第15話 おじさまの生存戦略②
「お触りは禁止です」
「はい!!」
「ルルが慣れれば撫でたり抱っこもできますよ」
「ルルちゃんって名前なんですか、ルルちゃん~」
宗一郎は事前に原典を開いて確認していた。
レナードには、聖女に付き従う白猫に毎度熱視線を向けては嫌がられるという描写が多くある。
コワモテな彼は筋骨隆々とした四十路の元船乗りである。それが猫を前にすると下僕に成り下がるのだ。
シリアス場面の多い物語の中でも一番コミカルなのがこのあたりだった。
(猫カフェにハマる同僚はこんな感じだったのだろうか……)
宗一郎は、この屋敷に持ち込まれたゼファル用の豪奢な椅子に腰掛けていた。
膝には迷惑そうな顔のルル。
足元には猫をのぞき込むため巨体を床に投げ出したレナード。
「私は、貴方たちの活動を支援したいのですが」
「はあはあ」
「ひとまずアデルバーグ商会のギルバートもまじえて」
「猫ちゃんイカ耳かわいい はあはあ」
「……聞いていますか?」
「あ、はい。聞いとります」
一応の受け答えはするもののレナードはルルに夢中だ。
(目算を誤ったかな。一度ルルをメリアに預けて……)
その時、ドタバタと廊下を走ってくる音が聞こえた。
「ゼファル様! ご無事ですか!」
「異様に野太い悲鳴が!!」
勢いよく扉が開き、慌てた顔のラフィセルとルードが駆け込んできた。
その後ろにはメリアを抱いたライラ、ギルバートもいる。
「あ……」
宗一郎はドッと冷や汗が出るのを感じた。
今現在、宗一郎の足元には、土下座するかのように這いつくばった大男がいるのだ。
ゼファルは冷たい美貌の王子であり、その図はまるで奴隷を虐げる悪役そのものだろう。
(これは誤解を受けそうな――!)
しかし焦った宗一郎が言葉を発する前に、皆がホッとした表情を浮かべた。
「さすが殿下! 既に手懐けた後とは!」
「僕もゼファル様の足元に侍りたい! あ、いや、上手くいってよかったです!」
「でっかい筋肉ふえたぁ~」
「予想の範囲内ですけどね、まさか一瞬で籠絡するとは思わなかったですねぇ。さすが我々の見込んだ殿下です!」
喜ぶ面々の中でメリアだけがルルと同じ顔で「うぁ~」と嫌がっていた。
宗一郎は「これはルルの下僕で」と訂正したほうが良いのか悩む。
ただ悪役の誤解は受けずに済んで良かったと思うべきなのだろう。
(万事上手くいっていると考えれば、いいか)
‡
「貴族を煽る? んな俺だってやりてぇが、命がけだなそりゃ」
ルルがメリアと共に退出して、ようやくレナードと話ができるようになった。
彼は宗一郎の話を把握すると片目を細めてそうぼやく。
つい先ほどまでデレデレになって床に這いつくばっていたとは思えない、渋い雰囲気を醸し出していた。
「危険があれば、アデルバーグ商会の息のかかった店舗に逃げ込めるよう手配します」
「喧嘩売るなら多少の衝突は避けられねーぞ」
「怪我人が出るような衝突はなしで」
「はあ?」
宗一郎は穏やかな声でレナードに言い聞かせた。
「直接ぶつからず、貴族の怒りを煽るようにしてください」
「どうすりゃいいんだよ」
渋面で威圧してくるレナードに、宗一郎の側にいたルードがピクリと反応する。
それを片手で制して、宗一郎はふむと考え込んだ。
「そうですね――貴族の馬車に馬糞を投げるとか」
「は?」
「投げたらすぐ手近な店舗に隠れる。それなら怪我はないでしょう」
貴族は名誉を大切にし、身につける装束や乗り物の美しさに強いこだわりを持っている。
そこで汚物を投げつけるという方法だ。
「え、えげつな……」
ぼそりとギルバートが呟いた。
「そんなに酷いかい? 肥溜めに落とすわけではないのだし、所詮は草食動物の糞だよ?」
草食動物はもちろん草しか食べない。
その糞も肉食獣や雑食の動物よりだいぶマシだと宗一郎は考えていた。
(なにより、毎日の移動でお世話になっているお馬さんなわけだし)
これでも手心を加えたつもりだった。
が、この場にいる面々は顔面蒼白で宗一郎を見ている。
(この反応だと相当酷いことなのかな。……なら、刑罰にも使えるか?)
宗一郎は、最終的に捕らえた貴族や断罪予定のリヒャルトにも、傷一つつけない罰を与えるつもりでいた。
「ラフィセル」
「は、はい!」
「刑罰で、腰までの肥溜めに一刻ほど漬けるって、貴族には効果がありそうかな」
「ヒッ……」
真っ青になったラフィセルは震えてルードのシャツを掴んだ。
中国の恐ろしい刑罰には、毒虫や蛇を集めた穴に落とすものもある。それに比べたら、臭くて汚いだけで命に別状はないのだが。
宗一郎はギルバートなら話が通じるかと思い、そちらを振り向いた。
「美しさを誇る貴族の刑罰に、頭髪をすべて剃り落とす丸坊主の刑とかどうかな?」
「わぁ……えげつなさで右に出る者はいないですね、さすがです殿下!」
(褒められてる気がしないなぁ)
宗一郎は椅子に頬杖をついて考えていたが、ハッと思いついた。
「手始めに、娼館通いしていた神官は頭を丸めさせよう」
「おや、いいですね」
「だろう?」
「それを通達した瞬間に、全員が『ゼファル様の忠実な僕になるのでお慈悲を』と泣いて縋ってきますよ」
ギルバートの糸目はいつもにこにこ、淀みない。
ゼファル第一主義の彼らは、改めて敬愛する主君の恐ろしさが身に染みたのだった。
一方その頃、王宮では――
空っぽのゼファルの宮で、フォルヴァイン公爵が怒りの声を上げていた。




