんとお母さんは今日までやってきたの」
「そんな……っ!」
知らなかった。考えもしなかった。
そうだ。何も実子でなくてもいい。養子という選択があるんだ。アルガルド家の領地は確かに無残だが、それでも伯爵という身分は伊達ではない。少しでも領地がマシになれば養子になりたいという人間は現れるだろう。そうすれば、私は嫡子ではなくなり、次期当主でもなくなるのだ。
考えもしなかった。そんな裏道があるなんて。この二人はこの二人で目的があって動いていたんだ。
「私たちは王都に屋敷を構えて、できるだけ多くのパーティに参加したわ。そして、商人と交渉しては領地に手を加えてくれないかと……そこで商売をやってくれるだけでも少しはマシになると思ったの」
確かに大商人が商売を始めれば、アルガルド領ではその商人を中心に経済活動が始まるだろう。商人たちは自ら武装し、治安維持に努めるので、ゆくゆくはマシになるかもしれない。商人が活動しているというだけでも領地の価値は上がる。
「それで、養子に来てくれる人を探してたのだけれど……三年前に貴方がお手紙をくれたでしょう? すごく嬉しかったわ。でも、貴方が星見の儀式で家督を受け継ぐことが決まったと聞いて……狼狽したわ。もうどうすればいいかって。アイジスに星見は絶対じゃないと言われて、私もそう言った話を聞いたことがあるから王都に残ったの。貴方のいる屋敷ではなく、この王都の屋敷に」
「……」
恨んだこともあった。悲しんだこともあった。佐藤健の記憶に埋め込まれた人格の比重が、だんだんと年月の経過によって薄れていって、エノールの意識が強まっていくに従って、この体は子供らしい感性を帯び始めた。
何故両親は帰ってこないのかと、記憶が覚醒する前には泣いたこともあった。使用人たちに宥められて彼らを家族としようと考えたこともあったけれど、それでもどこか違って、覚醒した後もふと母親の膝で眠りたいと考えることがあった。何故二人は帰ってこないのか、王都で何をしているのか。見捨てられたんじゃないかと考えたこともあった。もう二人は屋敷と領地のことを私と一緒に諦めてしまったんじゃないかと。
全然違った。何も諦めちゃいなかった。自分にできることを考えて、そのために自分の身を粉にして動いていた。
情けない。信じきれなかった自分が情けない。私はボロボロと涙をこぼしてしまった。そんな私を見て二人は責めはしなかった。母の手が背中に当てられて、私は一層大きく嗚咽をこぼした。
泣き終わった後は王都を再び巡った。あれやこれやと見て回って、私は自分でも少し実感するぐらい子供らしく振る舞った。時間を忘れるように王都を練り歩いて、二人はそんな私に文句を言わず、一緒になってついてきてくれた。
夕方まで巡って、歩き疲れと泣き疲れで私は瞼が重くなり、ついに馬車の中で眠ってしまう。頬に柔らかい感触があったが、私の意識は微睡の中に溶けていった。
「……」
ミラルダが眼前の我が子を撫でる。エノールは母の膝の上で眠りこけていた。
「ひどいものを背負わせてしまったわ」
「……私もだ」
「これからどうするの?」
「この子に聞こう。もはや我々の手に負える子ではない」
「それでも私たちの子よ」
「バルターと同じことを言うな。分かっている」
「貴方の言い方、ちょっと冷たいから」
「……そういう意味で言ったんじゃない」
アイジスは夕暮れを見ながらつぶやいた。
「明日は休む、エノールといる」
「仕事はいいの?」
「いい、どうせ商人たちとの馬鹿話だしな。それも収穫があったもんじゃない」
「この子は一人でたくさんの商人を従えたものねぇ……」
「全くだ。なぜ私のような出来の悪い人間から、こうも出来のいい子供が生まれたのか。今でも信じられん。素直で優しくて……私とは到底似ても似つかん」
「あら、優しいところは似てると思うけど」
「……お前ほどじゃない」
「んふふ」
馬車はエノールたちが滞在する住宅地の前に停まった。
