森での生活 3日目 決意の間
「ありがとうな、忍」
「いえいえ、パートナーとして、当然のことをしただけですよ」
そうは言っているが、内心は嬉しいのだろう。顔を僅かに赤らめながらにっこり笑っている忍を見て、泣き止んだ俺も思わず笑い出した。
「やっぱり忍は優しいね」
そう言って忍の頭を撫でる。最近もうこれが癖になってきたみたいだ。忍も嬉しそうなくすぐったそうな顔をするだけで、嫌がられないので大丈夫だろう。
「そんなことないですよ。私が優しくするのは、親しい人だけですから」
「それでも十分優しいと思うよ」
そうして、その状態のまましばらく気の済むまで頭を撫でさせてもらった。そしてその後俺は、簡易テーブルの上に置いたままだったシルバーメタリックのハンドガン、デザートイーグルを手に取り、そのままストレージにそっと仕舞う。
「じゃ、俺はまた森に行ってみるよ。今日がクエストの最終日だから、何か変化があるかもしれないし」
「わかりました、ちょっと待っててください。私も一緒に行きます」
そう言って忍は自分のストレージの装備画面を素早く操作すると、今まで装備していた薄い黄色のパジャマを装備解除し、いつもの戦闘スタイルである黒い忍装束と愛剣のクナイを装備して俺のいる出入口までやってきた。その間に俺も、部屋着として着ていた薄いグレーのTシャツと短パンを装備解除し、黒とシルバーの初期戦闘装備を装備し、愛剣シュナイデンライトを肩から掛けて忍を待った。
「……翔さん、防具だけとはいえさすがに初期装備はどうかと思いますよ?」
部屋の奥から出てきた忍に言われ、うっと呻く。剣こそレア物だが、俺の装備はどれもこれも初期装備の強化版でしかない。今までの雑魚モンスター程度ならどうってことなかったが、さすがにそろそろ新しい装備に変えた方がいいかもしれない。
「って言われても、なかなかいい体装備がないんだよなぁ……」
今一番大きな町であるリーフベイ、その近くにあるのがこの森なのだが、リーフベイの装備屋にある体装備は、どれもこれも初期装備の強化版と同じぐらいの性能しかない上に俺の好きな黒があまり使われていない装備しかない。確かゲーム中盤ぐらいから装備の色変えをしてくれるNPCが大きな町に出現するが、おそらくその頃には今の最前線装備は雑魚装備になっているだろう。
「このクエストをクリアしたら、次の町まで一気に行きましょう。もしかしたらいいモンスタードロップがあるかもしれないですし、次の町ならマシな装備もあると思うので」
「そうするか、じゃあとりあえず、このクエストをとっととクリアするか!」
「はいっ!」
俺はニコニコと元気いっぱいに返事をする忍を見て、笑いながら森の中へ入った。昨日鬱蒼と繁った草木があったところに、なぜか一本の道が出来ている。顔を見合わせ頷きあった俺達は、そのまま細く続く道を辿って歩いて行った。
そこは、大きな崖の前だった。絶壁と言える程の崖が、目の前に広がっている。そしてこの崖に、俺は見覚えがあった。
「ここって……、もしかして初めにNPC師匠に突き落とされた崖か?」
「そ、そうなんですか?……こんな絶壁から落下して死なないなんて、翔さんのレベルは一体いくつなんですか……」
忍から浮かんだ疑問は俺とは違うみたいだが、独り言のようなのでとりあえずスルー。俺は自分の仮説が正しいかどうか調べるため、三割がマッピングされた地図を取り出した。
「随分黒いところばっかりですね……」
「そりゃそうだろう。このデスゲームのモデルが俺のプレイしていたMMORPG『バインド・ゲイム』なんだとしたら、自分の探索した場所がマッピング自動マッピングされていくっていうシステムだろうからな」
