第16話 おじさまの生存戦略③
「ゼファルはどこへ行った!」
何度も門前払いを受けたリヒャルトは、しびれを切らして翡翠宮へと押し入った。そしてゼファルの部屋までいったが不在で、苛立ち紛れに近衛騎士を罵倒する。
以前は側仕えのラフィセルが護衛騎士を従えて対応に現れたが、今日はそれもない。翡翠宮はもぬけの殻だった。
『お引き取りください、フォルヴァイン公爵』
あの時、ラフィセルの毅然とした態度にリヒャルトは一瞬怯んだ。
――王族には、たとえ兄弟や親子関係であっても簡単には会えない。
しかしリヒャルトは、父がエリーザベトの宮を前触れもなく訪れ、好き勝手していたのを知っている。咎める者もいなかった。
ならば自分にも許されるはず、と思ってしまったのが敗因だった。
勝手に家捜しをし、結局ゼファルを見つけられなかった彼に、ラフィセルは言った。
『このような暴挙、陛下もお許しになるはずがありません。早々にお引き取りを!』
十五歳には到底見えないラフィセルの威圧に、ゾッと震えが走った。
知らぬ間に足は出口へと向かい、馬車へと飛び乗る。リヒャルトはあの日、ラフィセルに完全敗北したのだ。
その心の傷は今も生々しい。
「主の行き先も知らぬとは! 無能な近衛め!」
苛立ち紛れに近くの騎士の首元を掴む。
しかし体格の良い騎士はびくともしなかった。
「……様を」
「ん?」
「殿下には『様』と敬称を。そんな基本的な礼儀もお忘れに?」
「やかましい! 私に指図するな!」
ガシャーン! と玄関ホールに飾られていた花瓶が割れた。
主のいない翡翠宮に、リヒャルトの怒号が響く。
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「……翡翠宮からの報告は以上です」
「ありがとう。想像以上に酷いな」
(王族の宮なのに、住居侵入、器物破損? ゼファルに対する不敬罪……これは今更か)
隠れ家で今日も茶を飲み悠々と過ごした宗一郎は、夕方からルードの報告を受けていた。
王宮からと、神聖区の駐在から、そしてレナードたちの活動報告もだ。
「神聖区の神官たちは大人しいね」
「ええ、恐らくギルバート殿から」
「うん?」
「『頭を丸める刑罰』の話が広まって……」
「……」
(髪を人質にとるつもりはなかったんだけどな。まあいいか)
宗一郎は手元のペンを走らせた。
報告を受けながら毎日要点をメモしている。前世からのクセのようなものだった。
「レナードたちはさすが、上手くいっているね。怪我人も捕まった者もいない、と」
話している最中に、トントンとノックをしてギルバートが入ってきた。
「例の件、想像以上に貴族たちの怒りをかっていますよ。うち、馬車の清掃事業の斡旋もやってるんですけどねぇ……だいぶ儲かってます。レナードたちに還元しましょう」
(それはまたマッチポンプ的な……)
苦笑しながらも宗一郎は頷いた。
「彼らには褒賞をたっぷり与えて、頑張ってもらおう」
「殿下は本当にアメと鞭の使い方がお上手で。ところで、そちらの報告はおしまいですか?」
ギルバートはチラリとルードの方を見て意味ありげに微笑んだ。
「終わっているよ。……ルード、部屋を出ていて貰えるかな」
「はっ、扉の外に控えております。なにかあればお呼びください」
従順なルードは不満があっても顔には出さない。
すれ違いざまにギルバートを威圧しつつ、静かに部屋を出て行った。
「――さて」
宗一郎は机にペンを置いて、穏やかな声で問いかけた。
「秘密の話はなにかな」
「ええ、聖霊樹の実から作る例の薬なのですが、新しい使い道を発見しまして?」
「おや、どんな?」
(原典にそんな話あったかな……いや、あれが作られたときは患者の数が今よりずっと多いから、検証の余裕などなかったのだろうね)
ちなみに、いまだに三匹の聖獣たちは宗一郎の元へ来るとき『お土産』を欠かさない。別の使い道があるのは正直なところ助かる。
「健康な者に飲ませますと……なんと、身体が強化され育ちます」
「育つ」
「こう、筋肉的なものが」
「筋肉が?」
(プロテインのようなものかな?)
首を傾げた宗一郎に、ギルバートはニコニコしながらワゴンを運んできた。
「こちらのケース、薬を飲ませたネズミと飲ませていないネズミです」
片方のネズミは大きさが倍以上になり、確かにムキムキになっている。
「この効果が、飲ませた直後から一粒で一週間持続します」
「効果が終わると縮むのかな?」
「半分ほどになりますね。驚くことに少しずつ効果が蓄積するんです」
それを聞きながら宗一郎の思考は別のところへ飛んでいた。
(ラフィセルが聞いたら欲しがりそうだな……)
「殿下? これは軍事利用したら大変な代物ですよ?」
「え、軍事? 戦争はしないから、別にいいかな。逆にお年寄りとかに配ったらどうだろう?」
「は」
「筋力の衰えたご老人や、怪我で身体が不自由になった人とかに」
「……」
(あれ、黙っちゃったな?)
フルフルと震えていたギルバートは、急に宗一郎の手をガッと掴んで両手で握りしめた。
「ゼファル様! なんと慈悲深い!」
「えっ」
「その崇高な精神に心洗われるようです! さっそくそのように売り出しましょう!」
ずび、と涙と鼻水でギルバートの顔が酷いことになっている。
宗一郎はハンカチを取り出して、彼にそっと差し出したのだった。




