第5話 できれば平和にお茶が飲みたい①
「ああ、今日はにぎやかな一日だったなぁ……」
子どもや猫を愛でるのが、宗一郎は昔から好きだ。理由はわからないが前世からよく好かれていた。
ゼファルの部屋で始まったお茶会は、ブランチの時間からはじまり、日が暮れて解散となった。
途中、宗一郎の膝に座る権利を賭けてメリアとラフィセルが駒を使ったゲームを始めた。熱中する二人を微笑ましく眺めて茶を啜り、勝負の行方を見守る。
聖女補正なのか、メリアの頭がすこぶる良いのか、今日初めてルールを知ったはずの彼女が勝利。
ジト目のまま両腕を高々と上げるメリアと対照的に、ラフィセルは地面に崩れ落ちて絶望していた。
『取り合いなどしなくても、いつでも乗せてあげるから』
『えっ、ほ、ほんとうですか!?』
『もちろん。私のたった一人の弟だろう、ラフィ?』
『ブッフォ!!!!!』
ルードがそこで盛大にお茶を吹き散らかした。
護衛だからと辞退していたのを無理矢理にお茶会に引き込んだせいだろうか、ルードは顔を青くしたり赤くしたりと忙しい。
『おっと……二人の時だけに、と約束したのにごめんね』
『ゼフ、ァ、あ、兄上~!』
感動の兄弟愛を目にしたはずのルードだったが、その視線はゼファルの穏やかな微笑みにだけ向けられている。
そしてハッと我に返って顔を真っ赤にした彼は、お茶のこぼれた床を拭き始めた。
その顔色を見て、風邪かなと思った宗一郎は「お大事にね」とハンカチを渡すだけに留めた。
『ぜーふぁーーー』
『はい、はい。メリアはどうしたの?』
膝に乗ったメリアが構って構ってと足をバタバタしはじめたのでそれどころではなくなった。
メリアの背中には、我も我もと参戦してきた白猫の『ルル』がいる。例の拾った白猫だ。
ちなみにこの命名はメリアである。
それから勃発したのは「誰が膝に乗せてもらうか選手権」だった。
白猫とメリア、そしてラフィセルの攻防を微笑ましく見ているだけで、宗一郎の転生二日目は楽しく過ぎていった。
「……さて、と」
深夜になり、一人になった宗一郎はベッドの上で原作本を開いていた。
メリアは母親に連れられて行き、ラフィセルは側仕えの部屋へ。ルードは別の騎士と交代し、見張り番は部屋の外だ。
つまり、独り言し放題だった。
「原作本……ううん、言いにくいな。原典、にしようか」
『捨てられ聖女の復讐譚』の原典は今、宗一郎の手のひらの上でうっすら光りをまとい、鎮座している。
ページも勝手にめくられていく、オートマチック仕様だ。
そこには朱色の文字で、現在のメリアとその母親の様子が綴られている。豪勢過ぎる王宮の客間で所在なさげにしばらくオロオロしていたようだ。
【空腹が満たされたメリアは母と共に布団に入り、幸せそうに目を瞑った――】
(うんうん、それはなにより。やっぱり母親も一緒に連れてきてよかったな……)
宗一郎は安堵しながら、新しく綴られる朱色の文字を撫でた。
そしてくるりと背後を振り返り、窓の方へ視線を投げた。
「――ルル、盗み聞きはよくないよ」
うなぁ、とテラスで猫の鳴き声が響いた。
宗一郎がベッドを出て窓を開けてやると、ルルはその隙間からするりと部屋の中へ入ってきた。
『うなあ』
「猫のふりをしてもダメだよ聖獣さん」
『チッ……』
聖女と共にいるのは聖獣と決まっている。
少なくとも原典ではそうなのだ。
宗一郎はにっこりと微笑んでルルを手招いた。
「みんなには黙っているから」
『なんだよ。かわりに脅す気か?』
「脅すなんて人聞きの悪い。少し手伝って欲しいんだよ、君にしかできない事なんだ」
宗一郎はソファに腰掛け、その横に飛び乗ってきた白猫の背をそっと撫でた。
その撫で方だけで耳が後ろに倒れ、長い尻尾がしびび……と震える。
宗一郎は猫カフェに行っても大勢の猫にたかられる、無類の猫寄せおじさんだった。
