冒険の書 X1
長い浮遊感を味わう。貧血で飛びそうな意識のせいでどれだけ落ちているかはわからない。だがまず間違いなく底に落ちた時に潰れて死ぬだろう。風魔法を使うための魔力も全く残っていない。地獄のような日々の果てに落下死とは悲しい最後だ。
魔王の言う通りならもう蘇生も出来ないだろう。 今までと違う、もう生き返れない。
魔物に食われた事もあった。でかい魔物に踏み潰されたり、心臓を貫かれたり。人間相手の時もあったな…。寝込みを盗賊っぽい奴らに襲われて対応しきれずなんて事も。あれ以来安眠もしてないな…。
それでも、どれだけ嫌でも次の瞬間には教会で生き返っていた。
もう嫌だ、死んでしまいたいとすら思っていたが、いざ本当に死しんで生き返れないとなると……。
怖い…怖い…怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!死にたく、ない…!!死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!
こんな辛い思いしてきたのに、なんで最後までこんな思いをしなきゃいけないんだ…!!
俺は、何のために生きてきたんだよ…。
『いったー!!!!?くなーい!!なになにー!?』
ブニョンっという衝撃と共に、浮遊感が消える。体が粘液状のブニュブニュとした何かに包まれている。助かった…?
『あっ!やっぱり、久しぶりに落ちてきたー!!
でもまだ温かいー??それにこの子どこかで…。あれ…?』
声が聞こえる…?何かの上に乗っている…?動かぬ体を無理矢理動かして状況を確認しようとするが、なくなった左腕からドクドクと血が流れ出て、ますます力が入らなくなる。
『わーっ!!暴れちゃだめだよー!!血で真っ赤になっちゃうー!!大人しくしてー!!』
もがく俺を何かが押さえつけ、口の中に何かを詰め込まれる。すぐに息が出来なくなって意識が遠のいていく。視界の最後に映ったのは、薄ピンク色のスライムの様な何かだった。
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『あ、起きたー!良かったぁ。』
目を開けてすぐに視界いっぱいに広がる、粘液。
恐らくここは魔王城の穴から落ちた先の洞窟だろう。少し広い空間になっていた。だが空間の大半が透明な薄ピンクの粘液で覆われていた。そして目の前には人間の女の子に近い姿をしたピンク色の存在。こいつは…スライム…か?
スライム系の魔物はここまで何体も見かけたが、色が違ったりサイズが大きかったりくらいで人型になるスライムなんて見た事ないが。
『ここに落ちてくるのはねー、大体もう動かないんだけどねー?君はまだ温かかったから治してあげたのー。』
状況の理解が追いつかない。目の前の存在はたしかに喋っている。魔物のスライムの亜種か上位種なのだろうか。だが言葉を話す魔物なんてそれこそ魔王とその配下の四天王くらいしか会わなかった。
四天王にかんしては全員倒したのでその線は違うだろう。新しい四天王の可能性も0ではないが。
『んー?君、お話できないのかなー?
それとも私がちゃんとお話出来てないー?』
【いいえ]
ひとまず、向こうに会話の意思はあるらしい。襲ってくるタイプでは無さそうだ。
そもそも襲ってくるなら俺が気を失ってる間にいくらでも出来ただろうしな。
『わっ!!良かったー!お話できるんだねー!
さっきも言ったけど、私が君を治したんだよー!いっぱい頑張ったからほめてほめてー!!』
状況はわからない。それでも魔王に負けて死ぬはずだった俺を目の前のスライムの少女が助けてくれたようだ。
腕はないままだが、全身ズタボロだったはずの身体の傷がほとんど塞がっているし血は止まっている。状況から見て目の前の少女は嘘をついてはいないのだろう。
俺はこの子に命を救われたんだ。
「この子のおかげで命拾いしたのか…ありがたいな…。」
『どういたしましてー!!あれ?さっきとなんか違うねー?ちゃんと君の言葉ってかんじー?』
「え…あ、あれ?俺ちゃんと喋れて…。俺の声…聞こえてるのか…?」
今の声が自分の声…?久々過ぎてすっかり忘れている。…いやそもそも制約のせいで喋れないはずだ。分からないことの連続だ。これは死んだあとに見る夢なのか?俺はもう死んでしまったのか?
