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こうしてできた

 時計の針を、少し戻して……。

 ゴールデンウィーク終盤、律有人・生央・相馬・鈴江の四人は二日にわたって「ワルン・スマイル」の奥のテーブル席で顔を寄せ合い、発表の準備に余念がなかった。

 相馬に条文を撤回してもらって、……「憲法をつくる」こと自体ができなくなってしまった彼らは、「創憲しない」という結論に至る他なかった。となれば、それが怠惰さや妥協の産物と捉えられないようにしなければいけないという、追い詰められたような使命感が、四人には共通してあるのだった。

 各人が、「推し条文」について語り、それへのリアクションを書く、というアイディアは比較的すんなり固まったのだが、いざそれを書くとなると、自分の推し条文+他の三人の推し条文についてのコメント、つまり短くはない文章を四つも用意しなければならないわけで、これはなかなか大変であった。

 それでも、鈴江のお母さんが振る舞ってくれた手料理や美味しいジャスミンティーはずいぶんと四人の気持ちを支えてくれた。

「しっかし、手ぇ足りんなこれ……。なんかこう、猫の手も借りたい……」

 金色の髪を後ろで一つに結び、カラーコンタクトの目を何度もしばたかせて鈴江が言う。さっき背中が攣った生央は相馬の勧めでストレッチをするために立ち上がり、律有人は目薬を差した、そのタイミングで、

「あっ……、あっ」

 と生央が声を発した。ちょうど両目にキーンとするタイプの目薬を差し終えたタイミングであったもので、「なに、どうした、なっ、なに……」意味もなく慌てて両手をばたつかせた。生央は筋力に乏しく、各所の柔軟性だってあまりないタイプの少年であるもので、どこかを何か変に捻ってしまったのではないかと思ったのである。

 シャツの袖で目を擦って瞬かせた双眸がようやくのことで焦点を結んだ。

 大きなシルエット、……熊が入ってきたのかと思って、一瞬椅子から転げ落ちそうになった。浅川エリアは山が近いもので、去年の秋は二度ほど市内で熊の目撃情報があったのである。

「えーと、……何やってんの?」

 生央は腰に手を当てて背中を反らすストレッチをやっているところだったようだ。頑張って身体を反らし、逆さまになった視界に、大きな輪郭が入ってきたものだから、びっくりしてバランスを崩し、しかし他ならぬその輪郭の持ち主に支えられてことなきを得る。律有人は目まわりを濡らしてべしょべしょしているところであったし、鈴江は椅子の背もたれを使って身体を捻っているところ、そして相馬のスマートフォンからは突如としてアニソンが流れ始めた。合間の時間にこっそりとアニメを観ていたのに、唐突な巨躯の闖入に驚いて手元が狂い、音量を上げてしまったらしかった。なおそのアニメは律有人が勧めた魔法少女ものである。普段どんなアニメを観ているのかと、まあ社交辞令だろうが訊かれたのに対して返答した中のタイトルの一つなのだが、どうやら律儀に観て、しかもそれなりに楽しんでいるらしい。

「びっくりした……。何やってんのはこっちの台詞だよ」

 鈴江が唇を尖らせる。抱き支えられた生央が真っ赤になって「ごめん、ありがとう」とぼそぼそ言いつつ律有人の隣に収まる。相馬は、自分のスマートフォンからは何の音も立っていなかったという顔で、

「練習で忙しいって言ってたのに」

 と言う。

 立川泰雅は、「やー、でもさぁ……」と申し訳なさそうに頭を掻く。

「なんか、グループトーク見てたら、俺だけ何もしないのはなぁって思って……。なんか、みんなすげー頑張ってるし、なんつーか、俺もさ、こう、一緒にやりたいなって思ってさ。……今からでも、なんか手伝えること、あったりしないかな……?」

 もちろん、やらなくてはいけないことはたくさんある。練習後とはいえフレッシュで、フィジカルの強い立川の参戦によって、五人の資料は完成し、無事に発表の日を迎えることが出来たのである。





 律有人たちの発表を見届けた橋立は、「はい、ありがとうございます」という、ごく淡白な言葉をまず発した。

 これは、五人を大いに安堵させる。

 だって、「憲法をつくる」という課題であったのに「憲法をつくりませんでした」というアンサーを持ってきたのだ。もしかしたら、怒られるか、最悪成績を下げられたりするかも、なんていう懸念もあったのである。

 とはいえ、五人はもう、自分たちの発表内容を変えるつもりはなかった。これはシンプルに、リスペクト、……この言葉を、鈴江と立川がほぼ同時に口にしたのだ。

「今回の皆さんに、こうした課題を出したわけですが、多くの方が現行の日本国憲法と向き合うと同時に、纏わる出来事にも関心を向けることになったと思います。先ほどのA班は日本国憲法における第四章、国会と政治の在り方というところからのアプローチで、特に議員歳費と不逮捕特権に着目した、非常に鋭い指摘でした。

 これに対してB班は、第三章、国民の権利について定めた条文を、十分に吟味した上で、ここを堅持するという主張に基づいた発表でしたね。同じように大変重要な視点、そして深い考えに基づいた発表でした」

 橋立は、あの唇の端をちょっと持ち上げる笑みを浮かべて見せた。その形の笑顔しか見せないもので、はたして彼がどの程度の評価をくれているのかは、正直判然としないのであるが。

「ちょっと哲学的な言い方になってしまうのですが。今回皆さんに『憲法をつくる』という課題を出させていただいたわけなんですが、『つくる』ということは、憲法をきちんと読まなければ、学ばなければ出来ないことなわけです、……実際にそれに取り組んだ皆さんは、先刻承知、かと思いますが。その取り組みの先に『つくらない』という結論が出たとしても、それは立派に評価の対象だと言えます。もし他の班の皆さんの中に、……仮に今回『つくる』という選択をした上で、しかし『つくらない』という考えを改めて持つことがあったとして、私はそれを大いに肯定しますし、ぜひ、なぜ『つくらない』という判断を下すのかということについても、お話を聴かせていただけたらと思います。……では、C班の皆さん、お願いします」

 律有人たちのB班を除く各班の発表は、既存の憲法の条文を変えるべきという主張が二班、既存の憲法は一旦ないことにして独自の条文を披露したのが二班。

 最終的に橋立から、十分ほどの時間が設けられ、

「憲法を改正するべきでしょうか、それとも、しないべきでしょうか。現時点での皆さんのお考えを聴かせてください」

 という課題が出され、それの提出をもって、この日の浅川高校一年B組の「公共」の授業は幕を閉じた。

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