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悪役イケメン王子に転生しちゃったおじさん  作者: 天城


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第3話 人たらしおじさまの処世術②




(馬車ってこんなに揺れるのかぁ……!)


 朝、王城を出発してから数時間も経つと宗一郎は見事に車酔いしていた。


 ファンタジー世界の馬車は、現代の車の感覚を持つ者にはいささかしんどい乗り物だった。アラフィフではない二十歳そこそこの若者の肉体であってもだ。

 王都を出るまではまだ良かったが、街道は石が多く転がっていてかなり揺れる。立派な馬車なので座席は柔らかな材質だったが、それでも三半規管には大打撃だった。

 しかし物語の中のゼファル王子といえば冷酷な悪役王子。

 その役どころを原作通り演じることはできないまでも、イメージを崩すのはファンとして大変遺憾である。


「……」


 その結果、むっつりとした青い顔で黙り込むことになり、同乗したラフィセルと近衛騎士は大変気まずそうな顔をしていた。


「あ、あの、ゼファル様、一度気分転換に馬車を止めてはいかがでしょうか」

「……」


 おずおずとラフィセルが提案してきた。

 宗一郎はその案に飛びつきたい気持ちをグッと抑えて唇を引き結ぶ。


(ゼファルのキャラ的にそれはありだろうか、なしだろうか……ううん、頭が回らない)

 

「殿下、ラフィセル様は慣れない馬車での移動にお疲れのご様子。このあたりで一度馬車を止め、休息を挟まれてはいかがでしょうか」

「あ、はい! 申し訳ありません、僕、疲れてしまいました!」


 さすが王族の近衛騎士だ。主のプライドを保ちつついい提案をしてくれる。

 そしてラフィセルが元気いっぱいに同意していた。なんて素直でいい子なのだろう。

 

 悶々と悩んでいた宗一郎は、その助け船に青い顔をしながらも頷いたのだった。


      ‡


 今朝、宗一郎はラフィセルに声をかけられて目覚めた。

 側仕えの仕事など初めてだろうに、テキパキと支度を整える様子に宗一郎は感動して頭を撫でてあげたくなったが、必死に堪えた。

 また部屋で一緒に朝食をとり、そして城の者には『少し遠出をしてくる』と言い置いて出かけた。


 ゼファルは王の代行をしているがまだ即位したわけではないので、実質の業務は文官たちが行っている。

 トップに据えられているだけで、実は暇人。いや、仕事をさせてもらえないのだ。


(これはこれでゼファルも辛い立場だな……)


 宗一郎はしみじみと思った。

 大きなことが決まるときだけ会議に呼ばれ、説明されて頷くだけというあれだ。決まったことに後から口を出すと仕事が増えるので、いい顔をされない。

 今日など『出かける』と言ったら止められるどころか周囲がパッと喜んだ雰囲気になった。明らかに邪魔者扱いである。

 

 ――しかし。

 今は自由に動けることこそ重要なので、大変助かっている。

 宗一郎はこれから原作の聖女が『捨てられ』る前に保護しに行かなければならないのだ。


「大聖堂のある神聖区まではあとどれくらいかかる」

「もう間もなく、門が見えてくる頃合いかと……」

「門を入ってからも神殿まで距離があったな」

「左様でございます」


 ここが最後の小休止できるタイミングということだ。

 宗一郎はホッとしながら一度馬車を降りた。

 まだ足元がグラグラして、揺れる馬車に乗っているかのようだ。

 例えるなら、数分で終わるはずのアトラクションに三時間乗り続けた感じだろうか。あれは短時間だから耐えられるんだろうな、と宗一郎は内心でため息をついた。


「殿下、お手をこちらに」


 護衛騎士はあくまで丁寧に接してくれる。

 宗一郎はその手を借りて馬車から降りた。


「……」

「どうかしたか?」

「い、いえ」


 騎士はパッとゼファルの手を離し、一礼すると足早に他の護衛たちの方へと行ってしまった。


(だいぶ嫌われてるな……)


 宗一郎は苦笑した。

 あの騎士は、原作ではラフィセル贔屓の近衛で、名をルードという。今回の遠出もラフィセルの安否を心配してついてきたのだ。

 出かけにラフィセルは小声で「大丈夫だよ」と囁いていたが、信じられない様子だった。

 他の護衛は馬に乗って外にいるのに、彼だけ馬車に同乗しているあたりで相当な警戒ぶりである。馬車の中でなにがおこるというのだろう。

 

(まあ無理もないか。ゼファルの破天荒ぶりは読者的には面白くても、周囲はたまったものじゃない)

 

