幕間 エルバン第二王子
兄は凡庸な男だった。
学問も乗馬も剣術も、子どもの頃から自分の方が優れていた。
「何と素晴らしい」
「エルバン殿下は天賦の才をお持ちだ」
それに引き換え……。
降りそそぐ賛辞の中に、ある含みを聞き取るようになったのはいつからか。
――第一王子殿下も決して悪くはない。
――悪くはないが……。
王立学院では、第一年次で生徒会長に選出された。
エルバンと入れ違いに卒業した兄も生徒会長を務めたが、それは最終学年になってからのこと。
在学中の兄は、人望こそ厚かったものの、これといって目立った成果を挙げたわけではなかった。生徒会長としての実績は、いずれも兄一人の手柄ではなく、優秀な補佐たちあってのことと聞いている。
在学中の三年間、エルバンは学内の様々な仕組みを見直し、次々に改善案を出し、それらはいずれも高く評価された。
――もしかしたら。
という思いが彼の中に芽生えたのは、その頃だったように思う。
卒業し、公務に就くようになってからは、慣例に従い、王宮内の各部署の長を歴任した。
そこでもエルバンは才能を発揮した。
長年据え置かれていた各地の税率を見直すことで国庫の収益を上げ。
疎遠だった国と国交を結ぶことで貿易を活発化させ。
雇用制度の見直しで、平民からも優秀な人材を登用し……。
一つ成果を上げるたびに、彼は周囲に聞き耳を立てた。
「エルバン殿下を次の王に」
「エルバン殿下こそ王太子にふさわしい」
自分を推挙する家臣たちの声を数え、それが彼を玉座に就けるに足るかどうか、夜ごと計算を繰り返した。
――が。
彼の期待とは裏腹に、その数は遅々として伸びなかった。
だから、彼は少しばかり手を加えることにしたのだ。盤面に。
エルバンは自室の卓上に置いたチェス盤を見やった。
白のキングの前には、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイトがひとつずつ。
白のルークは早々に老いで亡くなった。
彼はルークを盤外に移動する。
ビショップとナイトは片づけた。
彼はビショップを、次いでナイトの駒を弾いて倒す。
クイーンは今や病床で、余命いくばくもないという。
白のキングの周囲は、じきに空になる。
一方、黒のキングの傍らにはルークがひとつ――貧しい子爵家に生まれながら、ずば抜けて高い霊力を発現したとされる少女。
新たなルークを、彼はこちら側に取りこんだ。
「精霊祭、か」
盤上から黒のルークを拾い上げ、彼は指先で弄ぶ。
『もしも殿下がどうしても、精霊祭を外でとおっしゃるのなら……』
あの日、彼の計画を知った聖女は、縋るように言ったものだ。
『何とぞ、民たちと共にランタンも広場にお集めください。この世を去った者たちが、道に迷わずに済むように』
「ふん。馬鹿馬鹿しい迷信だ」
死者の魂も霊力の存在も、エルバンは全く信じていない。
そのようなものは王家の旧弊な慣習にすぎず、精霊祭にしたところで、かつての王家が神秘性を保持するために、あえて閉ざされた「秘儀」として伝えてきたに違いない。
――というのが彼の持論である。
「だが、広場を埋め尽くすランタンの灯か。その光景は悪くない」
地上の星空のような灯に照らされ、王宮のバルコニーに並び立つ自分と聖女の姿は、さぞや印象深く国民の目に映るに違いない。
――そう、さながら次代の王と王妃のごとく。
彼は手の中のルークに囁きかけた。
「大人しく私の言う通りに踊っていれば、いずれはな」
その時、部屋の扉が叩かれ、外からくぐもった声がした。
「殿下。そろそろ式典が始まります」
「わかった。今行く」
純白の聖衣を翻し、自信に満ちた足取りで彼は部屋を出ていく。
その背後で扉が閉まり、無人になった室内で――。
見えざる手に動かされたように、盤外に転がるチェスの駒が一つ、また一つと起き上がった。
白のルーク。白のビショップ。白のナイト。
黒のルークは盤外に置かれ、代わってもう一つの白のルークがこつ、と盤上に配置される。
そして二つの白のポーン。
遠く、祭りの賑わいが聞こえる部屋の中、黒のキングは完全に包囲されていた。




