第9話 【閑話①】ラフィセル
「――あの方が、第一王子ゼファル様だよ」
幼い頃、母に連れられ離宮を出た僕は、運命の出会いをした。
眩い光の中、花々の咲き乱れる庭園で出会ったのは、五歳年上の異母兄弟だ。
使用人たちの噂話からその存在を知ってはいても、実際この目で姿を見たのは初めてだった。
王妃様はふわふわとしたピンクブロンドの髪に朱色の瞳をした、儚げな雰囲気の方だ。
でも、ゼファル様は違う。
瞳の色は王妃様似だけれど、目元は涼やかでキリッとつり上がり、艶やかな黒髪に整い過ぎた人形のような顔立ち……
紅をさしたような唇に雪のような白い肌が、僕の目に焼きつく。
(あの方が、僕の兄上様……!!)
感動で胸がいっぱいだった。一目で魅了されてしまうほどの美しさに、言葉にならない嬉しさが湧き上がった。
「き、きれい……」
ほわあ、と無意識に感嘆の声を上げてしまったからか、ゼファル様は遠くからでもこちらに気づいたようだ。
たしか十歳ほどだったはずだが、その年齢には思えない大人びた表情でこちらを見遣った。
「……」
次の瞬間、不愉快そうにその顔が歪む。
不本意ながら虫けらが目に入ってしまった。そんな目で僕を見て、そして朱色の瞳はスッと逸らされる。
――その瞬間、なぜか僕の胸の鼓動はさらに高まったのだった。
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『ラフィセル、誇り高くあれ』
それが母の口癖だった。
僕の母は元騎士だ。
この国では女性騎士も珍しくはない。お父様とは主君と護衛騎士の間柄だった。
それがどうしてか見初められて側室という立場で王宮に入ることになった。
僕が生まれた後でもたまに、母は釈然としない顔で『なぜ騎士である私がこんな所にいるんだ……』と呟いていることがある。
『諦めが悪いセフィーを囲い込むには娶るしかないと思ったんだ』
頻繁に離宮に顔を出すお父様は、その度に母をなだめすかしていた。
一目惚れで積年の片想いだったとよく語る。
セフィラ・モーガン、それが僕の母の名だ。
一代限りの男爵位を貰った騎士の娘、という立場だった。未来は自分で切り開くしかない。そう考えた母は、当然のように騎士を目指したと言っていた。
どっかの金持ちへ嫁に行くという選択肢がなかったあたり、脳筋なんだなと思う。
そして騎士らしく、名誉と身内への庇護欲が普通ではなかった。
『私がお前に教えられるのはこれだけだ。ラフィセル、侮辱する者を許すな。身内を守れ。そして軽んじてきた敵どもを必ず地獄へ送ってやれ!』
『はい! 母上!』
――今から考えると、物騒な教育だったのだなとわかる。
けれど、決して間違ってはいないと思うんだ。
守るべきものができて初めて、僕はそう感じていた。
「ルード! もう一本!」
「まだ続けるのですか、少し休憩されては……」
「いや、まだだ!」
訓練用の剣を握り、僕はルードに打ち込んでいった。
カンッ、と鋭い音がして剣が弾かれる。そのまま立て続けに剣を振るうが、ルードは片手だけでそれをいなしてしまう。
今いる騎士団の訓練場は、王宮の一角にある。
僕の職場であるゼファル様の翡翠宮から近いので、仕事の合間によく訓練をしにきていた。
母は騎士だし、お父様も背が高く体格が良いほうなので、僕だって頑張ればもっと逞しくなれるはずなんだ。
「姿勢を低く! 踏み込みが浅い!」
「はいっ!」
訓練中は、護衛騎士でも師匠として接してくれる。
ルードは母の元部下で、僕が赤子の頃から付き合いがあった。
長身のルードは、身体も分厚いし筋肉もしっかりついていて、僕の理想だ。
何より体幹にブレがなく、どんな姿勢で打ち込まれても対処できてしまう。
……羨ましい。
僕も早く大きくなりたい。
大事なものを守れるように強くなりたい!
「ですが、ゼファル様の夕食のお時間が」
ハッとして僕は周囲を見回した。
夕方の警備の交代時間となり、訓練場と繋がった詰め所へ騎士たちが続々と戻ってきている。
「大変だ! 水を浴びてこないと!」
「側仕えの服を用意しておきます。ラフィセル様は剣の片付けを」
「はい!」
訓練で汚れた姿など、ゼファル様には見せられない。
井戸水を何度も浴びて身体を清めてから戻るのが常だった。
汗臭いのも絶対に嫌だ。今日も「かわいいね」って言ってもらえるよう、絶対顔には傷をつけないようにしている。
「ハッ……香油で匂いも誤魔化さないと。あと髪もとかして」
実は訓練を頑張りすぎて、手のひらが豆だらけなのはもうバレてしまっている。
手を握って隠した僕に、ゼファル様は……
『頑張り屋さんだね、ラフィ』
頭を!! 撫でてくださった!!!
思い出すだけでじわっと涙が出そうになる。
謀反だなどと濡れ衣を着せられたときは、どうやってゼファル様への敬愛を示したらいいかと迷った。でも、予想外の方向に転がって僕はもう毎日どうしたらいいのかわからない。
だって側仕えなんて! 僕がゼファル様の側で四六時中お仕えできるなんて!
ご褒美以外なかった。
しかもあの日は――
『でも、こうして部屋で二人のときは、兄上と』
『えっ』
『私も公務中でないときは、ラフィと呼んで構わないか?』
(あああぁぁぁぁゼファル様! いや、兄上!! 優しすぎます美しすぎます目が潰れる!! 大好きです!!!)
ばっしゃばっしゃと勢いよく井戸水を浴びる。
僕はあふれんばかりの兄上への愛を宥め、なんとか抑え込んで熱を冷ましてから、夕食の給仕へと向かったのだった。
現在の僕の目標は、兄上をこの腕で抱きあげお運びできるよう、鍛えることである。




