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遊牧民の代表 〜領内旅編エピローグ〜

 領内の旅はその後、順調に終わった。 

 

 騎士のもとに訪れて根回しを済ませ、商会を訪れては言いくるめて忠誠を誓わせる。道中に訪れる町や街では犯罪組織に医者の噂、地元での暮らしぶりや生活における問題点、どこかに商業チャンスが転がっていないかも探し回った。

 

 ヤブ医者には金貨を投げ、まともな医者には銀貨を投げ、彼らから聞いた知識を執事長にまとめさせる。アルガルド家の執事長は伝統的に情報の収集と蓄積が仕事だったようで、書類仕事はなかなか堂に入ったものだった。

 

 犯罪組織はもう目も当てられない。外には強盗・山賊・盗賊が闊歩しているようで、自衛の武器は必須などと言っていた。特に何の備えもなしに山越えなど死にたいとしか思えないなどと、伯爵家の家紋がどれだけ効いているのか分かる話を聞かせてもらった。

 

 唯一何の噂も聞かなかったのはバルターに聞いた『魔女』の話だ。領内に住んでいるという噂だが、どこで聞いても首を傾げるばかりだった。

 

 『ヤコブの魔術師』という噂を聞いた時は、その人がおばあさんだということでもしやその人が『魔女』なのではないかと思ったが、どうやら違ったらしい。貴方が魔女ですかと聞くと、すごい勢いで怒られた。

 

 とかく町での問題点と医者・流行病・犯罪者の動向と分布は調べられた。いくつか小さな商業チャンスも転がっていたし、屋敷に帰ったらバルターのまとめた資料をもとに精査しようと思う。

 

 護衛を伴った生活もいい加減慣れてきて、私たちの間でのいざこざもなくなったある日、ようやくゴードン達と初めて会った町へと帰ってくる。

 

「それじゃあ、俺たちはここまでだな」

 

「持っていきなさい」

 

 私の言葉を受けて、バルターは金貨の入った包みをゴードン達に手渡した。

 

「喧嘩するんじゃないわよ」

 

「……おい、ちょっと多くねえか」

 

「ええ、弾んでおいたわ」

 

「……」

 

「……何よ、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいでしょ。これからもよろしくねってやつよ、ゴードンさん?」

 

「お前に敬語を使われると鳥肌が立つな」

 

「おい! ゴードン、何だその言い草は! エノール様はお前達のことを思って──」


 バルターの言葉が終わる前にゴードン達は背を向けてしまう。

 

 

「……ったく、あいつらは」

 

「やめなさい。そもそも、私が打算もなしに金貨を多めに渡す訳ないでしょ?」

 

「……まさか、またゴードン達を使う気ですか?」

 

「いいえ、今のところ予定はないわ」

 

「……」

 

「可能性はあるけど」

 

 執事長は何だか嫌そうな顔をした。

 

 私たちはすぐに屋敷の最寄り町アルガノドへと向かい、そのまま素通りして屋敷を目指す。

 

「……帰ってきたわ」

 

 女中達が出迎えする屋敷の玄関を見て、私は感動してしまう。

 

 約半年、長かった……

 

 毎日毎日移動と調査に交渉の日々、いい加減疲れてきたところだった。早くベッドに潜って休みたい。

 

「おかえりなさいませ、エノール様。道中お怪我はありませんでしたか?」

 

「ないわ、屋敷の方は大丈夫だったの?」

 

「はい、問題ありません」

 

 女中長であるマリエッタは微笑んでいた。

 

 バルターから手紙があって、帰りが今日になるだろうからと朝から出迎えの準備を済ませていたんだろうに、そこで私たちの無事は知っているのだろうが邸で帰りを待つ使用人達は主人の身の安全を思うのがマナーなのだ。半ば形式儀礼のようなやり取りを終える。

 

「それなら、早くベッドに潜って休みたいわ。長旅で疲れたの」

 

「……エノール様、申し訳ありません。悪い知らせを一つ、お伝えせねばなりません」

 

「さっき何も問題ないって言ったじゃない……」

 

「いえ、留守の間には何もなかったのですが、今先ほどお客様がいらして……」

 

「……」

 

 この屋敷を訪れるお客様なんて目当ては私しかいない。もしくは私を通して父と話をつけたいのだろうが、どちらにしても私が出る以外選択肢がない。

 