 ラフィセルを馬車に残し、周辺を少し散歩すると言い残して宗一郎は歩き出した。


 そうして一人になったら両手を胸の前に開き、原作本を取り出す。

 パラパラとめくるとゼファルの悪行の数々が――いや、それはもういいんだと宗一郎はページを飛ばした。


「未来の聖女メリア……この時期なら五歳か」


 主人公はまだ小学生にもなっていない、少女である。

 メリアは立派な聖女となってラフィセルを支え、数年後には教会と王都に復讐にくるのだが……


 今現在は、典型的なドアマットヒロイン展開で虐げられている状態だ。

 神官の女性が産んだ私生児なので、存在を隠されろくに食事も与えられないまま閉じ込められて育っている。この時期は空腹に耐えかねて部屋を抜け出し、神聖区の外の森で木の実などを食べて飢えをしのいでいた。

 この森は実りが良く、それもまた女神の加護ではないかといわれている。


「うん?」


 本をめくりながら歩いていたら、急に『今ココ』のページまで勝手に進んでしまい、チカチカしていたカーソルが動き出した。

 朱色の文字がページを彩りはじめる。


【メリアは空腹を抱え、神聖区を飛び出した。森ではヤマモモや木イチゴなどがみつかり、嬉々として頬張りながら進んでいると、大きな馬車が道に停まっているのが見えた】


(馬車って、アレのことかな……)


 宗一郎は本を片手に背後を振り返った。

 王族が乗るのでそれなりに豪奢な馬車だ。教会に舐められてはならないとかなり威厳のある佇まいの馬車を選んできた。


【メリアは急いで茂みの中に隠れ、息を潜めた。馬車からは黒衣の男が降りてきて、こちらへ向かって歩いてくる――】


(おっと、これはもしや……)


 宗一郎は手元の本を閉じた。

 ゼファルは『悪役王子』の役柄のせいか黒髪に黒衣がトレードマークである。

 宗一郎は馬車と自分の位置関係を確認し、街道から外れた森の中へ視線を移した。


「……こんにちは、メリア」


 がさっ! と、動揺を表すように大きく茂みが揺れた。

 ここにいますよと言わんばかりの反応だ。

 つい笑ってしまいそうになり、宗一郎は口元に拳を押しつけた。


「メリアが困っていると聞いて助けにきたんだ」

「……」

「お腹は空いていないかな。食べ物を持ってきているんだけど」

「ちょうだい」


 目の前の茂みが左右にわかれ、ジト目の美少女がぬっと顔を出した。

 おかっぱに切り揃えられた黒髪に黒目、日本人形のような顔立ちだ。宗一郎にはとてもなじみ深い顔だった。


 威圧しないよう、宗一郎はその場に屈み込んだ。

 メリアとの距離は約二メートル。野良猫と接する適切な距離だった。


「これはヌガーという甘いお菓子だ。召し上がれ」

「おかし……」


 茂みから出てきたメリアの服は、貫頭衣のような質素なものだった。しかも木の実の汁で胸元のあたりが赤く汚れている。

 よく見れば口元も真っ赤だった。

 宗一郎はメリアの手に茶色いヌガーを握らせ、ハンカチを取り出した。そして優しくその口元を拭う。


「ぷ、あ」

「はい。これでいいよ」

「あむ。……あまぁい!」


 メリアは五歳にはとても見えないような、痩せて小さな身体をしていた。

 宗一郎の頭の中で『幼児虐待』『育児放棄』と頭痛が起きそうな言葉が流れていく。

 

(これでも早めに助け出せてよかったと思おう……)


 言葉もたどたどしく、これは閉じ込められて育ったため話してくれる大人もいなかったせいだ。

 メリアはこんな状態があと五年ほど続き、十歳の誕生日に聖女の力に目覚める。すると今度は妬んだ他の聖女候補によって陥れられ、川に捨てられるのだ。

 流されていった先で、運良く鉱山労働中のラフィセルが彼女を見つけ、二人が出会う……


 それからの人生は大逆転だったが、だからといって、それまでに失ったものが返ってくるわけじゃない。


「ぬが、なくなった」

「食べちゃったら、なくなるね」

「ない……」

「馬車に戻ればまだあるよ」

「ちょうだい」

「うん。じゃあメリア、私と行くかい?」


(これじゃあまるで餌付けだなぁ……)


 苦笑しつつも宗一郎は首を傾げて問いかけた。

 ゼファルも黒髪だが、瞳は朱色だ。この色は望むと望まざるに関わらず、人を威圧してしまう。


 しかし――


「うん」


 メリアは手袋をした宗一郎の手に、小さな手を乗っけた。


「おじちゃんとこ、いく」







「――お、おじちゃん!?」


 感動のシーンに水を差すように叫んだのは、背後にいた護衛騎士たちだった。







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