第19話 おじさま、反撃開始③
リヒャルトに襲いかかったラフィセルの表情は、鬼気迫るものがあった。
(メリアと喧嘩しているときとは全然違うな……)
どうやら彼の本気の怒りを知らなかったようだ。今の様子は原典の『聖騎士ラフィセル』の姿を彷彿とさせるものがあった。
着々と成長し彼が原典に近づいている証拠である。ファンにはご褒美だと宗一郎は内心ほくほくしていた。
ラフィセルを微笑ましく見つめながら、フーフーと必死に感情を抑え込むその肩に手を置く。
「守ってくれてありがとう。でも傷つけるのはなしだよ、ラフィセル」
「ッ……あにうえっ!」
ラフィセルはうるっとした瞳で宗一郎を見上げた。
しかし依然として、成人男性の腕をねじり上げ床に倒し背に膝を乗せている、完璧な制圧態勢である。
今も締め上げている腕の力の入れように、堪えきれない怒りが感じられた。
(後で苦い聖水を飲ませるくらいは許してもいいかな……)
ザワつく謁見の間に、突然獣の咆哮が響き渡った。
「ルル……!?」
驚く宗一郎の側に、白く大きな獣がすり寄る。白虎の血筋が云々とは聞いていたが、実際のルルの大きさはシロクマくらいあった。
「おじちゃん、まもるー!」
『オレも守るぞー!』
その背にはメリアがちゃっかり乗っていた。
「あ、あれは……聖獣では!?」
「聖獣を従えた乙女など、聖女しか」
「聖女だと! そんな聖水よりも信じがたい!」
「偽物だろう!」
宗一郎を守るように身を寄せてきたルルとメリアに、貴族たちからの野次が飛ぶ。
「――偽物ではない。私が回復したのが何よりの証拠だ」
大扉から最後に現れたのは、病床についていたはずの王だった。
「メリアは聖女である」
王として、威風堂々とした装束に身を包み謁見の間に入ってきた彼は、王妃の元へと近寄った。涙ぐむ彼女の肩に手を置き、頷いてみせる。
「そもそも私が倒れたのは、病ではない。――毒を盛られたのだ」
「毒殺を計画した者が!?」
ザワザワと周囲が騒がしくなる。
そんな中、ラフィセルの下敷きになっていたリヒャルトの身体がひくんと震えた。
「う、わっ!」
「ラフィセル!」
ごきっ、ばきっと異音が響き、バネのようにリヒャルトの身体が跳ねた。
吹っ飛ばされたラフィセルを宗一郎は急いで抱き留める。
(なんだ、王を見た途端にいきなり暴走を……?)
「へい、か――■■■、■■■!!!」
リヒャルトの腕は明らかにおかしな方向へ曲がっていた。
それでも痛みなど感じていないかのように、何か異国の言語のようなものを口にしながら王へと突進していく。
その身体を、異様な黒い靄が包んでいるように、宗一郎には見えた。
(いけない、あれは!)
止めなければ、助けなければ。
咄嗟に叫んだその声は、自分のものではない気がした。
「ッ……――『父上』!!」
――刹那、リヒャルトの身体が青い炎に包まれる。
その火柱は天井にまで伸びていた。
「ギャアアァァ!!」
耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
火だるまになって転げ回る人影と、消えることなくめらめらと燃え続ける炎を呆然と見つめた。
そんな宗一郎の手に、ソッとメリアが小さな手を重ねてくる。
「女神様の加護だよ」
「私が、やったのか。……でも止め方が、…」
「おちついて。ゆっくりいきをすって。――おじちゃんの炎は、とてもやさしいから」
メリアの手に宥められつつ息を吐くと、目の前の青い炎がゆっくりと鎮火していった。
灰がぱらぱらと落ちる。燃えて灰になったのは服と全身の毛……だけのようだ。
頭髪含めた全身脱毛、それにくわえて全裸の成人男性が無様に床に転がっている。
「死んじゃいないわ……残念だけど」
一瞬メリアの声音は冷たい響きを帯びた。しかしそれに違和感を覚えるより先に、神官長の悲鳴が響く。
「そ、その入れ墨は!」
脇目も振らずにリヒャルトに走り寄った神官長は、乱暴にその左腕を引っ張り上げた。
確かに彼の左肩には、四角と丸が組み重なったような、複雑な入れ墨が彫られている。
サイズは大きめの硬貨くらいだろうか。
「殿下! これは女神教を否定する邪教、海よりやってきた新興宗教の印でございます!」
(新興宗教? そういえば原典では、ゼファルが宗教改革を行って、この国を女神教から改宗させようとしていたな……)
リヒャルトの息のかかった貴族にはすでにその『邪教』が蔓延している可能性がある。
宗一郎は既に、毒殺に手を貸したフォルヴァイン公爵派の者たちを一網打尽にする計画を立てていたが、もう一ついいあぶり出し材料が手に入ってしまった。
宗一郎はにっこりと微笑んで貴族たちを見回した。
「……邪教徒は見逃せないな」
聖女、聖獣、そして回復した現国王。
そして猛犬のように囲むラフィセルと護衛騎士たち。
彼らを敵に回してまで、今のゼファルにたてつこうと思う者はいるだろうか。
「公爵の他にも、いるのかな? 一人残らず、排除しなければならないね」
先ほどまでとはうって変わって、優しく穏やかな声で問いかけるその声に、貴族たちは震え上がった。