「はぁ……仕方ないわね、お客様を待たせるわけにもいかないし早く案内して」

 

「申し訳ありません、助かります。今は客室女中パーラーメイドが相手をしているのですが……」

 

 マリエッタの顔は少し顰められていた。少々問題のある人物なのだろう。

 

「……エノール様? あの……事前にお伝えしておくのですが、お客様を見て、驚かないでくださいね」

 

「何を言ってるの? そんな失礼な真似するはずがないわ」

 

「それなら良いのですが」

 

 見慣れた屋敷の客室に案内される。ここも久しぶりだ。『半年も』か、『半年しか』か、感じ方は人それぞれだろうが私は『半年も』の方だ。なぜだか懐かしい感じさえする。

 

 自分が一回り大きくなって景色が変わったんじゃなかろうかと考えながら女中長が扉を開ける。私は客室に入って──固まった。


「おうおう、貴殿がエノール・アルガルドか。これはお美しい」

 

「……」

 

「私は遊牧民代表リュエルティ・アーケレン、お初にお目にかかる、次期当主殿」

 

 そこには屋敷の天井に届かんばかりの、服がはち切れそうなほどの筋肉をその身に押し込めた銀髪の大男がいた。白いTシャツは一応王国の儀礼に則ってフォーマルな服装に入るが、明らかに特注で作ったと見られるそれが今にもちぎれそうになっている。それほどリュエルティの胸板は厚かった。

 

 私は目の前の巨人に絶句する。彼が遊牧民の名を名乗って、色々と想像してしまった。あぁ、帰りたい。

  

 ──帰りたい……






 王国と遊牧民の戦いは農耕民族と遊牧民族の争いの一つであり、それは大諸侯が統べる時代に遡る。

 

 農耕民族である諸侯側は農奴を使って耕作地を広げようとするが、それは遊牧民の生活圏を狭める行為だ。遊牧民族はただ草原を彷徨っているようで決められたルートを通っている。不用意に他の『家族』と接触しては争いに発展しかねない。故に武勇に基づいた縄張りというのがあったりする。

 

 つまり、遊牧民族はその広い草原に住んでいるが、彼らは別に土地を余らせているわけではないのだ。当然諸侯達と遊牧民の溝は深まり、それは生存競争へと発展した。

 

 戦いはもつれにもつれ最終的に一つ目の和平が結ばれる。しかし、それは諸侯側の手によってすぐに破られ、前回よりも多くの死者を出して二回目の和平が結ばれる。

 

 諸侯側の方が圧倒的人数が多かったが、質の上では圧倒的に遊牧民族の方が有利だったのだ。特に彼らの騎馬戦術は大軍を前に怯まず突撃し、大将を討ち果たして軍を壊滅させたという。

 

 それ故に圧倒的な国力の差があっても遊牧民と大諸侯はあくまで対等な関係で和平を結んだ。多少の賠償やら何やらはあったものの、遊牧民達もまた大諸侯達の領土と並ぶ一つの集まりとして認められたのだ。

 

 強大な帝国の出現と大諸侯の同盟は王国へと発展し、しばらくして帝国が滅ぶと平和な時代がこの地に訪れる。しかし、遊牧民族との争いだけは無くならなかった。

 

 帝国の衰退により王国民の目は再び国内に向けられ、そして遊牧民との争いが始まる。二度目の遊牧民との戦争より死者は出なかったものの、それでもなかなかに苛烈なものだったそうで、そこで遊牧民は何と勝利してしまった。

 

 その時、総大将を討ち取った家長を遊牧民の代表として王国の間で和平が結ばれた。大諸侯達が王国として協調したことで、遊牧民もまた簡単に兵糧攻めされることとなり、互いに害し合える状況で代表者が他の遊牧民達を押さえ込むことで、彼らの町での交易が許されるようになった。

 

 そう言った複雑な経緯が絡み合っての今回のスパッティオ事件は下手をすれば王国と遊牧民の戦争を再び蒸し返しかねない異常事態だったのだ。

 

「──本当に申し訳ない。私が不甲斐ないばかりに、まさか伯爵の娘を娶ろうとするとは……」


「あの……アーケレン殿はスパッティ殿の知り合いなのですか?」

 