「エノール、起きて。家に着いたわよ」
「明日も時間を作る。私もいるから、今日はゆっくり休むといい」
「んん……お母様?」
「ええ、そうよ。貴方のお母さんよ」
「……抱っこ」
「あらあら、まあまあ」
ミラルダは嬉しそうにエノールを抱き抱える。
「できる限り、いっぱい甘えてちょうだいね。五歳の貴方を置いてきてしまった、罪滅ぼしだから」
「……お母様」
「なーに?」
ミラルダが問う。エノールは手をぎゅっと握って、母の服を掴むと、行ってほしくないのだと示すようにつぶやいた。
「今日は、お母様と寝たい……」
ミラルダが父を見る。アイジスは仕方なさそうな顔をした。
「このまま出るぞ」
「いいの?」
「問題あるまい。今日はお前がエノールの相手をしてやれ。私はやることがある」
「ふふっ、明日の仕事の前倒し?」
「余計なことを言うな、商人たちは約束を破るとうるさいからな」
バルターに事情を説明して、三人の乗る馬車は出ていく。バルターはその後ろを夕暮れの中見つめていた。
「良かったですね、エノール様……」
執事長はようやく一息つけた。
王都の屋敷は領地の屋敷より広くない。
地価が高いのだ。これだけの物件でも借家としてはそれなりにかかる。一軒家として買うことはできなかった。元々、そこまで長居するつもりもなかったからだ。
エノールは母親に介抱され、辿々しく見知らぬ屋敷を案内されると、部屋で服を脱がされ寝巻きに着替える。そのまま夕食を口にすることなく眠りについた。
「随分と疲れていたようね」
「そりゃあそうだ。五年ぶりの再会、私は顔を覚えられていないんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ」
「貴方は手紙でやりとりできたからいいでしょ? それに、あの子もうっすらとは覚えていたようよ」
「……薄らとか」
「仕方ないわよ。五歳なんてまだ物心つく前なんだから。私たちは……一度も屋敷に帰らなかったんだし」
それは決意とも取れて、恐怖ともとれた。何かしらの成果を出すまで我が子には会わないぞと言う決意にも、もし帰ってきて覚えられていなかったら、自分の帰るべき場所がなくなったしまうのではないかと。
エノールが二人を忘れた状態で、二人が屋敷に帰る必要などない。我が子がいる屋敷は故郷そのものなのだから。
それでもミラルダの声には後悔が滲んでいた。意気込んで屋敷を出発した五年前、思うようにいかず焦る日々の中、エノールからの手紙とそこに書かれている次期当主確定の言葉、それらに歓喜と絶望を抱いた。
苦し紛れに、諦め悪く縋るように王都に残ってどうにかコネクションを得ようとしたが、そうこうしている間にさらに三年の月日が経っている。五年だ。時間の流れは早いが、いつの間にか五年の月日が流れていた。
そして、自分たちの五年と子供の五年を比べてはいけない。エノールは人生の半分を両親なしで過ごしてきたのだ。どんな思いをさせたのかもはや想像もつかない。悲しませたのか、悲しんでさえもらえなかったのか。
二人の支えは見えるところに飾られた家族三人の写真だけだった。
「……この屋敷ともお別れね」
「まだ決まったわけじゃない。明日、エノールに確認しないとな」
「いいえ、きっとあの子は当主の道を選ぶわ。責任感が強いから……それに、私たちに残された時間も少ないし」
「後五年で成果を残して養子……ギリギリだな」
「もうあの子は領主としての道を自ら選び、進んでしまっているわ。後戻りしにくいところまで来てしまっている。それぐらいはあの子の計画を聞いて私も理解できたわ」
「奇遇だな。私もそれぐらいなら理解できた」
二人は顔を見合わせて笑う。アイジスはすぐに自室へと向かった。
「手紙を書いてくる。謝罪の手紙だから、また時間がかかる」
「分かったわ、後でお茶を淹れるわね」
「苦労かけるな」
アイジスの言葉に、ミラルダは笑って──
「嫁入り前から覚悟してたもの」




