2.
……というやりとりがあった次の週。
その日、ヴェラは久しぶりに――本当に久しぶりに、王都のカフェでクイルとお茶を飲んでいた。
来年の結婚式に向けて、そろそろ準備を始めなければならない。その打ち合わせである。
本当はタウンハウスに招いてゆっくり話したかったのに、打ち合わせの後は職場に戻るというクイルのために、王宮近くのカフェの個室で会うことになった。
「手紙でもお伝えしましたとおり、聖堂は五の月の十一日が取れましたの。この時期は大きな行事もありませんし、気候もいいですから、お式の後はガーデンパーティにしたらきっと素敵ですわ」
「ヴェラ。実はそのことなんだけど……」
言いにくそうにクイルが切り出した途端、ヴェラは嫌な予感がした。
「エルバン殿下の発案で、来年から五の月の月末に、新たな行事が入りそうなんだ」
(――はああああ!?)
とは決して口に出さず、あくまで穏やかに「どういうことですの?」と問い返せた自分を褒めてやりたい。
「君が言うとおり、五の月は大きな行事もないし、暑すぎず寒すぎず、屋外で行事をするにはもってこいだ。そこで聖女様が王都中をパレードしつつ、沿道では聖女様の絵皿や、聖女様にちなんだ食べ物の屋台を出して、初夏の祝祭をしては……どうかと……」
クイルの声が尻すぼみに消えていく。
「そうですか。五の月の月末に」
「うん」
王都を練り歩く聖女様のパレード。さらに大規模な祝祭ともなれば、その準備は前月、いや前々月から始めなければならないだろう。
同じころ、ヴェラたちは披露宴の席次やドレスの仮縫いなど、やることはてんこ盛りだというのに、クイルは参加できるだろうか。
まして十一日なんて、行事の最終調整で一番忙しい時期だ。
招待客の大半は王宮職員とその家族だ。この忙しい時期に結婚式なんて、と呆れられたりしないだろうか。
最悪、式が済んだら、花婿もろとも全員そのまま仕事に直行、なんてことだってありそうだ。
「いや、さすがにそこまでは……」
「絶対ない、と言い切れますの?」
「う、うーん……」
言いよどむクイルに、ヴェラは畳みかけた。
「王宮職員の慣例では、結婚式の後、ひと月のお休みがいただけるのでしたよね?」
そのひと月は、風光明媚な地方の別荘で、ゆっくり過ごす予定だった。
「……うん。慣例では」
あくまで慣例。
そして王子なら、そんなもの命令ひとつで簡単に覆してしまえる。
「ヴェラ。ヴェラ? ごめん。泣かないで」
クイルが席を立ってきて、ヴェラをそっと抱きしめた。
「僕も君とずっと一緒にいたいよ。だからあの部署を選んだんだ。詳しいことはまだ言えないけれど、もう少しだけ待ってくれないか。僕が必ず何とかするから」
ヴェラは無言で首を横に振った。
クイルを信じていないわけじゃない。
だけど相手が悪すぎる。
「結婚式は秋にしないか。十の月なら、きっと時間にも余裕ができる」
「いいえ。どうせまたあのクソ王子が何かしらくだらない事を思いついて、あなたを振り回すに決まっているわ」
「ヴェラ。言い方!」
困ったように眉を下げるクイルの目の下にはくっきりと隈が浮き、髪や肌の艶も悪かった。
その姿が一瞬、前世の夫と重なって、ヴェラの胸がずきりと痛む。
(あの時、もっと早く動いていれば)
大切な人を失わずに済んだ。
(あんな思いは二度とごめんですわ!)
ヴェラは拳を握りしめた。
どんな手を使っても、この人を過労死から守ってみせる。絶対に!




