冒険の書 0
聖剣ホーリーヘイローを構え、目の前の魔王と相対する。
この異世界に来て4年。地獄のような日々だったが、目の前のこいつを倒せばようやく元の世界に帰れる。
「…貴様が異界から来た勇者か。
よくもまあ我が部下達を始末してくれたものよな。
それも人間共に騙され、 我を殺す為の道具となった異世界人ごときが。」
【………。】
「やはり勇者の制約でろくに話す事も出来んか。
くっくっ…哀れな貴様に良いことを教えてやろう。
貴様も我を倒せば元の世界に帰れるなどと言われてのこのここのような所に来たのだろうが、それは嘘だ。
異界から勇者を召喚し、騙して手駒として使う。人間共の王の常套手段よ。
貴様が言われているであろう元の世界に戻る帰還の魔法など存在せんよ。」
さっと血の気が引く。
召喚された時、魔王を倒せば元の世界に戻れると言われ、この地獄みたいな世界でたった1人で戦い続けたというのに。
手が震え、剣を落としそうになるが必死に敵の策略だと言い聞かせ、再び剣を強く握り魔王を睨みつける。
【いいえ】
「全く…本当に哀れだな。勇者という呪いに縛られ、まともに話す事は愚か死ぬことすら出来ぬその身。騙されていると知ってもまだ我に歯向かうか…。
だが安心するがいい。我に敗れればもう復活することも無い。貴様は、安らかに眠るがいい。」
自分と武器を強化する魔法を重ねがけし、自身を奮い立たせ、魔王に斬り掛かる。
最後の戦いが始まった。
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いつも通りの朝。
いつもの様に起きて、大きなあくびをしながら布団を畳む。
食パンをオーブンに入れて、お湯を沸かして粉のコーンスープを入れる。パンをスープに浸して食べながら友人からの連絡やSNSを確認する。優馬からおすすめの小説のブックマークが送られて来ていたが、昨日は遅くまでゲームをしていて気づかなかった。後で読んどくとだけ返信しておく。
すぐに『今回のはガチでオススメだからちゃんとよんでねー』っと返信がきて笑う。恐らくいつもの異世界物だろう。学校に着いたら軽くあらすじでも聞くか。
歯を磨いて、制服に着替える。ほとんど置き勉しているからスカスカの鞄を掴んで、静かに玄関から出た。
そこまではいつもの日常だった。
後ろ手に扉を閉めた瞬間、ドアノブの感触がなくなった。
いや、ドアノブどころかドアそのものがなくなった。足元には魔法陣。周囲は石壁に囲まれた部屋。壁にかけられているのは蝋燭。そして目の前にはローブを着た人が何人も居た。
「勇者だ…。」「成功だ…!!」「これで民の犠牲も…!!」
ローブを着た人達が口々に喋り出す。
ドッキリにしては手が混みすぎてる。そもそも俺はドッキリなんてされる様な有名人でもないし。
混乱して動けない俺の元に1人の女の子が歩いてくる。白いシスター服のような衣装を着た女の子。RPGだと僧侶か?いや、それよりもうちょい豪華な感じだ。
「…勇者様、召喚に応じていただきありがとうございます。ここは【ヴァルナ王国】の王城。
そして私はこの国の教会に所属する聖女と言われている○○という者です。 」
うやうやしく頭を下げる聖女と名乗る女の子。
聞いた事もない国の名前、召喚、勇者、教会。
色々な情報が一気にきて驚きより困惑がかっている。お陰で名前も聴き逃した。
混乱しているが、せめて挨拶せねばと声を出そうとするが、喉から声が上手く出ない。
「あ…!!やはり伝承通りなのですね!
勇者様は【勇者の制約】により1部の言葉しか話せないとこの勇者伝記第4巻に!!じゃなかった…。
ひとまず準備がありますので、着いてきていただけますか?」
勇者の制約…?
