6.
こうして、前代未聞の公判は幕を閉じた。
ヴェラは、すとんと原告席の椅子にへたりこむ。
「これって、私、勝ったことには……」
「なりませんね」
隣からパーカーの声がした。
「敗れこそしなかったが、勝ってもいない。殿下の灯火法違反は議会でも覆らないでしょうが……」
裁判と違い、議会には派閥が存在する。
王太子派と第二王子派だ。
おそらく、何らかの方法で殿下の辺境行きは阻止されるだろう。
「殿下は返納金を支払った上で、聖女庁の長官職は続投。聖女庁の灯火予算は、改めて正式に増額される――というあたりが落としどころではないかと」
「そんな! どうしてですか。殿下は今回の件で、長官としては不適格ということには……」
せめて聖女庁からいなくなってくれれば、クイルの負担はなくなるのに。
「理由はいくつかありますが――」
パーカーの声には、心なしか労わるような響きがあった。
「最大の理由は、聖女庁が王国の政務とは直接関係しない部署だからです。聖女庁の長官というのは、本来、有名無実の名誉職なのですよ。その他の部署では、殿下に政治的な力がついてしまう」
王太子殿下とエルバン殿下の水面下の政争。
「もうひとつは、王家の面子でしょうね」
一介の伯爵令嬢、それも平民落ちした女が、一国の王子を辺境送りにする。
そんな前例を作るわけにはいかない。
なぜなら、王族に瑕疵などあってはならないからだ。
「だから、返納金の支払いだけで――つまり、手続きだけで済まそうということですか」
「…………」
ヴェラは唇を噛みしめた。
伯爵令嬢の身分を捨て、クイルと共に歩む未来を捨ててまで守り抜こうとしたものが、今、指の間からさらさらと零れ落ちていく。
エルバン殿下の姿はすでになく、裁判長と書記官も奥の扉から出ていった。
「ヴェラっ!」
文字通り、椅子を蹴倒して立ち上がったクイルが、ヴェラのところに駆けてくる。
「クイ……っぷ」
力一杯抱きしめられて、ヴェラの顔がクイルの胸に埋まった。
「ヴェラ。ヴェラ! 君って人は、何てことを!」
「ちょ、クイル。苦し……」
ヴェラはクイルの背中をぽんぽん叩いてアピールするが、クイルの腕は緩まない。
「待っててくれって言ったよね? 僕が必ず何とかするからって! なのに君は、たった一人でこんな……」
「クイル君。娘を離してくれんかね」
ふいに父の声がして、ヴェラはようやくクイルの腕から自由になった。
目の前に、見たこともないほど怖い顔をした父が立っている。
「ヴェラ。クイル君はともかく、この父に何の相談もせず、勝手に一人でこんな真似をした理由を説明してもらおうか」
「えっと、あの。私一人でしたわけじゃ……」
ヴェラは助けを求めるようにパーカーを見た。
車椅子の青年は、無言でヴェラを見返すばかりだ。その瞳に、面白がっているような光が揺れている。
「原告席にいるのが君だとわかった時は、息が止まるかと思った」
「最初にひと言でも言ってくれれば、父が腕利きの代訴人をつけてやったものを。よりによって自分一人であの殿下に挑むとは、無謀にも程がある!」
「ですから! 私一人でやったわけではありません!」
ヴェラはついに大声を出した。
「ダーウェント卿や前聖女様、それに、こちらのヘイ・パーカー男爵のご助力を得た上でやったことですわ!」
途端に、父もクイルも妙な顔をして黙り込んだ。
「そうだわ、クイ……シェーファー男爵。パーカー様には今回、本当にお世話になりましたの。どうぞ、今後何かありましたら、気にかけてさしあげてくださいませ」
そう言って頭を下げるヴェラを、クイルはしばらく途方に暮れたように見つめていたが、やがて絞り出すように言った。
「一体、何を言っているんだ、ヴェラ。君がパーカーの力を借りられるはずがないだろう。彼は……パーカーは、七ヶ月も前に亡くなっているんだ!」