「ん? ああ、いやいや。私は遊牧民の代表者と定められた家長の系譜だから、私もまた代表者なのだよ。我らは遊牧民の代表として他の民族を押さえ込む必要がある。我々の街での交易を許してもらうためにね。だから、できる限り多くの集団と接触しておかしなことをしていないか話を聞くんだが……それでスパッティオ達とも会ったら、何だか恐ろしい娘に会ったなどというじゃないか。それで話を聞いてみたら、相手は伯爵の娘を名乗っていたとなって……詳しく話を聞けばあれよあれよと出てくる話の数々。とても信じられる話ではないが、もし本当だとしたら大問題だとね。その様子じゃ、スパッティオのことは知っているみたいだな」

 

「あっ、はい……あの、スパッティオさんはどうなるんですか?」

 

「……貴殿が望むなら打首も辞さないな」

 

「い、いえ! 別にそんな……びっくりしましたけど、すぐに解放してもらいましたし、それに……別に悪い気はしなかったというか……」

 

「そうかそうか! 伯爵家のお嬢さんが寛容な人でよかったよ。ああ、次期当主様にお嬢さんと言うのは失礼かな?」

 

「エノール様は現当主代理のお立場でもございます」

 

「バルター!」

 

「そうか、それは失礼した」

 

「もう……!」

 

 何だか親に自分の自慢話をする子供みたいな気分……半ばあってるけど、親バカもほどほどにしてほしい。執事長にとっては重要なことだとはわかっているけど。

 

「それで、聞きたかったことはもう一つあるんだ」

 

「……」

 

 リュエルティさんが私を見る。マリンブルーの宝石のような目だ。思わずその瞳に吸い込まれそうになって──私はこの次に口にされる質問に心当たりがある。


「スパッティオ達がいうには、君が草原に向かって爆発を起こしたそうなんだが、それは何かの間違いかい?」

 

「……」

 

 周囲が少し剣呑な空気となった。ああ、この人……きっと、遊牧民の代表としての自覚があるんだ。私が遊牧民と敵対するとなれば確実にこの人は──私に刃を向けてくる。


 リュエルティさんの胆力に驚きながら、私は目を逸らしてどうにか言葉を探す。できるだけオブラートに、いえ、誤魔化せるならその方がいいわね。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……その様子だと、それも本当のようだね」

 

 誤魔化そうとした。言葉を考えた。でも……ダメだ。


 この人には嘘がつけない。吐ける自信がない。下手なことを言って警戒を買うわけにはいかない。

 

 バルターは少しリュエルティさんを睨んでいるけど、この人はどうってことないだろう。この人からは微かに戦場の匂いがする。盗賊団のアジトに向かった時も感じた。けれどこの人のは重厚に染みついたものだ。

 

 剣を向けられるくらいなら、普通に釈明した方がマシだな。

 

「……不用意に草原を焼いたことは謝ります。貴方方にとって草原は故郷とも生活圏とも取れるものでしょうから」

 

「いやいや、いいんだ。別に、責めようと思ったんじゃない。私としてもスパッティオの件は申し訳なく思っているし、むしろこちらが謝る側だ。すまなかった」

 

「……」

 

 判断を間違えなかったらしい。ひとまずこの件で敵対することは無くなった。しかし──


「だけど、一体どうやったんだい? まさか爆薬を……? ただの旅路に持っていくには物騒だと思うけれど」

 

「……アレは、半ば事故のようなものです。スパッティオさんたちにも悪いことをしました。申し訳ない」

 

「いやいや、謝らなくていいんだよ!」

 

 リュエルティさんはそういうが、此方も事情がある。だって、これが一番いい切り抜け方だから。

 

 平身低頭、あっちに罪悪感を持たせてそれ以上の追求を逃れる。

 

 この杖は、はっきり言ってやばい。この時代では戦略級の兵器になる。攻城戦においては無類の力を誇るだろう。私がいれば王国軍は無敵になる。私は勝利の女神として祭り上げられ、周辺諸国侵略の道具にされるだろう。

 

 それほどまでに危険な代物。自分でも理解している。たとえWW2というこことは違う地の大戦に持って行ったとしても、その力は恐ろしいものだろう。そして、リュエルティさんは戦人いくさびとだ。脅威となり得る存在を見逃さない、そんな気がする。

 

 だから、いたいけな少女を騙って誤魔化す。この人にこれ以上警戒されるのはまずい。

 

