第7話 できれば平和にお茶が飲みたい③
「ゼファル様、お茶をお持ちしました!」
「ああ、ありがとうラフィセル。手が離せなくて……中へ運んでくれる?」
「はい!」
ワゴンを押して部屋に入ったラフィセルは、窓辺のソファにゼファルの姿を見つけてパッと瞳を輝かせた。
しかし次の瞬間、目を細めてワゴンから手を離しそちらに駆け寄る。
「メリア! この動物たちを外へ出して!」
「ええぇ……みんなちゃんとお土産も持ってきたよ? おしごとしてるよ?」
「そういう問題じゃない! ああもう、ゼファル様に集るなー!!」
いつものごとくラフィセルは顔を真っ赤にして叫び、大窓を開けた。そして『聖獣が入れるのはテラス席まで!』と叫ぶ。
宗一郎は苦笑して、傍らで羽を休めていた大きな鳥に手を伸ばす。
「ごめんね、セラ。テラスに移動しようか」
『構わないよ。僕らはゼファルのいる場所ならどこでも』
聖鳥のセラはハシビロコウのような威厳のある姿をしている。
こちらも名付けはメリアだが、ルルよりも成熟しているせいか何度かリテイクがあった。
あまりにも決まらないので宗一郎が『セラ、綺麗な響きだと思うな』と口を出して決まったのだ。
聖女と聖獣にも相性があるのかもしれない。
『おてて! ぼくをおててにのせて!』
手のひらサイズのモモンガの聖獣が叫んだ。こちらは『ももちゃん』と安易に呼ばれているが本人はまったく気にしていない。
本来は夜行性のはずだが、なぜか宗一郎に会うため朝からここへやってきて、ずっと寝ていた。
時折、黒い服の中に入って寝ているので、ラフィセルがつまみ出してポイッと放ることもあった。まるで害虫扱いだ。
(小さくても、聖獣なんだけどなぁ――ラフィは怖いもの知らずだよね)
メリアは宗一郎の背におぶさり、べったりくっついたままテラス移動を受け入れていた。三時のお茶と一緒にお菓子がきたので食べる気満々である。
「メリア! 自分の足で歩きなさい!」
「ヤダー」
「こっのクソガキ……ッ!!」
口が悪い。
まあまあ、と二人を宥めながら宗一郎が外の椅子に腰掛けると、湯気の立つ茶と焼き菓子が運ばれてきた。
黄金色の焼き菓子をひとつ取って、メリアに渡す。
相変わらずジト目の幼女だが、保護して三週間ほどが経ち、栄養状態がいいせいかだいぶ少女らしくなってきた。
おかっぱの黒髪も櫛を通しているためツヤツヤだ。
「ラフィセルも座って、一緒に」
「は、はいっ! 失礼します」
パッと頬を染め、ラフィセルは宗一郎の向かい側に座った。
(最近目が合わないなぁ……)
ゼファルと敵対するはずのラフィセルだが、追放を回避しだいぶ打ち解けたと宗一郎は考えていた。
逆に、原典では協力関係のはずの聖女メリアとラフィセルの仲が険悪になっている。これは少し問題だった。
年頃になって出会うからか、本来なら二人は仲間兼恋仲のような雰囲気になる。
(それがなぜ、毎日怒鳴り合いに? 実は喧嘩するほど仲が良い……とか)
宗一郎は膝に座ったメリアの口をフキンで拭いてあげながら、思案した。
メリアは毎日のように宗一郎の部屋にきていて、たまに夜遅くなって泊まっていく。
『一緒のベッドで寝るの!』
『ダメに決まってんだろ!! だったら帰りなさい!!』
『ヤダー!』
メリアに別の寝床を用意したラフィセルは、見たこともないような鬼の形相をしていた……
しかしその努力の甲斐なく、翌朝メリアは宗一郎の腕に抱かれて眠っていた。それを見つけたラフィセルはこの世の終わりのような悲鳴を上げたのだ。
『僕だって添い寝してもらったことないのに!!』
涙を滲ませながら叫んだラフィセルを見て、宗一郎はそんなに寂しい幼少時代を送っていたのかと胸を痛めた。
王の側室であるラフィセルの母は、子には無関心だったのだろうか?