分からないことだらけだが、彼女の言う通りなら俺は勇者で、そして【勇者の制約】とやらでまともに喋る事も出来ないらしい。恐ろしく不便だ。
今は彼女の言う通りにするしか無いって事か。
【はい】
俺の返事に聖女様はニコリと笑った。
…もしかして【はい】と【いいえ】しか言えないとか言わないよな?不便とかいうレベルじゃないぞ?
そこからは、あっという間だった。
メイドの様な人達に囲まれて着替えされられ、重苦しい金属鎧を着させられた。
ちょくちょくみかける兵士っぽい人達と同じ様な鎧だが、平和な現代を生きてきた俺には馴染みが無さすぎる…。
道すがら隣で聖女様がこの国の情勢や状況を教えてくれたが、アニメや漫画なんかの設定を喋られている気分でほとんど入ってこなかった。
しかしもうここまできたら親友の優馬の大好きな異世界召喚ってことなんだろうな。あいつのおすすめしてくる異世界物のラノベの始まり方と大体同じだ。現実になるとは思いもしなかったけどな。まだ夢の可能性もあるけど。
…優馬ならこの状況も対応できるのだろうか?
聖女様の説明の中でなんとか理解した事は目を閉じて意識することで自分のステータスが見れるらしい事くらい。
【ステータス】
京介 勇者 Lv10
状態 勇者の加護 勇者の制約
彼女達の言う通り、俺は勇者らしい。
それにしても随分あっさりしたステータス画面だ。
普通はアイテムとかスキルとか魔法とか色々あるはずなのに視界に映るのはこれだけ。触れたりなんかも出来ないし。
加護や制約の効果まで見れないのは昔のゲームっぽくてほんとに不親切だが、制約のほうの効果は聖女様の言う通りなら1つは会話制限のようだ。
そう考えると、昔のゲームという観点はかなり的を射てるのではないだろうか。
流石に話しかけるのも調べるのも全部コマンドを選ばなきゃ行けないみたいなのではないのが救いか。アレめんどくさいんだよな。まあ今はろくに喋れないんだけどさ。
前に異世界召喚、異世界転生が熱い!!僕も異世界召喚されてみたい!!と優馬が熱弁していたが、それが現実になってしかもレトロゲームっぽいというのはかなりタチが悪い冗談だ。
まさか昨日の夜レトロRPGゲームやってたからか…?いやそんなので異世界召喚されてたらたまったもんじゃないぞ。
「そなたが異界から訪れし勇者か。表を上げよ。」
最後に通されたのは玉座。
隣にいる聖女様に作法をこっそり教えて貰いながらこの国の王の前に跪かされる。
よく肥えて宝石ジャラジャラの、包み隠さず言えば私腹ばかり肥やしてる様なタイプの王様だ。正直あんまり好きなタイプじゃない。
「恐れながら申し上げます。王よ、勇者様は伝承通り【勇者の制約】によりほとんど会話が出来ないようです。」
「やはりそうか、しかしそれこそ勇者の証明よ。たしか他の制約は仲間を作れぬ事と、死してなお教会で蘇生される事であったか。
まあ良い、勇者よ。そなたの使命は勇者としてこの世界を脅かしておる魔物の王 魔王を倒してくることじゃ。では使命を果たすためゆくがよい。」
聖女と王様の話を聞き、体が固まる。
…は?つまり俺はまともに話も出来ない上、仲間も無しで一人で戦って、その上死んでも復活されて戦い続けろと?
文句のひとつやふたつ言いたい所だが、まともに喋れないし、【いいえ】なんて答えたら周りに控えてる兵士に何されるかわかったもんじゃない。
鎧を着ていても武器は何も無い丸腰だし、大人しく従うしかないじゃないか…。
「勇者殿、支度金と物資、武器も用意してあります。城の出入口にいる兵士に持たせてありますのでお受け取りください。
聞けば魔王を倒した勇者は無事元の世界に帰還される帰還の魔法が手に入るとか。
これは貴方様の為でもあるのです。是非魔王を倒して下さい。」
玉座から出る際に高官らしき人に話しかけられる。
帰りたければ俺に最初から選択肢はないらしい。
武器を出入口で渡すのも玉座近くで暴れたりしないようにか…。用意周到じゃねぇか。
そもそも【はい】か【いいえ】しか言えないんだから選択肢もクソもないけどな!!