「此方としても不用意に遊牧民達との関係は悪くしたくありません。私はお父様から代理の領主としての立場を受け賜っています。何でしたら、そちらに賠償の方を……」

 

「それこそ我らが立場を危うくする! どうか顔をあげてほしい!」

 

「そうですか……この度はお騒がせして申し訳ない」

 

「ううむ……単なる好奇心で聞いただけなんだが、申し訳ないことをしたな」

 

 あれ、そうなの? 結構目つき鋭かったけど。

 

「……リュエルティ様はお父様のようですね。思わず竦み上がってしまいそうですわ」

 

「いやはや、其方のお父上は怖い人なのですな……私はそんなに怖いですか?」

 

「……少々、目つきが鋭くはありますね」

 

「申し訳ない。昔から気になることがあると怖い顔をすると家内にも言われていてな……」

 

 あ、妻がいるのね。そりゃいるか。めちゃくちゃ強そうだもん。多分家長なのだろうな。

 

「いや、今日は失礼した。家族達も待たせている。私はここで帰らせてもらおう」

 

「玄関まで送りますわ、またのお越しをお待ちしています」

 

「うむ。伯爵家の娘を攫ったと聞いた時は何を考えているんだと思ったが……スパッティオの気持ちがわかるな。貴殿が十年前に生まれていれば、同じことをしたかもしれない」

 

 あははとリュエルティさんは冗談めかしにいう。

 

「私のような少女を口説くなんて感心しませんわ」

 

「リュエルティ様、エノール様のお立場であまりそのようなことを言うのは……」

 

「これは失敬した。遊牧民のちょっとした挨拶のようなものだ」

 

 なるほどな。『君かわいいね』的な? 遊牧民のお世辞は求婚まがいらしい。

 

「今日は騒がせて申し訳なかった。みたところ長旅で疲れていただろうに……申し訳ない、配慮が足らなんだ」

 

「お気になさらないでください、リュエルティ様。またいつでもお越しください。と言っても、三年後には学園に向かってしまうのですが」

 

「ああ、これからも遊牧民との良い付き合いを頼む」

 

 そうしてリュエルティは徒歩で屋敷の門を潜って出て行った。

 

「……エノール様」

 

「バルター、疲れたわ。お湯の準備をしてちょうだい。少し早いけどお風呂に入りたいわ」

 

「かしこまりました」

 

 クソ疲れた……

 

 

 

 

「お帰りなさい、リュエルティ」

 

 アルガノドの宿屋にてリュエルティの妻、エスメラルダ・スパッティが出迎える。

 

「ただいま、スパッティ」

 

 スパッティの家系は遊牧民の代表という立場を与えられている。故に遊牧民や王国の民との交流が深く、彼らが家内で紡いだ文化もまた二つの異文化を混ぜ合わせたようなものだった。

 

 だからこそリュエルティとエスメラルダも土を踏み締めこの土地にこれた。リュエルティの妻はエスメラルダ一人だけである。

 

「どうだった?」

 

「やはり、何かを隠しているようだな。エノールとやらは事故のようなものだと言っていたが、あれは裏がある。誤魔化したいように私には見えた」

 

「そう、それじゃあ私たちは……」

 

「わからない。あの伯爵家がどうするのか、立場がわからんからな」

 

 リュエルティの家系はその性質上世情に疎くては困るのだ。必然的に交渉や政治に対して造詣も高まる。

 

「あの娘……次期当主で七歳だというが、領主の代理をしておる。領内をずいぶん旅して回ったようだが、騎士や商人達のもとを訪れていたようだ。目的は地盤固めと根回し……政策の協力者を集めたのだろうが、道中で盗賊団を潰している。その時も爆発があったと……」

 

「爆発のことはともかく、地盤固めとかは伯爵の指示ではなくて?」


「そうだと思いたんだがな、エノール(あれ)は裏が読めん」


 その言葉にエスメラルダは不安そうな表情を浮かべた。


「どうなっちゃうの、私たちは」

 

「わからん。少なくともあの小さな領主代理は領内に関心を示しているようだ……遊牧民とうまくやりたいという言葉も全てが嘘には聞こえん。だが、アレは自分の容姿を分かって使っている……周囲に自分がどう見えているかを理解して、その上でそれを存分に生かして交渉している。それに現当主のアイジス・アルガルドがどう出るかが読めない。そもそも、たがか一小娘が多少の入れ知恵で商人達が簡単に言いくるめられるものか。あの伯爵家はそこまでの力もないし、もしかすればあの子娘自身が何かをしたのかもしれん。油断ならんな」

