第13話 純粋培養
翌朝。
頭に残る先生の杖の痛みに顔をしかめながら、俺は屋敷の庭園へと足を向けていた。
滞在が決まった王族一行のために、我がエルニズム辺境伯家は最高のもてなしを提供しなければならない。
父上がクソめんどくせぇ、バカ王子には残飯でも食わせとけとぼやいていた。
そしてその一環として、俺はバカ王子のクソ采配により、婚約者候補としてリンセ王女のお散歩のお相手を仰せつかっていた。
本当にバカだろあの王子。妹を傷物にしたいのか。
だが残念だったな、俺は喋る言葉は最低最悪のセクハラ変態小僧だが、中身は分別のある二十代の成人男性なのだ。生前の趣味はエロゲ。
……いや大丈夫だよ、ちゃんと分別はある。俺は破滅回避のために頑張れる男だ。
日差しが降り注ぐ薔薇のアーチの下、白い日傘を差した少女が佇んでいる。
淡い銀色の髪が風に揺れ、澄んだ青い瞳が俺を捉えた。
「……あ、エドワルド様。おはようございます」
静かな、しかし鈴を転がすような声。
昨日あんなお下劣カオス空間にいたとは思えない純粋可憐な静謐さを感じさせる少女だった。
……前世でのゲーム本編では一番の推しキャラだったんだよなあ。
ちな二番目は幼なじみのサーナ。報われない不遇なキャラなので幸せになってほしかったものだ。
「おはようございますリンセ姫様。よい朝勃ち日よりの朝ですね。姫様もさぞや濡れ濡れだったことでしょう」
姫の後ろで侍女たちが卒倒しそうな顔をしていた。ムンクの叫びを彷彿とさせる。
しかし姫本人はやはりきょとんとしている。
そう、これこそが……主語を排除し曖昧に語るエロトークという、俺の苦肉の策もとい解決策だ。
さすがに無知とはいえ、う○こち○こおっぱいおしりおっぱいま○こと連呼すれば流石に純粋培養のお姫様でも気づくだろう。
だがこうやって主語を隠した隠語、比喩表現ばかりにすれば大丈夫! ……のはずだ。
王女様は小首を傾げつつ、静かな無垢な笑みを浮かべた。
背後に控える侍女さんたちが、ムンクの叫びから般若のような形相に変貌して俺を睨みつけているが、声は出さない。
昨日の一件で「このクソガキにツッコミを入れるとさらに泥沼になる」と学習したのだろう。実に見事なリスク管理である。俺はあなたたちを評価し尊敬しよう。
「濡れ濡れ……ええそうですね」
よくわかってないまま、しかし下手に質問で返さずに無難に肯定してくる。
なるほど、純粋でありながら決して全方向に無知かつ蒙昧なのではなく、ちゃんと相手を立てる礼儀を持っている。
「そうですね、朝露が窓や木々を濡らしていましたものね!」
「ええ、姫様の髪も濡れ羽色に輝いていますわ」
侍女さんたちがフォローを入れる。
濡れ羽色とは黒なのだが、ここでそこに突っ込みを入れる人間はいなかった。世の中、正しさよりも場の空気が優先されることはいくらでもあるのだ。
「……ところで、エドワルド様」
「はい、何でしょうか。夜のお勉強のお誘いなら残念ですが先約がいるのでお断りするしかありませんが」
「ええ、それです」
俺の主語を抜いて比喩で誤魔化したセクハラに、しかし彼女はそれですと言ってきた。どれだ。
「昨日あまり聞き取れなかったのですが、魔族の方が教師についておられるとか」
「ええ、淫らな夜の教師です。夜のお勉強の他に、魔術の研究もしていますね」
「その方、私にも紹介していただけませんか? 私もいろいろと学びたいのです」
後ろで侍女さんたちがものすごい形相と勢いで両手で×の字を作っていた。
ええわかります。
「そんなの、王宮の夜の英才教育の方がよろしいのでは?」
俺はそろそろ気づいていた。
「夜の」と単語にねじ込むだけでエロワード認定されるという裏技を。
「ですが、お兄さまがどうせなら外の世界に生きた者から学んだ方がいい、と。エドワルド様の家庭教師は魔族だし珍しい知識も教われるのでは、と」
何を言ってるんだあのバカ王子は。昨日さんざん先生に対して魔族は怪しいと難癖付けてきた癖に。
あれか。二重人格か何かなのか。
「ここに滞在する数日の間だけでも、私も教われないでしょうか」
「ええ、安心してください。襲われますよそれはもう」
……しまった。異口同音の駄洒落セクハラワードが俺の意志に反して口を出て、それが了承の意味になってしまった。
くそ、やはりまともに使いこなせないな、このエロワードエロリズムは!
「……ありがとうございます」
リンセ王女が頭を下げる。
その後ろで侍女さんたちず般若を通り越した蛇になっていた。
なおこの蛇というのは、あのにょろにょろした長くて手足のない爬虫類のことではなく、能における女が嫉妬や怨念で生きたまま鬼になることを指す。般若とは鬼になりかけであり、蛇とは完全に鬼に成った姿を言う。
ようするにそれだけ激しい形相ということだ。気持ちはわかります。
……しかし困ったことになったな。
父上ほどではないが言動が所々に無礼なあのメイジーメイ・ブラック先生をこの王女様に紹介、か。
変な実験されなきゃいいんだが。
……ああ、気が重い。