『うん、君の声、ちゃんと聞こえてるよー?』
少女の可愛らしい声が、俺がちゃんと喋れている事を肯定してくれる。
少女の粘液の手が頬に触れる感触で生きている事を実感する。
ポロポロと涙が流れ出る。
もう生き返れないと言われて味わった死の恐怖と、生かして貰えた事、そして何より
「助けてくれて、ありがとう…。俺の声を聞いてくれて、ありがとう…。」
4年振りに、俺はようやく誰かと喋る事が出来た。こんなに泣いたのは初めてだってくらい、泣いてしまった。
俺は生きてる、喋れる。前は当たり前だった事がこんな嬉しい事だったなんて…。
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随分長い間泣いてしまった。少女は何も言わずずっと傍にいてくれた。
「すまない、随分泣いてしまった。もう20歳くらいなのに情けないな。」
『きにしないでー。辛い事があったんだよね?
そう言う時は泣いていいんだってー。』
「いやー、今のは嬉し泣きの方だ。
勇者の制約のせいで今まで【はい】と【いいえ】でしか会話出来なくて本当に辛かったからな…。
誰とちゃんと話せたのも久しぶりだから。」
『そうなんだー?じゃあ良かったねー!』
ズルズルと這うように真隣に近づいてきたスライムの少女に頭を撫でられる。誰かと触れ合うのも随分久しぶりだ。優しく撫でてくれる感触を味わいながら思わず目を細めてしまう。
「あ、ありがとう…。そういえば自己紹介がまだだったな…。俺の名は京介。勇本 京介だ。君は?」
『キョースケ!よろしくねー!私はえーっと…あっ!アイ、アイだよー!』
この世界に来て初めて、実に4年振りの自己紹介。…自己紹介だけで、こんなに嬉しいなんて自分でもびっくりだ。それだけ人との交流に飢えていたって事か。
「アイか。とても可愛い名前だ。アイはスライムの上位種族だったりするのか?それともそういう種族なのか?」
『む、アイは魔物じゃないよー。アイはね…えーっと…とにかく魔物じゃないのー!!えっと…人とも違うんだけどねー!』
俺の目にはスライムの上位種や変異種にしか見えないが、違うらしい。まあ命の恩人の言うことだ。素直に聞いておこう。だが人とも違うらしい。まあ気になるが事情があるのだろう。
俺が喋れなかったみたいにアイにもなにか制約があるのかもしれない。
「そうか、それはすまない。じゃあアイ、改めてお礼を言わなきゃだな。
死にかけてた俺を受け止めて、助けてくれて本当にありがとう。君のおかげで命拾いした。」
『どういたしましてー!アイねー?ずーっと1人だったから、今キョースケとお話出来てとっても嬉しいんだよー!!だからアイも、ありがとー!!』
「アイも…ひとりなのか?」
『えへへ…。うん、覚えてないくらい昔から1人だよー。でも今はキョースケが居てくれるから大丈夫ー。元気元気ー!』
嬉しそうにくっついてくるアイ。人懐っこいスライム少女、いや魔物じゃないんだったな。
状況や命の恩人相手というのもあるが、人ではない存在相手に恐怖等を感じないのはこの子の性格ゆえだろうか。
「そういって貰えるのは嬉しいな…。勇者の制約で仲間も作れなかったから…俺もアイが傍に居てくれて本当に嬉しい。」
『…キョースケ、さっきも言ってたけど勇者の制約って…キョースケは勇者だったのー?』
キョトンとした表情のアイに見つめられる。アイは勇者についてなにか知っているのだろうか?
もしアイが勇者と敵対する存在だったとしたら…。いや、そうだとしてもこの子に嘘をつくのは違う気がする。
「あ…ああ。この世界とは違う所から召喚されて勇者になったんだ。魔王に負けてこのザマだからもうろくに戦えないけどな…。」
無くなった腕の付け根を撫でる。アイのおかげで傷は塞がっているが、これではもうまともに戦うことなど出来ないだろう。
『勇者…っ!!キョースケが勇者なんだねー!!
ああ、そっかぁー…。…うん、ならもう大丈夫。キョースケはもう無理に戦わなくて大丈夫だよ。』
ふっと雰囲気の変わったアイが突然ギュっと抱きしめてくる。
状況は分からないが、ポヨンとしたすこしひんやりする体に包まれるととても落ち着く。
「えっと…アイ?どういうことだ…?急に雰囲気も変わったし…。」
『キョースケ、キョースケはもう勇者じゃないんだよ。
もうアイと同じだから辛い思いもしなくていいんだよ。頑張りすぎなくていいんだよ。』
アイと同じ?
