13.
騎士に引き出されてきたのは、先日ヴェラを尾けていた、あの男だった。
すでに一度白状した後なのだろう、騎士に促されると素直に話しだした。
去年の花祭りの少し前、西通りで淡青色の制服を着た若い男を待ち伏せたこと。喉を裂き、財布を抜いて逃げたこと。
依頼主は「ゴマ」と名乗る男で、金は前金と成功報酬の二度に分けて受け取ったこと。
「額は」
訊いたのはクイルだった。
「前金が金貨十五。後金が三十」
クイルは別の書類綴りを開いた。
「こちらはラミー伯爵家の出納簿です。同じ月に、庭師に対する支払いが二件記載されています。金貨十五枚と、三十枚」
「ちなみに裏社会で『庭師』といえば、殺しを請け負う人間のことです」
パーカーがさらりと付け加える。
暗がりで、椅子が倒れる音がした。
「そ、そんなもの、単なる偶然だ……っ!」
「そこの女も殺れって言われた」
男がぐるりと首を巡らせ、ヴェラを見る。
「先月の話だ。依頼主はゴマで、金額も同じ。……そん時はしくじったから、前金だけだったが」
ヴェラは思わず身震いした。あの日、通りを歩く自分を見ていた目。
「ヴェラ!」
クイルだった。顔を上げると目が合った。
――大丈夫だから。
口の動きだけでそう言ってから、クイルは淡々と言葉を続けた。
「先月もラミー伯爵家の出納簿には金貨十五枚の支出が記載されています」
「ラミー伯爵」
陛下が呼ばわった。
「ここへ」
闇の中から、痩せた初老の男がよろよろと明かりの下に現れた。顔は蒼白で、尖った顎の先からは汗が滴り落ちている。
「これなる男の証言と出納簿から、そちには殺人と殺人未遂の疑いがかけられている。これについて申し開きはあるか」
「……ございません。すべて私の一存でしたことにございます」
(嘘っ! ここへ来て、結局エルバン殿下を庇うわけ?)
ここでラミー伯爵が全ての罪を被ってしまえば、エルバン殿下は逃げ切れてしまう。
(待って。でも、それだと辻褄が合わなくない?)
「お……おかしいですね!」
ヴェラは思い切って震え声を張り上げた。
平民落ちした自分が、王の許しもなく口を開けば不敬になる。
けれど。
(大切な人をまた失うくらいなら――)
「じ……侍従武官のラミー様は、なぜ典医局の臨時職員であるヘンリー様を殺めたのでしょう? それに、なぜ儀礼局の臨時職員にすぎない私、平民のアグネスをわざわざ殺めようとなさったのでしょう?」
「ええ、本当に不思議です」
打てば響くように答えたのはクイルだった。
「ヘンリー君が毒草の混入を殿下に報告したことなんて、部署も職種も全く違う侍従武官のラミー伯爵はご存知ないはずだったのに」
「そうよねえ」
と続けたのは聖女様だ。
「まして、アグネスは先月儀礼局に来たばかり。ラミー伯爵との接点なんて、まったくないはずですのにねえ」
「そ……っ、それは……っ!」
ラミー伯爵が何か言いかけた時だった。
「要するに、何もかもエルバン殿下が裏で糸を引いてたってことだろ?」
広場から誰かの声がした。
「陛下を毒殺しようとしてるのがバレそうになったから、見つけた奴を殺して口封じした」
「そんくらい、学のない俺らにだってわかるわなぁ」
そうだ、そうだという声が次々に上がる。
「どうやら、結論が出たようだな」
陛下が言った。
「エルバン。今宵、彼らに判定を委ねたのはそなただ。今さら、彼らに裁く資格がないとは言うまいな」
「……っ」
エルバン殿下は、長いこと無言で立ち尽くし。
やがて、平板な声で言った。
「――申しません」
こうして、死者と生者の立ち合いの元で始まった、奇妙な裁判は幕を閉じたのである。