玉座を出て城の出入口に向かう。入口で兵士から装備を受け取り、剣を腰に刺し、麻袋を背負って外に出ようとすると聖女様が追いかけてくる。
「お待ちください勇者さま!!!…共に旅する事は叶いませんが、私も教会の者達と魔王討伐の旅をする所存です。
もしかしたら途中の教会でお会い出来るかもしれません。
勇者様が元の世界に帰れますよう私も力を尽くしますので…。その…どうか、ご無事で…。」
決意に満ちた表情をしつつも、どこか申し訳なさを含んだ様子だ。少なくともきっと、彼女だけは本心で俺の身を案じてくれているのだろう。
【はい】
そう返事する事しか出来ない事を歯がゆく思いつつ、俺は彼女に見送られてまだ見ぬ異世界へ足を踏み出した。
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約4年前、この世界に来た頃を思い出していた。
走馬灯にしては気が早いな。唯一身を案じてくれたあの子の顔ももうほとんど覚えてないというのに。
名前くらいちゃんと聞いとけば良かった、聞き返せないのは不便だな…。
身体中から血が流れ出る。
魔王の魔法で鎧は全壊、鎧ごと切り刻まれた身体は既にほとんど動かず、魔力も底をついた。
聖剣も所々刃こぼれし、突き刺した時に剣先が欠けてしまっている。
そしてなにより、利き手である左腕を魔王の魔法で吹き飛ばされてしまった。血が溢れるように流れ出て、まだ付いてる右手ももうまともに聖剣を握れない。
「ふん…、思ったより手間取ったな。流石は勇者…か。」
目の前の魔王もそれなりに傷を負っているが、ほとんど瀕死の俺ほどじゃない。色んな属性の魔法やホーリーヘイローの斬撃をお見舞いしてやったのに、平気そうな顔をされるのは腹立たしいな。
他の魔物なら数十体は余裕で倒せる攻撃だったのにな…。
「気が変わった。勇者よ、我が配下としてやろう。我が配下となれば勇者の制約もおのずと解けるであろう。
我と共に貴様を勇者なんぞにした奴らに復讐するのだ。
それに貴様が殺した四天王の補充もせねばならんからな。」
【いいえ】
頭を掴まれる。もはや抵抗する力もほとんど残ってはいない。右手に剣を握るだけで精一杯だ。
唾の1つでも吐きかけたいが、もうそんな力も残っていない。
「…そうか、残念だ。ならばこの魔王城の底の奈落で果てるがよい。」
ふっと身体が浮く。魔王の間の隅にあった穴に投げ落とされる。
勇者という役割と制約に縛られ、もはや顔も覚えてないクソみたいな王様に放り出されるようにこの異世界を旅した。
話せないせいで街に入ってもコミニケーションが取れないし、食べる物は倒した魔物とかその辺の草くらいしかない、孤独で怒りとか憎しみとかなんで俺がとか毎日のように恨み辛みを抱えてきたが。
それでも、もう何を話したかも朧気な、聖女と名乗ったあの少女の事を思い出すと、魔王の軍門に降る気にはなれなかった。
あの子は生きているのだろうか…。4年もたってしまったから、先に魔王城について魔王に負けてしまったのだろうか。
だがそれを考えても俺にはもうどうしようもない。
俺は、勇者は、魔王に敗北した。
【冒険の書 0】
京介 勇者 Lv155
状態 勇者の加護 勇者の制約 左腕欠損 蘇生不可
瀕死




