第21話 【閑話④】ゼファル
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――最期の記憶はいつも炎に包まれている。
(ああ、またこの光景か。毎度かわり映えしない)
城が燃えている。
王都でも反乱軍が火を放っているはずだ。
そしてラフィセルが、民が、圧政を許すなと叫び、群衆を煽動してこの城までやってくる。
もはや怒りも悲しみも感じなかった。
私からはあらゆる感情が抜け落ちている。
城も燃え、街も燃え、最後は何もかもが灰燼に帰す。
繰り返し続く因果の中に立ち戻れば、またあの断罪劇からのやり直しだ。
炎が燃え移ったタペストリーの横を抜け、城の奥へと向かう。吸い込む空気までも熱く、喉が焼ける。
火にまかれ既に外へ出る道は絶たれていた。
『私、貴方が嫌いだわ』
不意に、女の声がした。
振り向くと、黒髪の少女がぽつんと立ち尽くしていた。
十歳前後だろうか。着ている服から女神教の神官であるのがわかるが、身体は淡く発光していてこの世のものとは思えない。
しかしこんなもので驚くような若い精神はもはや、持ち合わせていなかった。
「お前が聖女か」
『ええ、そうよ。ラフィセルのお兄さん』
ふ、と堪えきれない笑いが漏れた。
「あれを弟などと思ったことは、一度もない」
『ラフィセルは貴方のことを兄だと思っているし、大好きだし、今でも和解したいはずよ』
おぼろげに、初めてあの異母弟が庭園に現れたときのことを思い出す。
頬を染め、熱の籠もった視線で羨ましそうにこちらを見ていた。
こいつも王位が欲しいのかと思った。
正妃である母と、この光の中にいる私に嫉妬しているのだろうと。
だが、幾度も繰り返す因果の中でそれもこれも何もかもが仕組まれた『物語』であるのを知った。だからといってどうということはない。
私は私の役割を全うするしかないのだ。
「和解などあり得ない」
『まあ、そうよね。貴方じゃ無理よね』
含みのある言い方をする。
私は煤で汚れた床に片膝をつき、聖女をのぞき込んだ。
黒衣が白く汚れたが構うものか。どうせこれから私は炎と共に過去の時間軸へと戻るのだ。
この場所の私の人生は、ここで終わる。
「何をしにきた、聖女。くだらない雑談をする仲ではないだろう?」
『……屈んでくれるのね』
ぱちぱちと大きな目を瞬かせ、聖女はため息をついた。
『まずは私に嫌われていること、覚えておいて。どんな事情があろうと貴方のしたことはかわらない』
周囲の炎の勢いが弱まっているように見える。聖女の側にいると煙で喉を焼かれる感覚もいつの間にかなくなっていった。
『ラフィセルの傷も消えないの。わかってるわよね』
「……ああ」
今更、弁解するつもりはない。
冤罪だとわかっていても、傀儡にすぎない私には……などと、言い訳めいたことは考えない。
私は間違いなくラフィセルが、憎かった。どうしてあいつが、どうして私ではないのだと恨みを抱いた。
私だって――ずっと、遠くから見ていた。
父上に撫でられるあの金髪が、屈託なく笑う天使のような顔が、泣けば飛んでくる絶対的に守ってくれる母の存在が……本当は、羨ましくて、妬ましくて堪らなかったのだ。
私に与えられるのは叔父からの鞭なのに。
傷を隠すため手袋をつけ、ろくに手当もしない傷は醜い痕になっていった。
誰もこの地獄に気づいてはくれない。
助けはこない。
なぜ、こんなにも違うのだ、と。
はるか昔はそんな風に思っていた気がするが、今はその感情も分厚い氷の下に感じる。すべてが遠い。
『でもね、同情はしてるの。大人たちの都合で私たち、とってもつらい幼少時代を送ったものね。――誰よりも貴方は、私に近いと思う』
スッと聖女が手を伸ばしてきた。
『だから、ついでならいいと思って』
頬に触れた手は、生身のような感触はなかった。
やはり、今ここに実際には存在しない聖女なのだ。
『――私のおじさまはすごいのよ。救世主は、何もかもを救ってくださるの』
パッと瞳を輝かせ、聖女が弾んだ声でそう言った。
……救世主?
『貴方はおまけよ。でも、おじさまなら救ってくださるわ』
「何を言っている?」
存在も不可解なら言動も意味がわからず、私は困惑していた。
しかし相手は、この感動が伝わらないのかとでも言うように、大きな声で続けた。
『とぉってもすごいおじさまなんだから! 期待して待ってて』
「……」
『そのときがきたら、安心してまかせるといいわ。貴方のその絡まった因果も』
ふ、と聖女が浮かべた笑みは、その年齢ではあり得ないほど老成していた。
そして白く小さな手が私の頭に伸びる。
煤けた黒髪を梳くように撫で、その小さな唇は慈しみに満ちた言葉を紡いだ。
『きっと丁寧に、解いてくださるでしょう。――ゼファル。貴方も救われることを願っているわ』
聖女は細かな光の粒となって、砂のように消えた。
「……」
救い?
馬鹿馬鹿しい、そんなものがこの世界にあるものか。
期待をさせるな。望みを抱くな。どれだけ絶望を深くすれば気が済むのだ。
「救世主だと? そんなもの……」
ゴウッ、と城の中の炎が勢いを増した。聖女が消えたからだろうか。肺を焼く煙と熱風で目眩がした。
私は立ち上がり、城の奥へ、奥へと進んでいく。
視界は、再び炎に包まれ――漆黒に塗りつぶされて消えた。
次話、最終話です。