アイの雰囲気が急に変わった事に違和感を覚えつつ、目を閉じて自身のステータスを確認する。
【ステー�ス】
京介 ��の眷属 LvXXX
状態 ��の加護 左�欠損
ステータスがバグってる。
なにより俺の多くの事を縛っていた勇者の制約が消えている。が、勇者の文字の代わりに文字化けしている何かの眷属と書かれていた。
「そうか…制約が無くなったから喋れたのか…。
アイ、このなんたらの眷属って書かれてるんだがこれは何かわかるか?文字化けしてるから勇者じゃないよな…。」
『それはねー?多分アイの眷属だよー。
キョースケを助ける時にアイの身体を使ったからキョースケもアイと一緒になったのー!』
「ふむ、なるほど。」
全くわからん。アイの能力か何かでこうなったのだろうか?
そもそも他人のステータスを見ることも出来ないから他の人がどうなのかとかもさっぱりわからないしな。
『わかってなさそー。』
そういえばアイがさっきのなんか抜けた感じの喋り方に戻っている。
しかしよくよく考えるとこの世界に召喚されて色々ド肝を抜かれる体験をしたが、恐らく今回のはトップレベルだ。
命の恩人?のほほんとした感じの性格で警戒心を持たなかった自分が悪いが目の前の存在、アイは恐らくゲームならバグに近いとんでもない存在の可能性もある。
勇者の制約、半ば呪いのような力を消しされるなんて只者ではないのだろう。下手したら神様とかそんな感じの奴の可能性すらあるぞ。
「なあ、アイ。」
『どうしたのーキョースケ?』
いや、でもそんなことはどうでもいい。勇者の制約のせいでほとんど喋れもせず、仲間も作れず、死ぬことすら出来なかったんだ。
「俺の仲間になってくれないか?」
それを、この子が全部ぶち壊してくれた。
この子のお陰で俺は自由になれたんだ。だから俺は、この子と生きたいと思った。
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「俺の仲間になってくれないか?」
『仲間、私が…キョースケの?』
「ああ、今日までは魔王を倒して元の世界に帰る事ばかりかんがえていた。
人ともろくに話せないからほとんど街にも寄ってない。
…だが帰り方にもうあてがない。
どの道こんな身体じゃもう魔王とは戦えないしな。
それなら…この世界でアイと一緒に旅をして、色んな所見て回るのも楽しいかもな、と思ったんだ。」
きっと1人だったら絶望していただろう。今日までは酷すぎる制約に縛られ、元の世界に帰ることばかり考えていた。だがそれも、もうきっと叶わない。それこそ制約が無くなったのをいいことに自ら命を絶っていたかもしれない。
でも、アイと会えた。俺の事を助けてくれて、制約から解き放ってくれて、そして、また生きようって思わせてくれた。
「俺はアイと旅がしたい。
君の事をもっと知りたいし、俺の事を知って欲しい。会ったばかりだけど、俺は君の傍に居たい、俺の傍にいて欲しい。」
だからこそ、思っている事をストレートに伝えることにした。
『…アイも、アイもねー。キョースケにアイの事知って欲しいー!
キョースケと、一緒に居たい、な。』
ニコっと笑顔を向けてくれるアイ。
手を差し出すと、アイは嬉しそうに両腕でその手を包んでブンブン振ってくる。
「それじゃあ、一緒に行こう。今の所は目的もない放蕩の旅だけどな。」
こうして俺とアイは仲間になった。
初めて王城を出た時も、内心はちょっとドキドキしてたけどその時とは比べ物にならないくらい楽しみだ。誰かと旅をするっていうのはこんなに楽しみな事なんだな。
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「良かった…。ホーリーヘイローが折れてなくて…。」
地面に落ちている聖剣を拾う。
刃こぼれが酷いが、それでも俺にとっては今日まで唯一傍に居てくれた相棒だ。置いていく事など絶対に出来ない。
「修復が遅いな…。それになにか黒ずんでる?」
旅の中で見つけたあるダンジョンの最奥に安置されていた聖剣 ホーリーヘイロー。光の魔力を持ち、さらに刃こぼれしても自動で自らを修復する俺の愛剣だ。街で武器を買えない俺にとってまさに命綱だった。
ホーリーヘイローに出会う前まではその辺に落ちていた武器や武器を使う魔物からぶんどって使ってたからな…。
得物がない時用に魔法もいっぱい習得習得したから悪い事ばかりでも無かったが…。
『キョースケ?どうしたのー?』
後ろから着いてきていたアイに声を掛けられる。アイは俺の持つ剣に興味津々みたいだ。
「ああ。この聖剣俺の大切な武器なんだが、元はもっと白い剣だったんだ。だがなんか黒ずんでてな…。」
『んー?…それなら大丈夫みたいだよ。この黒いのはキョースケから出た物みたいだから。』
また雰囲気の変わったアイがじーっと剣を見つめたあと答えてくれる。
「なにそれ…。俺の垢みたいなものか…?」
大事な武器にそんな変なものを染み込ませてしまったのはなんか申し訳ない。
魔王に突き刺した時に悪い物でも吸ったのかと思ったけど、俺由来か…。聖水でも手に入れたら浄化とかした方がいいんだろうか?教会とかに売ってるかな?
