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ぼくのかんがえたさいきょうのけんぽう。  作者: 村岸健太
ぼくのかんがえた条文
2/18

公共

 時計の針を、一週間ほど遡らせる。

「というわけで、ありまして」

 地域の公立高校としては一番の進学校である浅川高校。

 浅川駅からバスで十五分、高台に占め建ち、重厚感のある校舎と広いグラウンドは見学会に訪れたとき、律有人の目に好もしい印象として残っていた。すなわち、学園ものの舞台には上々、ここで三年間を過ごせばそれなりにいい思いが出来そうだぞ、という浅はかな考えに基づいて志望したのである。あと、「私立は金がかかるからやめてくれよ/ちょうだいよ」と両親から口々に言われたからというのもある。

 入学してわかったのは、校舎の古さの割に、教師たちは若い人間が多く、特に「公共」の授業を受け持つ橋立という男性教師はまだ三十にもなっていないようだ。長身でいわゆる「シュッとした」容姿なのだが、動きはスローで、なんだかじいさんくさい喋り方をする男だった。

「この授業では、われわれの生きるこの国の、社会の、いろいろな課題について、ディベートをして行こう、と、そう思っているんです。でも、まだみなさん入学をされて、いきなりディベートというのも、ちょっとハードルが高いかなと……、そう思ってもいますので」

 この人の授業が午後にあったらしんどいな、なんてことを、早くも頬杖をつきたくなりながら律有人は思う。こっそりと時間割を確認したが、幸いにして公共の授業は週に一度、この水曜日の午前中にしか組まれていなかった。再び律有人が顔を上げたときには、黒板に「憲法をつくる」という六文字が、かっちりと四角い字体で書かれていた。

 僅かばかりの戸惑い、少なからず抵抗めいたものが生徒たちのみじろぎによって表明される中、律有人もその響きを形作る一人となった、ざわざわ。

「憲法改正の発議が、じきに、出されることになるでしょうね」

 橋立は身体の向きをこちらに戻して言った。顔は整っているのだが、独特の喋り方のテンポと、表情の乏しいところから、あまり女子ウケはしなさそうだな、なんてことを律有人は急に思った。

「与党から出されている改正案と呼ばれているものを、一度でも見たことがあるという方、手を挙げていただけますか、……はい、結構。そうですね、まあ、あまり興味もないでしょう。ただ、公共の担当教諭としましては、皆さんにテストであんまり酷い点を取られてしまっては困りますので、職権を発動し、強制的に興味を持っていただくことにしました」

 ここで、ほんの少し、橋立が唇の端を持ち上げた。笑顔を形づくったのだろうけれど、笑顔というものは本来、見る側にそんな想像をさせてはいけないものなので、あくまで「形づくった」だけだろう。

 橋立は、黒いやつ(正式名称、なんと呼ぶのだろう? 黒くて硬い厚紙に挟まれたアレだ)を開いて、

「伊藤さん、内田さん、大山さん、木下さん、木村さん、ここまでA班。嵯峨さん、佐々原さん、鈴江さん、相馬さん、立川さん、ここまでB班。津田さん、手塚さん……」

 淡々と、機械的に五人ずつの班を作っていく。一年A組二十六人、最後の5班だけ六人となったがそれはさておき、

「以上の班に分かれて、グループワークを行っていただきます。テーマは、『憲法をつくる』です。改正案とされるものを参照なさってもよろしいですし、海外の憲法から条文を引用しても構いません」

 まだ出来たばかりのクラス、……嵯峨律有人の次にいつも名前を呼ばれる佐々原生央以外の三人、すなわち鈴江・相馬・立川とは話をしたこともない。無論ほかの連中も条件は同じで、心細げに顔のあちこちを強張らせる音が鳴っている。

 橋立は一向に頓着しない。

「無論、憲法の全てを皆さんに作って頂こうとは思っていませんよ。コンセプトを決めて、それに相応しいと思われる条文を考えて頂きます。もちろん、条文の文体に関しても、細かなことに拘らなくて結構、英語で書いて頂いても構いませんし、どんな文献、インターネット上の情報、AI、情報の引用元を明記している場合に限り、何を使っても構いません」

 淡々と、スローペースに言葉を並べて、二十六人の生徒たちを眺め渡して、また、唇の端をきゅっと意識的に持ち上げる。

「ゴールデンウィーク明けの最初の授業で各班に発表をしていただきます。それまで、この授業の時間、放課後、あるいはそれ以外の時間も活用して、交流を深めつつ、よい憲法を作ってください。……ではどうぞ、早速始めてください」

 この人はたぶん、そういう笑い方しか出来ないんだろうな、なんて想像を、律有人はした。

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