 

 リュエルティは難しい顔をした。その表情を見てエスメラルダはエノールが夫の警戒に値する人物だと理解する。

 

 エノールの猫被りはバレていた。エノールの誤魔化しもまた見破られていた。


 道中で噂を聞き込んだ彼は諸侯の治める村で盗賊の討伐に志願したという青年の話を聞いた。

 

 貴族の娘が現場にいて、おそらくは伯爵家の娘であること。それから、盗賊団のアジトに向かおうとしたらいきなりそこが爆発して中から盗賊達が出てきた。ひどい火傷を負っていて、大半は爆発で即死したという。

 

 スパッティオの話でも空高く噴煙が上がったという。とんでもない爆発で、あんなのに巻き込まれたらすぐに死にかねないと言った。聞いた当初は信じていなかったが、関係のない場所で同じような話を聞くと確信が持てる。その爆発はエノールの仕業だ。

 

 爆発物を持ち歩いて領内を旅したのかと考えたが、エノールの反応を見る限りそうではない。現伯爵の指示で動いているのかと思いきや、だとしてもエノールが赴いて商人達が言いくるめられているのは不自然だ。随分と町のことも嗅ぎ回っていて、医学にもご執心らしい。リュエルティの中でエノールの人物像が定まらない。

 

 だが、リュエルティの直感は告げていた。エノールと対面して、自分の子供らしい容姿を存分に使って都合の悪い話を流そうとするエノールに気づいて、あれはとんでもない藪蛇だと悟った。

 

 気のせいかも知れない。リュエルティには確信が取れなかった。それでもこの直感に幾度となくいくさで助けられてきた。今更耳を傾けないわけにはいかないだろう。


 虎視眈々と此方を狙う双眸はとても七歳のものとは思えない。冗談を言ったが、自分の直感が本当だとすれば何が何でもエノールは欲しい。愛す愛さないの話ではなく、あれを嫁として囲わない選択肢などないのだ。エノールを引き入れるか否かで家族の、よもや遊牧民全体の未来が決まろう。

 

 商人達を言いくるめられる話術。抜け目のない根回しに情報収集と謎の爆発。自分の子供らしさを使うのに躊躇しない手段の選ばなさと機転の速さ。それら全てがあの容姿と七歳という年齢に矛盾している。


 これまでリュエルティは自分の直感に従ってきた。その直感も今回のように微弱なものではなかった。それはつまり、リュエルティの潜在意識が本来はどうやっても感じ取れないような危機を捉えたのだというしかない。

 

 戦人であるリュエルティは戦の勘があったからよかったものの単なる戦士や商人では気づくまい。アレの違和感は戦士と商人の二つの資質を兼ね備えていないと事前に気づくことはできないだろう。そうでない人間はアレの餌食になって散々振り回された後に気づくのだ。その頃にはもはや手遅れである。

 

 相変わらずこの領内は変わっていない。全くひどいものだ。土の民は一体何を考えているのか……病は広がり賊は跋扈して、騙し合いのような詐欺ギリギリの商売が横行している。リュエルティも何度も罠にかけられて賊の襲撃にあった。その度に返り討ちにしたが、あのエノールもまた同じことをした。

 

 齢七歳で、十数人もの人間を焼き殺したという。尋常な神経ではない。それに躊躇いがあったかはわからないが、少なくともまともな神経ではないのは確かだった。

 

 リュエルティは笑った。はてさて、怪物のような少女は自分たちにとっての女神になるのか悪魔となるか、少なくともなんでもない隣人であることはないだろう。自分の勘違いだという可能性は拭いきれないし、その方がどれだけいいことか……それでも一縷の希望にかけて楽観視をしていてはすぐさま自分たちは食われてしまう。


 遊牧民とは強かでありつつも儚い存在なのだ。

 

「明日早々に出発しよう。草原に帰るぞ。我々も何かあった時に備えなければならない」

 

「……わかりました、リュエルティ様」

 

「リュエルティでいい」

 

「ふふ、無理ですよ」

 

 夫婦は肩を寄せ合いながら日が暮れるのを待っていた。

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