幸い鞘も近くに落ちていたので、剣をしまって腰に戻す。修復が終わるまでは使えないがしばらくは魔法でなんとかするしかないだろう。
利き腕も無くなってしまって不便だが、まあ右腕でも振るえない事はないだろうし、しばらくはトレーニングだな。
残念ながら荷物を入れていた鞄は魔王の玉座の部屋の前に置いてきてしまったので、回収できない。大したものは入ってなかったが、気を利かせて放り投げてくれたら良かったのに。
『キョースケの用事おわったー?それじゃ行こっかー。って、あ、ちょっと待っててー。やることあったー。』
凄いものを見てしまった。
周囲を包んでいたアイと同じ色の粘液。アイの種族の住処的なアレだと思っていたが、どうも違ったらしい。
『キョースケはちょっとそこでまっててねー。動いたら危ないからねー。』
洞窟の部屋の隅の粘液のない所に立つように言われ言われた通り立っていると、部屋を包んでいた大量の粘液が同時に蠢き出し、全てアイに向けて飛んで行った。他の通路からもどんどん流れ出てくる。
「アイ!?大丈夫か!!」
ピンク色の巨大な粘体に飲み込まれたアイ。急いで駆け寄ろうと近づくが、次の瞬間には巨大な粘液の塊はどんどん萎んでいき、やがて元のアイの姿になっていった。そしてその身体は更に変化してどこか不定形だった手足がしっかりした形になっていく。
『これで大丈夫ー!!』
「もしかしてこの洞窟を覆っていた粘液、全部アイの身体だったのか?」
『そうだよー。全体に広げてると移動が楽なんだー。何か入ってきてもすぐ分かるしねー!!
でも今日からはこの身体だけで大丈夫だねー。』
先程までの少しドロっとした身体は今はほとんど人と遜色ないシルエットに変化している。
どちらかと言うとすっぽんぽんみたいだった身体は服っぽいデザインになっていて、シルエットだけならアイが人ではないとは気づかないだろう。全身ピンク色っぽいのを除けばだが。色も変えられるのだろうか?それなら見分けのつけようがなくなる。
アイはとんでもない存在の可能性がかなり大きくなってきたな。だがこの世界には山くらいでかい魔物とかもいたし、案外今更かもしれん。個性みたいなものなのかも。
「そうか…。それはすごいな。流石アイだ。
よし、それじゃお互い準備万端みたいだし、出口に案内して貰えるか?というかあるんだよな?」
『あるよー。上から落っこちてくる物じゃ足りないから、よく狩りに行くのー。』
上から…。となると魔王城…?よくよく考えたらもうちょい重症、もしくは死んでたらアイに食われてたかも知れないのか。いやまあ魔物のご飯になって死んだ事も何度かあるから今更か。
食物連鎖食物連鎖、俺も色んな魔物食ってきたんだから怒れるような事じゃない。
『あっ!!あの!キョースケの事は食べないよ!!絶対に!!』
一瞬俺の顔色が変わった事で不安にさせたと思ったかアイが泣きそうな顔でしがみついてくる。
…話し方や雰囲気も変わる所を考えると、やっぱりアイは二重人格なのだろうか?切り替わるタイミングとかは分からないが、語尾が伸びない喋り方している方がちょっと賢そうだ。
口調はほとんど一緒なんだけどな。
「大丈夫だ、不安にさせたなら悪かった。
命を助けて貰ったんだし、ちょっとくらいならかじっても構わんぞ。」
『かじらないよー!!…でもたまーにちょっとだけ、舐めてもいい…?』
コロコロと表情と雰囲気を変えるアイの傍で笑いながら洞窟を歩いていく。やはり、人と話すのは楽しいな。
こうして俺達2人のほとんど目的もない放蕩の旅が始まった。まずは洞窟…多分アイの家からでないとな。
……今舐めるっていったか??
【tips】
勇者の制約
1.勇者は【はい】【いいえ】でしか話すことが出来ない。
2.勇者は1人で旅し、魔王と戦い、世界を救わねばならない。
3.勇者は死してなお、協会で蘇生され魔王を倒すまで戦い続けなければいけない。
��の眷属
世界を���くす存在��の眷属。
��から一定以上離れる事は出来ない。
あらゆる物を食べられ、それを自身に変換出来る。