『んんっ! ま、なんだ。その、ちょっとくらいなら聞いてやっても……』
「そうかい? ありがとうルル」
宗一郎の撫でテクニックに籠絡したルルは、ソファにへそ天になって喉を鳴らしまくっていた。
ものの数十秒でのことである。
「君にね、神聖区の森でとれる木の実を取ってきてほしいんだ」
『木の実ぃ?』
ひくひくと鼻を震わせたルルは、はん、と馬鹿にしたように笑って耳を片方だけ伏せた。
『んなもん、朝飯前だ! いくらだってとってきてやるよ!』
「わあ、さすがだねえ。ルルはえらい聖獣だものね」
『そうだ! オレは白虎の血を引く由緒正しーい、えらーい聖獣なんだぞ!』
ぱちぱち、と宗一郎はルルにあわせて軽く手を叩いた。
ルルの年齢は原典によるとまだメリアと同じ程度だ。宗一郎のおだてにかかればチョロすぎる相手だった。
総務部長時代、宗一郎は様々な性格の宇宙人のような新人に出会ってきた。彼らをそれなりにちゃんと育て上げてきた実績がある。
五歳児はすっかり宗一郎の掌の上だった。
「すごいねぇ、成獣になるのが楽しみだね」
‡
「おはようございます、兄上──ってなんですかこれ!?!?」
朝になり、ラフィセルが部屋を訪れた。
宗一郎はソファに横になったまま寝てしまったことに気づき、ハッと顔を上げる。
ふに、と頬にあたったのはフワフワとした柔い毛とあたたかい体温だった。白猫が顔に乗って寝ている。
視界の利かない宗一郎は、寝ぼけた掠れ声でラフィセルを呼んだ。
「ラフィ……?」
「あ、あ、あにうえ! いまお目覚めのお茶をお持ちしますから……失礼しますっ」
悲鳴のような声と共に、人の気配が遠ざかる。
すっかり寝ぼけていた宗一郎は、身体を起こしつつ顔に触れていた温かいものを抱き上げた。
『うなぁ……』
白いヒゲをうにうにと揺らしながら爆睡していたのは白猫のルルだ。
昨夜は大きなトラの大きさになり、窓から狩りに出掛けていった。
そして帰ってきたと同時に力尽きたのだろう。
首に掛けた袋いっぱいに、墨のように真っ黒な丸い木の実が入っている。これが宗一郎の頼んだ『木の実』だ。
袋からあふれた実は床に散らばり、絨毯の上は黒い斑点だらけになっていた。
「兄上、この黒いのはなんですか?」
湯気の立つお茶を用意してきたラフィセルは、不思議そうに首を傾げた。
「薬の材料なんだ。大事なものだから、ひとまとめにしておかないと……」
「はい! お任せください!」
ラフィセルはくるくるとよく動き、散らばった実を集めている。
宗一郎はルルの首に結んでいた紐を解き、袋の中を覗き込んだ。
(思ったよりたくさんとってきてくれたんだな……これだけあれば)
神聖区の森に成るこの『木の実』はもちろん食用ではない。これから静かにこの国を蝕んでいく伝染病の、特効薬となる。
今ならまだ伝染病の症例は数人程度で、爆発的な感染拡大を防げるはずだった。
しかし、宗一郎の前に大きな障害が立ちはだかっている。
「ラフィセル、アデルバーグ商会に手紙を出してくれるかい」
「アデルバーグですか? なにかお買い物を?」
この国ではその名を知らない者はいないというほど、有名な商会だ。
アデルバーグは何代も続く商人の家系で、金さえ積めばどんな物でも仕入れてくる。大陸全土にその力が及んでいると言われていた。
そこで最近当主となった若い青年が、原典ではラフィセルの強力なパトロンとなるのである。
「ああ、用があってね。私の呼び出しだと応じてくれないだろうから、ラフィセルの名前で頼むよ」
「え、でも」
──薬を流通させるには、商会の手をかりるのが一番だ。しかし問題は、第一王子ゼファルがあちらにとんでもなく嫌われている、というところだった。
「やはり嫌われるのは悲しいね。誤解が解ければいいんだけど……」
宗一郎がぽつりと呟くと、ハッとしたラフィセルは拳を握りしめて言った。
「僕にお任せください! 兄上!」




