7.
気がつけば、パーカーの姿は車椅子ごと消えていた。
原告席には一つしか椅子がなく、ヴェラは最初からそこに一人でいたと、父もクイルも口を揃える。
「えっ。で、でも……前聖女様は、パーカー様のご住所を教えてくださった時、パーカー様は普段は面会謝絶だと……」
「当然よ。死者がそう簡単に生者と会っていたら、この世の理はめちゃくちゃになってしまうわ」
突如割り込んできた声に、ヴェラ達は驚いて振り向いた。
そこには、畏れ多くも王太子殿下と今代の聖女様が並んで立っている。
ヴェラ達はあわてて最上級の礼を取り、彼らの中で最も位の高い父が、代表して挨拶の口上を述べ始めた。
「我ら、王国の太陽たる……」
「あー、今、そういう堅苦しいのはなしで。この場は一応、お忍びだからね」
そう言って笑う王太子殿下は、長身で見るからに切れ者然としたエルバン殿下とは対照的に、小柄で小太り。よく言えば親しみ深く、悪く言えば普通というか、これといって特徴のない方だ。
その王太子殿下が、つかつかとヴェラに近づいてきた。
「ヴェラ嬢。君、パーカーだけでなく、ダーウェントや前聖女様にも会ったって本当?」
「は……はい」
「彼らがすでに物故者だと、君は知らなかったのか?」
「えっ!? で、でも、お二方とも傍聴席では殿下の隣にいらっしゃいましたよね?」
ヴェラがそう言った途端、聖女様が「ほらぁ!」と口を尖らせた。
品の良い老婦人だった前聖女様に対し、今代の聖女様は誰もがはっとするような美少女だ。
「ですから、私もさんざんそう申し上げたじゃありませんか」
「えっ。いや、しかしだな……」
「……もう! これだから、霊力のない殿方は嫌ですわ」
そう言うと、聖女様はくるりとヴェラに向き直った。
「それより貴女。財務庁なんかより、聖女庁にいらっしゃらない? それほどの霊力、眠らせておくなんてもったいないわ!」
ね、と両手を取られても、ヴェラは混乱するばかりだ。
「いえ、私には霊力なんて……」
この国に生まれた貴族の女子は、子どものうちに必ず霊力の有無を試される。
この国に古くから伝わる聖女の血。その血は女子にしか伝わらず、最も色濃く発現した者が次代の聖女となるからだ。
その検査で、ヴェラは間違いなく霊力無しと判定されていた。
(いいえ。今はそんなことより……)
「物故者!? ダーウェント卿と前聖女様が、お亡くなりになったのですか?」
「その様子だと、本当に知らなかったらしいな」
王太子殿下が顔を顰める。
「一線を退いた者の訃報は公示しない。儀礼局にいた頃の奴の施策は、こんな形でも影響するわけか」
奴、というのはエルバン殿下のことだ。
なぜそんな法案を出したかといえば――。
「闇に葬られた者たちの存在を、有耶無耶にするためだ。……たとえばパーカーやダーウェントのような」
この先は場所を移したほうが良さそうだ、という王太子殿下の鶴の一声で、ヴェラ達はあっという間に王宮の奥まった一室に連れてこられた。
◆◆◆
パーカーを襲撃し、瀕死の重傷を負わせたのは、第二王子派の貴族だった。
エルバン殿下の側近で、パーカーに公金横領の疑いをかけられていたという。
「パーカー襲撃の下手人は捕まって処刑されたが、犯人に指示を出した者については、証拠不十分で不起訴になった」
王太子殿下のプライベートな応接間で、悔しそうにクイルは言った。
「ダーウェント卿は、聖女庁に来る前まで、長年司法局に勤めていた方だ。パーカーが聖女庁に来てからは、二人でずっとその調査を続けていた。微力ながら、僕もその手伝いをしていたんだ」
「まあ」
ヴェラは驚いて口許に手を当てる。
聖女庁とは、一線を退いたおじいちゃんおばあちゃん職員が、日がな一日のんびりと仕事をしている長閑な部署ではなかったのか。
「基本的には、その通りだ」
王太子殿下が憮然として頷く。
「いや『だった』と言うべきか。だが、第二王子派が妙な動きをするようになってからは、なかなかそうも言っていられなくなってな……」
パーカー達が調査を進める間も、エルバン殿下はあちこちの部署の重職を歴任し、その都度業績を上げては支持者を増やしていく。
その影で側近を使い、時には完全に違法な手段で政治資金を稼いだり、司法に介入したりし始めたため、王太子殿下は遂に、エルバン殿下を公務から完全に外すよう病床の陛下に進言した。
「私の心づもりでは、広大だが王都からは遠く離れた領地を公爵領とし、そこへ封ずるはずだった」
王太子殿下は苦い顔になる。
「だが、あろうことか、奴は聖女庁の長官職を希望した。政務とは完全に無関係な部署だからと」
ダーウェントとパーカーが相次いで身体を壊し、やがてこの世を去ったのは、殿下の着任から間もないころだった。
死因は――過労。
「ここが奴の最も巧妙なところだ。彼らの死について、奴は何ひとつ違法なことはしていない。ただ聖女に関わる仕事を増やし、職員を減らし、残った者に仕事を割り振っただけだ」
「いや、それ立派に殺人ですよね!」
思わず突っ込んでしまってから、ヴェラは慌てて「こほん」と咳払いした。
「エルバン殿下は、確実に死ぬとは限らなくても、高い確率で死に至る状況を意図的に作り出されました。これは立派に犯罪と言えますわ」
確率の犯罪。
前世のミステリ作品では有名な手口である。
「そう。だけど残念ながら、今のこの国の法律では、それだけでは――未必の故意だけでは、殿下を罪に問うことはできないんだ」
「……?」
一瞬の違和感。
けれど、それが何なのか掬い取る前に、クイルが悔しげに唇を噛む。
「だから僕は――僕たちは、ある計画を立てた」
「発案者は、やはりお亡くなりになった前聖女様よ」
そう言ったのは、聖女様だ。
「来月行われる精霊祭。その時に、エルバン殿下の犯した罪を、何もかも暴いてやるわ!」