(メリアも、母親が客間にいるんだけど……本当にここでいいのかな)
そのうち三人で川の字になって眠るのもいいかなと考えた。
ゼファルの部屋のベッドは大きく、おそらくキングサイズなので狭くはないだろう。
もしかしたらそれで二人の仲も改善するかもしれないし……と、宗一郎は軽く考えていた。
『ただいま! ほーら今日の分だぜ!』
神聖区の森から戻ってきたルルが、お茶会中のテーブルに『聖霊樹の実』の入った袋をどさりと置いた。
「わあ、今日もたくさんだね。すごいよ、ルル」
『ふふん、オレが一番すごいだろう? なあなあ、嬉しいか?』
「うん、ルルが頑張ってくれたことが嬉しいな」
宗一郎は白猫を抱き留め、その首のあたりを丁寧に撫でた。
ゴロゴロゴロゴロ……
喉鳴らしが止まらないルルは、メリアがいるのも構わず宗一郎の頬に身体をすり寄せ、長い尻尾をしびびっと揺らした。
実はルルだけでなく、ハシビロコウのセラも、モモンガのももちゃんも『聖霊樹の実』を宗一郎の元へと持ってきている。他の聖獣の手前、ルルに『一番』と格付けするのは望ましくなかった。
「ありがとう、ルル」
だから、心からの礼を言うだけに留めた。
競わせたりいがみ合わせる関係を宗一郎は望んでいない。前世でも、営業成績は大事だがそれで心を病むのはいけないと思っていたタイプだ。
総務部長のときは『みんなの頑張りでこんなによくなりました』と朝礼で礼を言うことも多々あった。
宗一郎は営業部長ではないので、ふんわりと皆のモチベーションを上げられればいいのだ。
『とりあえず褒めてくれ。もっと褒めてくれ』
『ぼくも』
『僕らもちゃんと持ってきたよね、ゼファル』
ルルにつられたのかももちゃんもセラも撫で欲求が激しい。
実は――こうして聖獣である彼らが毎日、競うように実を集めてくるようになったのには理由があった。
ルルが聖獣の集まりで、宗一郎のことを自慢したのである。
そして興味本位で訪れた聖獣は今のところリピート確定だった。完全に宗一郎の沼に足がはまっている。
「ルル、お腹は空いてない?」
『狩りもしてきたから腹いっぱい』
うなあぁ、と甘え鳴きをする白猫を、向かいの席からラフィセルが忌々しそうに睨んでいた。
実はルルがすりすりするせいで宗一郎の服はいつも毛だらけなのだ。
白猫と黒衣の相性は最悪だった。
「ごめんね、ラフィセル。いつも毛を取って貰っていて……」
「いえ! それは全然構いません!……ゼファル様に集まってくる聖獣が悪いので」
(そういう怖い顔すると、原典の通りの『復讐の王子』の片鱗があるな……)
宗一郎は白猫が頬ずりするのに任せつつ、素知らぬ顔で茶を飲んでいた。
たまに尻尾が予想外のところから襲ってくるし、宗一郎の腹部をふみふみしながら寝られてしまうのだが、総じて猫好きなので困ってはいない。
「殿下、お客様が……」
側仕えのラフィセルを席に座らせてしまったので、取り次ぎをしてきたのはルードだった。
今日は彼が護衛の係らしい。
「事前連絡もなく突然来たのは、誰?」
宗一郎はにっこり笑って問いかけた。
その笑顔と言葉に含みを感じたのか、ルードの巨体はビクッと小さく震える。
「フォルヴァイン公爵様です」
「――」
ぴたり、と宗一郎はカップを傾ける手を止めた。
異変を感じたのかルルの三角の耳がピクピクと震える。
「取り込み中で会えないって……可能かな」
「殿下?」
ルードが訝しむのも無理はない。
フォルヴァイン公爵家は、第一王子ゼファルの後ろ盾となっている高位貴族だ。
公爵家から無理矢理ねじ込まれた妃を娶らなければならなかった王は、第一子であるゼファルが産まれると、契約婚の義務は果たしたとばかりに正妃に目を向けなくなった。
そしてゼファルとその母は、フォルヴァイン家だけを頼りに生きてきた。
現在のフォルヴァイン公爵は王妃の弟、つまりゼファルの叔父が継いでいる。
「……」
リヒャルト・フォルヴァインは狡猾な男だった。
原典のゼファルのそばにはいつも彼がいた。
王に無視されようと第一王子はゼファル。そして正妃はフォルヴァイン家の娘である。
その立場を利用して貴族たちを抱き込み、ラフィセルを排除しようと躍起になっていた。
(ラフィセルの追放が上手くいかなかったから、言いたいことがあるんだろうな……)
なぜ側仕えにした、と非難されるに違いない。
本来なら王子の立場のほうが上のはずだが、リヒャルトはゼファルが幼い頃から足繁く王宮に通い、甥っ子を支配的に囲い込んできた。
抑圧された感情をコントロールできず、ゼファルが不安定なのはこの男のせいでもある。
カタカタ……と手袋をした手が震える。宗一郎の意志とは関係のない、本能的な反応が身体に現れていた。
「……」
ルードはそれを見て暫しの間沈黙していたが、唇を真一文字に引き結び顔を上げた。
そして声を張り上げる。
「ラフィセル様、体格がよく厳つい近衛騎士を残していますから、盾にお使いください。……そして殿下の側仕えとして、客に対処できますね?」
「ルード? どうするの?」
「殿下、ご無礼をお許しください」
ラフィセルと話していたはずのルードは、突然宗一郎に向き直り身を屈めた。
「――はい?」
逞しい腕に、軽々と抱き上げられていた。
さすがの宗一郎も予想外の展開に素っ頓狂な声を上げる。
ゼファルの身体は成人男性の基準よりやや大きく、また剣術などで鍛えているためそれなりに重い、が……
屈強な騎士には関係ないらしい。
「ゼファル様は不在。宮の中を捜索されてもそうお答えください!」
言うが早いか、ルードは宗一郎の身体を抱き上げたままテラスの手すりを飛び越えた。
ちなみにゼファルの部屋は二階だ。
「――ッ!!」
――唖然とするラフィセルと一瞬だけ視線が合ったが、なにも告げられないまま宗一郎は連れ去られる。
ジト目のメリアだけが「りょうかーい」と小さな手を振り回していた。