この世界の地図は、基本は初めは真っ黒だ。そこから自分で探索したところ、データを他プレイヤーから購入して反映させたところ、特定の敵モンスターを倒したときにランダムドロップする隠し地図データを反映させたところしか表示されない。なので地図を全部表示させようとしたら、相当な手間とリスクがかかる。普通のゲームなら俺もマップ全部を探索しつくすまで止めないが、今この世界はデスゲームなのだ、それも一年間という期限付きの。
俺たちがこのゲームに囚われてから早くも一か月が経とうとしている。だが今だ、五体いるというボスモンスターの最初の一体も見つかっていない。まだ一か月と言えばそれまでだが、どう考えても今の攻略ペースでは期限に間に合わないと俺は感じている。おそらく同じことを考えているプレイヤーが他にもいるのだろう、最近はよくクエストの受注が多いように感じた。俺もこのスキルクエストをクリアした後は、即座に次の町、そして迷宮エリアの攻略に行こうと思っている。
「ええっと、ここが今いる場所で、初日に師匠と登った崖がここだから……。やっぱり、ここは初めに突き落とされた場所で間違いない!」
確信を得た表情で忍を見ると、忍は逆に困惑したような表情を俺に向けていた。
「だとしたらどうしてそんな場所に?まさかこの壁を登ってこいってことなんかじゃないですよね?」
「それはない……と思いたいが、全くありえない話じゃないんだよなあ……」
そう言って俺がこの断崖絶壁をどう攻略するか考えていると、突然背後から声がかかった。
「そんなはず無いに決まっておるじゃろう、馬鹿者が」
そこに立っていたのは、このクエストのNPCであり、この崖から俺を容赦なく叩き落した、武道着を着た白髪の師匠だった。
「ちゃんと三日目まで生き延びたようじゃな、思ったより根性のあるやつじゃ」
そう言って、NPC師匠は俺の目の前まで来ると、「ついて来い」とだけ言って崖の方に歩いていく。慌てて追いかける俺と忍。その目の前で、師匠は持っていた結晶を崖の端にあった窪みに差し込んだ。瞬間、目の前の崖の一部がぽっかり穴をあけ、人が一人通れるぐらいの通路が出来た。
「さあ翔よ、ついて来い」
そう言って何の躊躇いもなく穴に消えていく師匠。俺と忍も顔を見合わせ、警戒しながらゆっくりと穴に入ろうとする。
「きゃっ!」
「どうした!?」
突然後ろから聞こえてきた悲鳴に、慌てて振り返る。俺の目に映ったのは、洞穴の入り口でパントマイムのように何か見えない壁を触っているようにしている忍の姿だった。
「どうしたんだ忍、早く入って……」
言っている途中で異変に気が付いた。力を込めて両手を前に突き出そうとする忍。だがその両手は、入り口の見えない壁によって、この洞窟内に入ってこれなかった。
「……どうやら、私はここには入れないみたいですね」
そう少し悔しそうに呟く忍。そして俺を見て諦めた表情を浮かべた。
「仕方ないので行ってください。どうやらクエストを受けた人しか入れないようです。私はここで待っていますので、どうかクリアして戻ってきてください」
俺は何か言おうとして、忍の顔を見て止めた。あの顔は、俺を信頼して送り出すときの忍の顔だ。
だから俺は笑顔で手を挙げると、大声で叫びながら手を大きく振った。
「絶対、スキルを手に入れて帰ってくるからなぁ!」
「はいっ!気を付けて行ってきてくださいっ!待ってますから!」
同じように大きく手を振る忍に背を向け、相当遠くへ行ってしまった師匠を追いかけて、洞窟の中を走り出した。
「ここが、『決意の間』じゃ」
俺とNPC師匠がたどり着いた洞穴の最奥、そこには一つ部屋があった。広さは大体学校の教室ぐらいだろうか、いつの間にかごつごつした岩の壁から隙間のない石煉瓦の壁に変わっていた。その一番奥に小さな祭壇のようなものが見える。青白い光を発する祭壇には、石の剣と銃が刺さっている。
