第18話 おじさま、反撃開始②
「神殿の聖水など偽物に決まっています! 罪人は即刻処罰すべきです!」
進み出たのはリヒャルトだった。
側に控えていたラフィセルがピクリと身体を震わせる。
実は謁見室に入ったときリヒャルトはずっとこちらを気にしていた。
不法侵入までして探していたゼファルが目の前にいるのだ。
しかし護衛騎士とラフィセルがガッチリ固めているので近づくことは不可能だった。
(大丈夫だよ、ラフィ)
安心させるように彼に頷いて見せてから、宗一郎はリヒャルトに視線を向けた。
「――今日は『様』付けをするのか」
「はっ?」
驚いたように目を見開くリヒャルトに、あくまで冷静な声で宗一郎は続けた。
「公爵、いつから私に直接意見ができるほど偉くなった」
ザワッと謁見の間に動揺が走った。
その言葉が間違っていないことは、皆わかっている。
しかし今まで『フォルヴァイン公爵だけは特別』という慣習のようなものがあった。
「今の執政は私が中心。なぜ公爵が罪人の処罰を決める?」
「そ、それは」
口ごもったリヒャルトは、こちらに怒気を孕んだ瞳を向けていた。
黙れ、と言わんばかりだ。
しかし発言だけは猫なで声で続けた。
「誤解です。政治に不慣れな殿下を私が正しく導こうと……」
その侮った態度を見とがめ、前に出たのはルードと近衛騎士たちだった。
「出過ぎた真似を! フォルヴァイン公爵! 貴様の無礼の数々、もはや殿下に止められようと我慢がならぬ!」
「二度に渡る翡翠宮への無断侵入、近衛の前での王族への不敬な発言、証拠はあがっているぞ!」
ずらりと並んだ近衛騎士の中から、先日リヒャルトの不敬を咎めた騎士が進み出た。
怒りで顔を真っ赤にした男が叫ぶ。
「近衛が私を陥れようと! なんて言いがかりだ! 私は殿下の母君の弟ですよ? 姉上も嘆かれるでしょう――」
そのとき再び謁見の間の大きな扉が開かれた。
「弟だからなんだというのです。弁えなさい、リヒャルト。お前は臣下なのですよ」
ピンクブロンドの髪を結い上げ、神々しいほどに美しく着飾ったエリーザベトは、騎士服姿のセフィラにエスコートされていた。
「そして私も、実家である公爵家を告発いたします。父は陛下のお渡りが途絶えたことに苛立ち、私を杖で幾度も打ち据えました」
「先代公爵も規則を破り、前触れもなく緑泉宮へ侵入した! 証言は、この近衛騎士たちが」
セフィラは高らかにそう言って片手を上げる。その場に年嵩の騎士たちが数人跪いた。
「王妃殿下をお救いできず、私どもの不徳の致すところでございます」
「それはいいのよ、私が黙っているように言ったのですから」
微笑んで近衛騎士たちを見回したエリーザベトは、メリアに視線を向けるとゆっくりそちらに歩み寄り、屈み込んだ。
「私もその聖水を飲みましょう」
彼女に続き、年配の近衛騎士たちも次々にメリアからの杯を取った。
「エリーザベトの名において、真実を告白します! フォルヴァイン公爵家に処罰を!」
宣言して、杯を開ける。
――そして彼女たちは杯をしずかに置いた。
もちろん、もがき苦しむ者は一人もいない。
シンッ、と一瞬謁見の間に沈黙がおりた。
「ち、父が罪を、犯したのならば……つ、連れて参ります! 家門にはお慈悲を、殿下!」
真っ青になったリヒャルトは掠れた声でそう訴えた。
馬車に馬糞を投げただけで打ち首と言っていたのはもう忘れたようだ。
(この国の法を確認したら、王族への不敬罪や暴行なんて家門の取り潰しだというんだけどな……まだ特別扱いをしろと?)
宗一郎は穏やかな笑みを浮かべていた。
「自身に罪はないというのなら、公爵。私と杯を酌み交わそう」
宗一郎は立ち上がり、メリアに視線を向けると「私と公爵に平等に聖水を分けてくれ」と声をかけた。
「……!」
メリアはコクンと頷くと、急いで二つの杯を手渡す。
宗一郎は赤い絨毯の敷かれた場所まで降りていき、リヒャルトに片方の杯を差し出した。
「……ッ、お待ちください。そちらの杯を私に。どちらでも、構わないのですよね?」
「ああ、勿論だ」
(当然、そういう警戒はすると思ったよ)
渡そうとした杯とは違う方をリヒャルトに持たせ、宗一郎は差し出した方を引っ込めた。
そして一気に聖水を飲み干す。
同時に、常につけていた手袋を外した。
「リヒャルト・フォルヴァイン。幼少より許可のない緑泉宮へ入り浸り、『教育』と称して行った王族への暴力と不敬な行為、今こそ告発する。――この傷は、お前の罪だ」
「――ち、ちがッ……!」
その言葉を否定したリヒャルトは、杯をあおれなくなった。
ブルブルとその手が震えている。
――罪が裁かれる聖水など、正直信じてはいないだろう。
(しかしこの男は極端に臆病だ。絶対に杯を口にはしない。……それどころか)
宗一郎には勝算があった。
追いつめられた者がとる行動は、非常に安易でわかりやすいものだからだ。
「ッこんなもの!」
杯を投げ捨て、血走った目をしたリヒャルトは目の前の元凶につかみかかった。
「なぜだ! 貴様はどうして私の言うことがきけない! ゼファル!!」
宗一郎は無意識に身体が竦むのを感じた。
心臓が不規則に脈打って、冷や汗が吹き出る。身に染みついた恐怖が身体の動きを鈍らせる。
しかしその手が黒衣をつかむ前に、一瞬のきらめきが間に割って入った。
「――兄上には触れさせません」
低く、感情を押し殺した声が響いた。
怒りで目を爛々とさせたラフィセルだった。
剣を抜いてはいないものの、鞘のままのそれをあざやかに操る。そして自分より大きな男を打ち据えて床に引き倒した。