「ここにお主の剣と銃を差し込め。そして祭壇の前に立つのじゃ」
「わ、わかりました……」
師匠に促されるまま、肩からかけていたシュナイデンライトとストレージに仕舞っていた優真のデザートイーグルを手に持ち、師匠が抜いた石の剣と銃の代わりに差し込む。ピッタリはまった二つの武器は、まるで初めからそこに収まっていたかのように見える。
「これで、後はどうすれ……っ!」
瞬間、最奥の部屋が猛烈な蒼い光に包まれた。視界全てを埋め尽くすような蒼い光は、どうやら祭壇の上のシュナイデンライトとデザートイーグルから発せられているようだ。
「始まったようじゃ……。翔!絶対に目を離すでないぞ!」
後ろで顔を腕で覆いながら叫ぶ師匠の声が聞こえた。その声に従い、俺は眩しさに閉じようとする目を必死に開いて、祭壇の二つの武器を見続けた。
『この剣の使い手は、貴方ね』
「……!」
頭の中に直接響いて来るような綺麗な女性の声。思わず左右を交互に見るが、後ろに師匠がいる以外、他に誰もいない。
『そしてこの銃の使い手は……そう、もう死んでしまったの……』
「なっ……!」
何故それを、と言おうとした口が、そっと防がれた。直接口を押さえられているわけではないのに、何故か声が出せない。
『貴方の心からの声にあの武器達が答えると言うのなら、私は、貴方に新たなる力を与えましょう』
「心からの……声……?」
戸惑う俺に、女性の声は優しく続ける。
『そう、貴方の本心からの言霊。貴方の覚悟よ』
「覚悟……覚悟、か……」
拳をギュッと握りしめ、俺は真っすぐ前を向く。猛烈な蒼い光は、何故かもう全く気にならなくなっていた。
「俺はこのゲームをクリアする。もうこれ以上、目の前で仲間を死なせたりしない!」
見開いた目は蒼く輝き、それに合わせて二つの武器も蒼く輝く。
『いい覚悟ね、あの武器達も嬉しそうに答えてる。貴方なら、きっと……』
目の前に白い衣服を纏った、女神のような女性が現れる。女性は俺に微笑むと、両手を広げて俺に言う。
『さあ、叫びなさい!貴方の言霊に、あの武器達はきっと答えてくれるわ!』
俺の頭の中に、突然言葉が浮かぶ。それを叫べばいいと、直感的に感じた俺は、頭に浮かんだ力ある言葉を叫ぶ。
「汝は剣、汝は銃、女神に任命されし二対の武器よ。我を汝の使い手と認め、我に新たなる力を与えよ!」
発した言霊は二つの武器に届いたのだろう。蒼く輝く二つの武器は、挙げた俺の両手にそれぞれ収まっていく。光が収まり、俺の目も元に戻った時、シュナイデンライトとデザートイーグルは、それぞれ右手と左手に装備されていた。
『ユニークスキル 銃剣、きっと貴方を支えてくれるわ』
微笑みながら俺を見る女神。その姿が徐々に薄れていく。
『頑張りなさい、翔。貴方なら、きっとできるわ』
モンスターやプレイヤーが死ぬときとは違う、優しく弾けるポリゴンになって、女神は俺の目の前から消えた。消える前にそっと手で受けると、優しく瞬いて消えて行った。
「……無事、ユニークスキルを獲得出来たようじゃな」
師匠はゆっくり背を向けると、出入口の方へ歩いて行く。
「帰りに家に寄っていけ、飯ぐらいは用意してやるわい」
「師匠……」
俺は師匠を追い掛けようとして立ち止まった。振り返り、祭壇を見る。
光を失い、何もない祭壇。その上に乗って、さっきの女神が手を振っているように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
俺は一度深く頭を下げると、師匠を追って洞穴の出入口へと走って行くのだった。
今回は前より早く更新できました。
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